After Credit

 五十竹あく太は衣川季肋の恋人である。

 これは誰にも教えていない、二人だけの秘密だった。
 本当は応援してくれた人たちには伝えた方がいいのはわかっているのだが、なかなかタイミングがつかめずにいた。
「季肋」
「……」
 そのことに申し訳ないと思いながらもふたりだけの甘い蜜月を楽しみたいという気持ちは正直あった。
 朝班のみんなが島根行って、可不可に頼まれてしゅうまいの役目は主に朔次郎だ。
 けれど、あく太はせっかくなら散歩に行きたい!と事前に可不可に許可を貰っていた。
 そのことを知った季肋も自分も行きたいといい、二人はまだ人が少ない早朝の道を歩く。


 隣にいたあく太がこそりと名を呼んだ。
「五十竹…?」
 どうしたんだろう、と思っていると、こっそりと季肋の左手の小指にあく太が自分の右手の小指を絡ませた。
「…っ」
 自分のものではない指の感触と、ぬくもり。
 すぐに離れてもおかしくないほどそっと。
 でも、それだけで季肋の胸は跳ねる。
「……」
 いつも元気なあく太が季肋を見つめてそっと微笑んだ。
 恥ずかしそうだけれど嬉しいことが隠せていない瞳で。
 きっと自分も同じ顔をしている。
 ーーー手を握りたい、と季肋は思った。
 名残惜しいが小指をそっと離し、季肋は手を握った。
「……っ」
 あく太の大きな目がさらに大きくなる。
「……」
 触れたい、と思った。
 自分は恋人なんだからいいんじゃないだろうか、と思い、季肋はあく太の唇から目が離せない。
「……」
 唾を飲み込み、喉が鳴った。
「……」
 そのまま自分の唇をあく太の唇に重なりそうになった時ーーー



「わふんっ!」
「「……っ」」
 しゅうまいの可愛い声が聞こえて二人は慌てて離れる。
「しゅ、しゅうまい…」
 「いかないの?」と言いたげなかわいらしい顔で二人をじっと見つめる。
「あ、ご、ごめんな…」
「い、五十竹……」
 ごめん、と言う前にあく太は鼻を押さえて季肋から離れた。
 そして、しゅうまいに近づく。
「……」
「わ、わふんっ!」
 ぽたぽたと鼻血が出るあく太に驚き、しゅうまいが声をあげる。
「あ…」
「い、五十竹……これ…」
「……うん…」
 持っていたティッシュを取り出し、あく太の鼻にそっと挿入する。
「これで……大丈夫…」
「おうよ、ありがとうな!季肋」
「……いや……」
 俺のせいだし、と言おうと思って、でもそれを言うのもなんだか恥ずかしくて、
「うん……」
 とだけ、頷いた。
「あ、あと……」
「五十竹…?」
 あく太の顔がそっと季肋の耳元に近づく。
「嫌じゃなかったから……」
「……っ!」
 慌てて隣を振り返ると、真っ赤な顔をしているあく太がいて収まったはずの鼓動がまた早くなるのを感じる。
「よーし、しゅうまい!公園まで全力投球だぜ!!」
「それを言うなら、全速力……」
 照れ隠しなのかしゅうまりのリードを手に走るあく太の後を追う。
 幸せだ。
 本当に幸せだ。


 好きな人と両思いってすごい。
 世界が全部キラキラして見える。
 でも、好きな人は一番綺麗に見える。


 恋ってすごい。


 すごい


「ねぇ、にいに!あく太くんって何がすきかな?」
「五十竹?五十竹は映画に、ステーキとか…あとオレンジ色に、ひまわり…野球、コーラとか…」
「……え~……」
「……四季?」
 あれから朝ご飯を食べて、せっかくの休みだからデートをしたいな、と思っていたが、あく太は叔父さんに呼ばれたようで久しぶりの家族団らんを楽しんでほしいと思った。
 それならば、と季肋は家に置いてきた画材を取りにと、実家に戻った。
 実家に戻るといつものように妹が一緒に遊びたいと足にしがみつき、かわいらしい妹のお願いを季肋は聞いてあげることにした。
 練牙から教わった折り紙を妹に折ってあげていると、突然そんなことを聞かれた。
「じゃあ、じゃあ、あく太くんって好きな人はいる?恋人は?」
「え……」
 四季にそう言われて季肋は手が止まった。
「いないの?」
「……」
「……どう、して……」
 いるよ、俺だよ、と言えたらいい。
 でも、自信たっぷりに言うことは季肋は難しかった。
 大好きな絵だって自信をもって人に見せることができない。
 そんな自分が大好きな人の恋人だ、と妹にすら言えないことに季肋は恥ずかしい、と思った。
 それに、もしかしたら妹もあく太のことが好きなのではないか、と考えてしまう。
 そうじゃなきゃどうして尋ねるんだろう、と思ったから。
「えっとね、うーんと……あく太くんに言わない?」
「……うん」
 そこまで言うほど重大なことなんだろうか、と季肋は緊張する。
 やはり、四季は五十竹のことが?と緊張しながら次の言葉を待つ。


「姫ちゃんが、あく太くんのことが好きなんだって!」
「…………え」
「だから、四季が調べてあげようと思って!」
「……」
「ねぇねぇ、にいにとあく太くんは仲良しでしょ?あく太くん、好きな人いる?恋人は?」
「五十竹は……」



『ーーーオレ、お前んことが好き』


  「……付き合ってる人……いる、から……」
 俺のことが好きだから、と言うのはさすがに言えなくて、季肋はやっとのことでそれだけは口にした。
 逃げることだってできる。
 わからないということも。
 でもそれを妹にするのはよくないことだと思うし、なにより自分を好きだと言ってくれたあく太の気持ちに背くことはしたくなかった。
「そうなの?そっかぁ……」
 ざーんねん!と無邪気に言う四季とは裏腹に季肋は幸せだった気持ちが沈んでいくのがわかる。
 相手が例え幼稚園児だとしてもあく太を好きな人間は、惹かれる人間は自分だけじゃない。
 そのことが苦しかった。
 五十竹あく太が好きだと全身で伝えるのも、
 手を繋げばはにかむように笑う相手も、
 未来を誓い合ったのも、
 ーーー全部自分だけだというのに。
 欲望はけして果てなく、もっともっとと、更にその奥を目指して行く。
 満たされているはずなのに、満たされない。
 その事に、自分がとても嫌な人間になった気がした。


「……五十竹…」
「季肋!」


 その夜は珍しく実家で一夜過ごしたらしい五十竹に朝会えずにいて寂しいと思っていたら雪風に弁当を渡された。
 昼休みにあく太の教室に行くと、嬉しそうな顔で季肋のところにトコトコとやってくる。
「なになに?!どったのォ?」
「……神名さんからのお弁当……」
「雪風さんからの?やっりぃ!」
 そう言って、嬉しいという気持ちを隠さずに季肋に抱きついてくるあく太のぬくもりを感じて、当たり前のように背中に手を回す。
「ふふ……」
「なぁなぁ、季肋も一緒に食べようぜ!」
「うん……」
 ゆっくりと季肋から離れてあく太が手を繋ぐ。  


「おー、おー、お熱いねぇ」
 そんな様子を見て冷やかすように言う男がいた。
 誰かは知ってる。
 森田だ。
「お前らっていっつもラブラブだよなぁ、付き合ってるの?」
 1等級同士お似合いだよなぁ、と森田が茶化して関口に言う。
「……教室の前で抱きつき合うなよな」
 そう言う関口が顔を逸らす。
 その態度に、季肋は考えすぎかもしれないが、彼もあく太のことが、と思っている。
 きっと聞いたところで答えはしないだろうが。
「ワリィ、ワリィ、何せ、オレの季肋なもんでェ!」
 そう言って腕を組むあく太に関口と鵜川の表情が歪んだ。
 あく太はそんなこと気にせず鼻歌を歌ってスキップをまるで踏むような軽快な足取りで季肋と共に誰も使ってないだろう美術室へと目指す。


「……」


 ”オレの季肋”
 じゃあ、五十竹は?
 ―――――俺の?  


 そう思いたい。
 この人がずっと俺を好きだったらいいのに。
 ずっと一緒にいれたらいいのに。  


 そう思って仕方ない。  


 美術室について、広げられた弁当。
「すげえ、別々のおかずが入ってる!」
「う、うん……」
 雪風渾身のお弁当箱にキラキラとするあく太と同様、いつもなら季肋の気持ちは踊るのに今は考えられない。
「季肋、はい、あーん」
「あ、あーん……」



 好きだ。
 好きだ。
 好きで、
 どうしようもなく大好きで、
 ずっと一緒にいたくて、
 自分だけのモノにしたくて、


  「うん、うめぇ!」
「う、うん……」


 どうしたらいいんだろう。
 どうしたら、ずっと、五十竹といられる?
 そればかりが季肋の頭でぐるぐると回る。  


「季肋」


 はじめてだ、こんなの。
 こんな、
 こんな風に人を好きになるだなんて。
 昔、ともだちと離ればなれになった時も悲しかった。
 でも、その時は立ち直れた。
 だけど、
 もし、五十竹が、いなくなったら俺は―――――  


「……季肋…?」


 きっと耐えられる気がしない。
 ずっと、傍にいてほしい。
 自分だけの人であってほしい。  


 そう思うとどうしようもなくて、喉が鳴った。
 あく太の顔がとても妖艶に見えて、自分を誘ってるように見えた。
 そんなわけがないのに、季肋は誘われるがままに自分の唇を相手のものに重ねた。  


「……っ!」


 突然のことにあく太は目を見開いた。
「……っ」
 一瞬、でも、驚いて口を少しだけ開いたあく太のものにもう一度季肋が自分のものを重ねた。
 

「……んっ、んん……あ……」
 水音が響く。
 あく太のギザギザの前歯がなぞられる。
「んっ……んん…」
 映画でのラブシーンなら、幾らでも見てきた。
 恥ずかしくて照れくさくて、鼻血が流れるほど耐性がないけれど、でも、見てきた。
 そのどれよりもずっとドキドキして、あく太の想像とどれも違うものだった。
 息ごと奪われるようなキスなんて想像したことなかった。
 息苦しくて、恥ずかしくて、心臓が壊れて死にそうで、だけど幸せで、溢れる涙の理由すらわからない。  


「……ふぁ……ん……」


 絡められた指は冷たい筈なのに、そのぬくもりが酷く熱く感じた。
 まわされた背中の腕も、
 付き合わせている膝も、
 互いの心臓の音が聞こえそうなくっついている体も
 全部全部愛しくて、
 遮ってる服が邪魔だ、と心底思えた。


   遠のく意識と、湧き上がる欲に流されそうになった時、  


「……っ!」
 昼休みが終わる予鈴が聞こえる。  


「……っ!」
 やばいと、あく太は自分達がいる場所を思い出す。
 ここは学校だ。
 HAMAハウスじゃないし、そのまま流れてベッドイン出来る場所でもない。
 あく太は遠のく意識が戻ってくるのを感じて、  


「っ!!」
 力が抜けていた体を無理矢理動かし、バシンッと季肋の背中を叩いた。
「……っ」
「んっ……くっ、季肋!」
「え……あ……」
「授業!五時限目!!」


 大声を出せば季肋も場所と、時間を思いだしたようで徐々に顔が青ざめていくのが解った。
「い、いいって!それより急ごうぜ!」
「う、うん……」
 そう言いながらも季肋の白い顔がいつもよりも青白い。
「……」
 いつもならそれに気付いてフォローするあく太もこの時ばかりはそうもいかなかった。
 もしも、ここがHAMAハウスだったら、流されてそのまま自分達は行為をしていたかもしれない、と思うと残念でならなかったからだ。
 慌てて弁当箱の入ったランチバックを掴み、二人はかけ出す。
 

 各自の教室につき、あく太は先程までのキスを思いだして無意識に自分の唇を指でなぞった。
 たった二度のキスでこんなキスしたら、もっとされたら自分はどうなるんだろう。
 おかしくなっちゃうんだろうか、なんて思いながら教師が扉を開く音が聞こえた。
 

 映画が好きで、大好きで、それと同じくらい好きなものなんて叔父以外いなかったのに。
 昼班やHAMAツアーズの仲間が出来て、幸せが増えて、
 季肋と恋人になって――――――
 

 映画以上に好きな人ができた。
 そして、今、映画以上にドキドキする人生を自分は送ってた。  



一方、その頃、季肋は後悔ばかりが溢れ出ていた。


(嫌われた、絶対に嫌われた……)


 あんな無理矢理、襲うようにキスしたら普通に嫌われるに決まってると季肋の脳内はそればかりが占めてしまう。
 授業が始まるので『ともだち』にも相談できない。
 だって、いつもなら何か言ってくれるのに何も言ってくれなかった。
 それにキスを辞めさせるのに背中を叩かれた。
 そんなの嫌がられてるのも当たり前じゃないか。  


(……っ)


 嫌われたくなくて、好かれたくて、ずっと一緒にいたかったのに、自分は最悪のことをした。
 ――――――――五十竹から、嫌われたら、もう恋人を辞めるって言われたら、自分はどうしたらいいんだろう……。
 そんなネガティブループから抜け出せない。  


 互いに、それを直そうと決めた筈だったのに、なのに自分は出来ない。
(……こんなに、五十竹のこと、ばっかり、だ)


 あく太が好きだと言ってくれた絵すら、今の季肋には描けそうになかった。


 

ずっと描きたかった季あく連作二話目です。難産でした。けして、遅れたのは途中で琉凪描いたり、ネロシノに嵌まったりしたわけではないです!
キスをさせるの滅茶苦茶難しい……どうしたら…と思っていて、でも脳内で第三話のエロの方の構想はあったので、いっそ第三話先に書くか~って思ったらあっさりキスしましたね
世間では朝班フィーチャー、クリスマスイベ!と来て、まさかの予告で季肋出演の格付け!?
季肋はどこまでスパダリになるのかドキドキです、まぁ、どれだけ格好良くても季肋はあく太のスーパーダーリンなので大丈夫です(?)
ところでそろそろあく太か季肋のガチャSSR来そうで恐いです。1月は七基誕生日ガチャですね!去年のも実は手に入らなかったので今年こそ来て欲しい!!!!