秘密のチューリップ

「兄さま!兄さま!」
「どうした糖衣」
「あのね、ちぃさまの生配信がはじまるから一緒に見よ……?」
 そう可愛い弟に首を傾げられたら琉衣としては拒むことは出来ない。
 例え、千弥自身に興味がないというより、むしろ弟に推されて羨ましいと妬いているという感情があったとしてもそれを隠すのが完璧な兄だった。


「子タろさんも見よう?」
「いや、夜半は見なくていいだろ……」
 とはいえ、最後の同室生に対しては容赦なくいらないと切り棄てる。
「わーい!ボクも見る~」
「見なくて良い」
「折角だから、よだも呼ぼう!」
「は?なんで夜鷹?」
「ちょっと誘ってくる~」
 そういって、駆け出して部屋を出るが、すぐに帰ってくるのも子タろらしい。
「む~ん……仕事じゃった……仕方ない!三人で見よう!」
「お前は別に見なくていい、どっか行ってろ」
「もう、兄さまってばそんな……あ、はじまるよ!」
 そう糖衣が言うと同時に生配信の為のカウントが始まる。  

 たたたん……と運営が用意した配信のカウントダウンが5からはじまり、一秒ごとに刻んでいく。
 0になった瞬間、糖衣と同じように楽しみにしていた人のコメントが流れていく。

「おいすっち~!みんなー、今日も元気にちぃ民やってる~?」


 『はじまった!おいすっち~』
 『楽しみにしてた!』
 『ちぃの配信のおかげで仕事頑張れたよー!』
 『おいすっち~!』

 糖衣も目を輝かせて、放送に釘付けだ。
 その様子を微笑ましいと同時に、やはり嫉妬してしまう。かなしかな、ブラコンの性質である。


「みんな、HAMAツアーズでオランダに行った時の感想配信見てくれた~?」


 『見た~!』
 『チューリップ滅茶苦茶良かった!』
 『なぎぺこのファンにもなっちゃった!』


「チューリップ?」
 オランダの研修、と聞いて琉衣は自分達夜班のリーダーである凪が千弥と一緒に研修していたことを思い出す。
 パスポートを無くして困ったという話を聞いた時はやっぱりこいつはバカか?と思ったものだが。


「おお、ぎぃの事を書いてる人がいる!」
「うんうん、この前の配信で凪くんの写真も出てたから……」
「……」


 そうなのか、と糖衣の趣味には大体付き合ってはいるものの、勿論全て一緒に見ているわけではない琉衣は知らなかった事実に少しだけ衝撃を受ける。
 というか、あいつにファンなんて出来るのかよ、見る目ねえな、と内心毒づく。
 確かに顔はいいかもしれないが、それでもドジだし、不運だし、何より空気が読めない。
 あいつの事を何も解ってないのに好きになるとかありえねえ、と琉衣は思う。


「それでね、それでね、今回のゲストとして~~~なぎぺこを呼びました!」
「……わぁ…」
「おお、ぎぃ」
「は????????」
 嬉しそうな糖衣と子タろとは違い、琉衣は腹から声を出した。
 意味がわからない。なんで、何やってんだ、あいつ、と拳を握り、一瞬部屋に出て配信を止めさせようかとさえ思ったほどだ。



「おいすっち~、みんな……蜂乃屋凪……ふらわぁランドリーの店長……花と洗濯物を当店へどうぞ……
あと、千弥と同じく観光区長……16区を担当してます」
「あはは、みんな知ってるよね~、なぎぺこはちぃと一緒にオランダに行ったので今回はそのことで呼びました!」


 『凪くん、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』
 『写真で見たけど、滅茶苦茶美人~~~~~~!』
 『ちぃさまと並ぶとまさにキキ〇ラじゃん』

「ちぃ民のみんな、ありがとまんじ。熱烈あげぽよ」
「みんな、実はね、なぎぺこはみんなと一緒でちぃの配信見てくれてるんだよ~」


 『マジで!?』
 『ちぃ民の同士?』


「あ……うん。観光区長の仲間にちぃ民がいて……オランダに行くときに薦めてくれた……」


 『ええ~誰々?』
 『勉強するとか、好感度爆上がり~!』
 『ちぃ様最推しのEv3ns箱推しのワイ。無事なぎぺこ沼に落ちる』


「本人の名前は許可とってないから伏せるけど、滅茶苦茶その子も良い子でいっつも元気を貰ってるよん♪」
「うん……オレよりも年上で頑張り屋さん……」


 『ええ~誰だろ~?』
 『夜班ってなぎぺこが一番年下だからむずかしい』
 『ヒントヒントー!!』
 『まて、ちぃ民のみんな。夜班とは……限らんぞ!』
 『なぎぺこに会いに夜班のおもライも行かなきゃ……』



「は、はわわわ、ちぃさまが凪くんが僕のこと話してくれてる……!」
「……」
 勝手に糖衣の事話さないあたり、ちゃんとマナーは守ってるんだな、などと琉衣は思いながらも何故かイライラが止まらない。
 二人の会話はあくまでオランダ研修の時の思い出話で、凪が千弥の事を褒めつつも、ちゃんと千弥が凪の好感度が上がるような内容になっていた。
 脚本があるのか、可不可のチェックが入っているのかは謎だが、ラジオ感覚のように流れるそれはけして変な内容ではない。


 だが、琉衣は何故か流れるコメント欄にイライラしてしまう。


 『なぎぺこ、準レギュキボンヌ』
 『なぎぺこおもしろ~い!』
 『なぎぺこ、けっこんして!!』
 『なぎぺこ、かわいい。ちゅっちゅっ』


 など、凪のことを何故かなぎぺこ呼びし、距離感ゼロのコメントが流れる。
 しかも「ちぃ民のみんながなぎぺこの事可愛いって!」とコメントを拾えば顔を真っ赤にして照れたようにする。
 なんでそんな反応なんだ、と琉衣はイライラが更に止まらない。
 別に糖衣がバカにされたわけでも、糖衣にちょっかい出されたわけでもない。
 放っておけばいい、こいつら見る目なさ過ぎだろ、と思えばいい。でも、何故か琉衣はイライラが止まらない。


 ところどころ挟まれるいつものギャグ。
 それすら視聴者は面白がる。
 何考えてるんだこいつら。
 何も面白くねえわ、いっつもそれを聞かされて相手にするヤツのこと考えてるのかよ。嬉しそうに突っ込まれるあいつの顔も見たことねえくせに何が可愛いだ、ボケ。
 パスポートの話の時もドジっこで可愛い、とか何考えてるんだこいつら、と思う。
 いつもフォローしてる身としては可愛いだなんてもんじゃねえ、大体何もしらねえくせに褒めるな、それをやってるのはこっちだぞ、と思う。
 そう、凪をいつも庇ったり面倒見てるのは自分で、なのに、と思った瞬間に千弥の声が大きくなる。


「じゃあ、なぎぺこ!最後にみんなにひとことお願い!」

 そうこうしているうちに番組は終わりに近づいてきたようだ。
 意味のわからないモヤモヤとイライラも終わる、と琉衣が思った時だった。


「オレの担当する夜班……L4mpsはそれぞれお店を持っていて、どの店も素敵で是非来て欲しい……。
あと、おもてなしライブの時は歌とダンス以外に、15区長の琉衣と漫才するから是非そっちも楽しみにして欲しい」


「……は?」


 わけの解らないイライラが決定的なイライラに変わった瞬間だ。


「……蜂乃屋――――――――っ!」
「あ、兄さま」
「ぎぃ、ずっとこれを言っておったからのぉ。満足そうでなにより♪」」


「それじゃあ、みんなばいびー♪」
 琉衣が扉を開けて走った瞬間に、千弥の声で配信が終わる。
 未だにコメントが流れてる。


「子タろさん、兄さまのこともコメントで書いてある!」
「ほほぉ、これは次回のおもライも漫才が出来るってぎぃが喜ぶのぉ~♪」



 二人の暢気な声が聞こえる。
 その声がどことなく楽しそうで。
 琉衣はそのモヤモヤとイライラの正体を、まだ知らない。


 

オランダ研修で書かなきゃ!と思った中卒コンビ。琉凪ちゃん可愛いね……
私はエイトリで一番可愛いのは凪くんだと思ってるのでこんな可愛い子が配信に出てきたら狂うと思います。