絋平のベースは朔太郎に捧げられたものだった。
朔太郎の病室で「上手くなったんだ」と笑う姿が、
あどけなく夢を語り合う横顔が、
熱っぽく兄を見つめるその視線が、
例え自分に向けられたものじゃなくても風太は大好きで溜まらなかった。
届かない星だと解っていても、その一番星に惹かれた。
でも、風太にとって、同じくらい兄も大好きだった。
「風太」
優しく読んでくれるその声をずっと聞いてたかった。
髪の毛を撫でてくれる手が大好きだった。
夢を語る声が大好きだった。
優しく微笑む顔が好きだった。
抱きしめてくれるぬくもりが好きだった。
ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっと―――――――ずっと、一緒にいたかった。
いたかったのに、
『……朔兄ちゃん…?』
朔兄ちゃんは全部、全部置いていった。
内緒で、楽器の練習をした。
でも、全部上手く出来なかった。
絋平のようにベースを弾くことも、
あおいのようにピアノやトロンボーンを奏でることも、
風太は、何一つ―――『才能』がなかった。
だから言えなかった。
『いつか……必ずバンドで世界に行こう』
その夢を一緒に叶えたいと、一緒に連れて行ってと。
もしも、言えたなら、
その優しい手を握って、朔太郎は今も傍にいてくれただろうか。
風太の胸の痛みは、もう少し軽いものだっただろうか。
風太は一度だって、自分を好きになってほしいだなんて思った事は無い。
だって、絋平の愛を捧ぐ人間は朔太郎だ。
だから、朔太郎からこれ以上何かを奪おうだなんて一つだって思わない。
ただ一つだけ望むとしたら、絋平が元気がないのが嫌だ。
辛そうな顔は見たくない。
絋平が悲しそうな顔をすると自分だって苦しいし辛い。
絋平が望むなら出来れば全部、叶えてあげたい。
あくまで自分の納得のいくことならば、だが。
だって、楽しくもないのに無理にそれを叶えても絶対にみんな後悔する。
だから、風太は歪んだ形で夢や想いを叶えようだなんて一つも思わなかった。
「……うぅん……」
ゆっくり体を起こすと太陽がもう大分上に登っていた。
「……」
風太は目を開いて、朝だ、と認識した。
ぐちゃぐちゃの部屋の中から服を引っ張り出して、慌てて着る。
そして、勢いよく部屋の扉を開けて「みんな、おはよう!」と大声で挨拶をした。
「風太、うるさい!」
「あおい~、おはよう!」
「はいはい、おはよう。顔洗って来たら?」
「あはは、そうやね、じゃあいってくるばい!」
「はいはい、まったく一々うるさいんだから」
ため息交じりの親友の声。
風太の世界は優しい。
「岬、おはよう!」
「ああ、おはようさん……と、風太。髪の毛が滅茶苦茶になってるじゃねえか!」
「ああ、ほんなこつね~」
「ったく、直してやるからそこでじっとしてろ!」
「おお、ありがとう!岬はやさしかね~」
「そ、そんなんじゃねえ!ったく、じっとしろ!」
あおいも岬も優しくて大好きだ。
小さい頃から何ひとつ変わらない、大好きな幼馴染。
朔太郎がいなくても、続いている世界。
岬に優しく髪の毛を解かされながら、毎日痛感していることを改めて感じる。
小さい頃、朔太郎が手を引いて広げてくれた風太の世界は、朔太郎が亡くなってから、そして忘れてからもずっと優しい欠片を残して続いている。
大切なもの失うことも、変わることも、忘れることも、全部取り戻して―――今、風太は笑っている。
そして、絋平が差し出してくれた手を握って、朔太郎の夢を追いかけている。
皮肉な話だった。
あんなにも一緒にやりたいと思っていた事を朔太郎を失ってから風太は追いかけている。
あの日、途切れたレールの向こうを、立ち上がって目指している。
辛くて、苦しくて、どうしようもないけれど、それでも風太はこの世界が大好きだ。
大和や蓮、那由多、結人に航海に凛生、万浬、礼音、フェリクスや紫夕、遥、他にも色んな人に出会えた。
だから、これ以上望むことなんて何もない。
一方、絋平はまさかの告白に頭を抱えていた。
「…………」
早坂絋平は22歳である。
一度や二度、告白されたことがない、といえば嘘になる。
バンドに専念したいから、と言って断ったものの、中には『絶対に邪魔しないから』と食い下がられたことだってある。
けれど、絋平にとって目の前の相手を好きになれるとは思った事はなかった。
絋平の頭はいつも小さい頃からベースと、幼馴染みでいっぱいだった。
特に神ノ島兄弟はもう自分の人生の土台と言ってもいいくらい根付いていた。
その一人の、風太から言われた。
『ずっと、はじめて会った時から、ずっと、ずーっと、絋兄ちゃんのことが、大好きばい』
単純で、真っ直ぐで、嘘偽りなくて、あんな聞いてるだけで胸が苦しい告白は初めてだった。
好きだと言っているのに、拒絶されている、そんな告白。
手を伸ばして、じゃなく、手を伸ばすなと全身で言っていた。
なら、それが正解だ。
風太の幸せのために。
自分は朔太郎と約束した。風太の楽しいを守るって。
「……」
―――――本当に?
本当にそうなのか?
それが正しいのか?
本当に?
俺は―――――
「絋にい!」
「……っ」
あおいの声と、引っ張られる力。
何だろうと顔をあげれば、そこには電柱があった。
「……あ……」
「何してるんだよ、絋にい」
「……いや……」
振り返れば岬もいて、手には食材が入った鞄があった。
気がつけばもうはなまる商店の目の前だ。
ぼーっとしていて気付かなかった。
「どうかしたの?悩みごと?」
「……わからない」
「なんだ、それ」
優しく尋ねるあおいの言葉に絋平はどう応えて良いのか解らず素直に言う。
ゆっくりと二階への古い階段を上りながら。軋む音がした。
「答えはもう出てるんだ」
「なら、それでいいじゃねえか」
「そう、……なんだよな」
その通りだ。
だから、この話はこれで終わりだ。
絋平と風太は今まで通り、兄貴分と弟分のまま生きる。
それが正しい。
なのに、何故こんなにも心が揺れるのか。
「……相手が、風太だからか」
「え、風太?」
ぽつりと呟いた言葉にあおいと岬が反応する。
「風太のやつ、何かあったの?」
「何かって、告白……」
そこまで言って、絋平は慌てて口を手で塞いだ。
しまったという時には岬とあおいが目を丸くして絋平を見ていた。
「……風太のヤロー告白されてたのか!?」
「い、いや、違う!違う!!おちつけ、岬!」
「じゃ、じゃあ、もしかして告白したの!?」
「そ、それは……」
「相手は誰?どこの人?アイツ、自分がもうプロだって解ってるのかよ!」
「まったくだぜ、とっちめてやらねえと……で、絋にい、誰なんだ?」
「……」
絋平はどうしたものかと思いながら、家の扉を開く。
玄関へと入り、靴を脱ぐ。
「……絋にい?」
「……だ…」
「へ?」
もうこうなったら隠してはおけないと思い、絋平は素直に言う事にした。
「絋にい、今なんて」
「俺が、風太に告白された」
そう告げると岬とあおいは顔を見合わせて、それから一呼吸置いた後、
「はぁあああああああああああああああ????????」
「えええええええええええええええええ????????」
大声を商店街に響かせた。
あとでまた謝りに行かなければ、と絋平は少しだけ現実逃避をした。
その後、絋平は二人に根掘り葉掘り聞かれて全て答えた。
もう守らなくて良いと言われた事、好きだと言われたこと、朔太郎が好きだったこと、それを風太に全部バレていたこと。
――――――全部。
ちゃぶ台の周りの座布団に腰をかけて、話終わると二人の顔は驚愕の余り真っ白になっていた。
「し、知らなかった……」
「気付かなかった……」
「俺もだ」
そう、誰も知らなかったし、気付かなかった。
風太が絋平のことをずっと好きだったなんて。
いや、それも当然なのかもしれない。
だって、風太の言葉を信じるのなら、絋平のことを初めて会ったときから好きだったのだから。
だったら、それが恋に変わる瞬間なんて誰も知らないのだ。
だって、風太の好意は初めから、恋だったのだから。
「そういえば、」
「うん?」
「風太、性別なんて好きかどうかに関係ないって言ってたっけ」
「なんだよっ!それも知らねえぞ!」
「そういえば……」
「絋にいも知ってるのかよ!」
「多分、大和も知ってるぞ」
「な……」
大体それはお前が虎春さんに夢中だった時だぞ、と言ったらきっとまたショックを受けるだろうから言わないでおくことにする。
考えたら、風太はずっと解っていたのか、性別なんて恋に関係ないという事を。
自分がそうだったから。
――――――俺が、そうだったから。
そこまで考えて、絋平は頭を横に振った。もうすべて終わった話だ。これ以上掘り下げる必要なんてない。そう考えて。
「だから、この話はもう終わりなんだ」
「……」
「悪かったな、二人を巻き込んで」
そう言って、絋平は立ち上がろうとちゃぶ台に手を置いた。
「……笑ってるばかりが、楽しいじゃない」
「……え」
その時、あおいが呟いた。
「風太が言ってたんだ、笑ってるばかりが楽しいじゃないって」
「……」
「絋にいは本当にそれでいいの?」
「あおい……」
「俺は、絋にいの気持ちも、風太がなんでそんなこと言ったのかも全然わかんない、わかんないけど……解らないってことは、絋にいは悩んでるからじゃないの?」
「……っ」
その言葉に絋平は自分の胸の辺りをぎゅっと掴んだ。
――――――笑ってるばかりが楽しい、じゃない。
そうだ。
真剣にやっていれば笑顔が作れない時だっていっぱいある。悩んで、傷ついて、でも、それでも、楽しいと思えた。
風太はもう子供じゃない。
それくらい解っている。
それを、あおいに言うくらいには大人になったのだ。
自分が守ってやらなくても大丈夫だ。
でも、それでも、
「そうだぜ、あいつ嘘は嫌だって言ってた」
「……嘘」
「絋にいに守られなくても好きになって貰えなくてもいいってのは確かにあいつの気持ちかもしれねえけどよ、でも、絋にいの気持ちはどうなんだよ」
「……」
「もう過保護は辞めたなら、絋にいだって嘘つく必要ねえだろ」
「……」
「絋にいの気持ちにちゃんと向き合ってくれよ」
真剣な顔で岬とあおいに見つめられて絋平の気持ちが揺れ動く。
「風太を言い訳にしないで、ちゃんと考えてよ!」
「……っ」
その言葉に言い返そうとして、でも絋平は何も言えずに唇を噛みしめる。
違う。そんなことない。これでいいんだ。
そう言いたいのに、言えないのは自分でも解ってるからだ。
風太のお願いを叶えたくなかった。
生まれて初めてそう思った。
だって、自分は――――――
「……ただいま」
「大和!」
「何を言い争ってるんだ」
「いや……えっと……」
答えが出そうになった時、ゆっくりと大和が家へと入ってくる。
「そういえば一人なのか?風太と一緒じゃなかったのか?」
誤魔化すように聞けば、大和は不思議そうな顔をした後、口を開いて答えてくれる。
「風太なら下の駄菓子屋に寄っていくって言ってたぞ」
「あいつ……」
「また、無駄遣いして……!」
止めてくる、とあおいと岬が飛び出していく。
その背中を見て、絋平は笑った。
「……」
「うん?どうした、大和」
「絋平さん、何かあったのか?」
「……え?」
「泣きそうな顔をしてる」
「……」
「風太と一緒だ」
「え」
「風太もずっと泣きそうな顔をしていた」
「……」
「でも、サクタローを抱きしめたり、吹いてるとすぐに笑う……きっと朔太郎さんが守ってくれてるんだな」
「……」
その言葉にチクリと胸が焼ける気がした。
そんなの当たり前だ。
朔太郎はずっと風太の事を守っていた。気に掛けていた最高の兄だった。
そんな姿が好きだった。
でも、
だけど、ほんの少しだけ、
本当に少しだけ、思っていた。
『朔太郎が羨ましい』と。
―――――『朔太郎はいいな、風太から好かれて』
絶対に思ってはいけないことを。
思い出さないように蓋をした思い。
それを思いだしてしまった。
だって、
だって、しょうがないじゃないか。
そう絋平は言い訳する。
風太がもう守らなくて良いと言った後、風太を守っているのは朔太郎なのだ。
朔太郎のことを思いだしたら、絋平はお役御免で、必要ない存在なのだ、そう言われているようで苦しかった。
ずっと、ずっと自分だって風太を守っていたのに。
一番近くで、手を伸ばせる位置にいて、笑った顔をみていたのに。
なのに、どうして、ずるい。
ずるいよ、朔太郎。
そう思いだしたら止まらなかった。
お前が頼むって言ったんじゃないか、と。
そこまで考えたら、自分の本当の気持ちがわかってしまった。
ああ、なんて、醜いんだろう。
俺は―――――他の誰でもなく、風太のことを、自分が守りたかったのか、と。
あの笑顔を守る役目を誰にも渡したくなくて、それは岬にもあおいにも大和にも、朔太郎にすら渡したくなかったなんて、そんな、あまりにも滑稽すぎた。
これを恋だなんて言えない、余りにも酷い独占欲。
自覚したら最後、もう引き返せなくて、それでも、絋平は
「……なんだ」
「大和」
「絋平さん、すっきりした顔になったな」
「……そうか?」
「ああ」
出した自分の答えを抱いて進むしかなかった。
仕方ない。
だって、風太はもう守らなくていいと言った。
なら、自分の思ったとおりに進むしかない。
それがきっと『楽しい』に繋がる筈だと信じて。
その夜、全員が寝静まった後、五人で布団を並べて眠っている中、絋平はそっと布団から出た。
「……」
なんだか寝付けないのと、サクタローがまた傷つきそうな位置にあったのでそっと風太から遠ざけようとするためだ。
傷ついたら泣くだろうから、と絋平はサクタローに触れる。
「……」
その時、なんとなく、絋平はサクタローを手にして家の外へと出た。
玄関から一歩踏み出した踊り場からは大きな月が見えた。
サクタローを見ればキラキラと輝いて、月を映し出していた。
風太が見れば喜ぶであろうと容易に想像がつく。
「……朔太郎」
サクタローは朔太郎ではない。
そんなこと解っている。
それでも、時折風太がそう思っていたように絋平もそうなんじゃないかと思う時がある。
それは、風太が誰の声にも反応せずにいた時にサクタローによって元気になった事や、
ライブの時にサクタローが一番楽しそうだと風太が言う度に、朔太郎の代わりにサクタローが風太を護ってるんじゃないかと思えた。
「ずるいぞ、お前」
だからというわけじゃないが、半分は八つ当たりのような気持ちで語りかける。
だって、ずるい。
朔太郎のことを思いだした途端、風太は朔太郎、朔太郎だ。
それを望んでいた筈なのに少しだけ嫉妬してしまうだなんて笑える。
「俺がさ、ずっと守ってきたんだよ」
勿論、誰も答えない。
答える筈がない。
「勿論、あおいや岬や、大和もいたけど、それでも俺は俺なりに、風太のことを一番守っていたつもりなんだ……」
だからこそドンドン本音が出てしまう。
「なのに、守らなくていいって言われて、今はお前が風太を守ってて、ずるいよ、本当に」
わかってる。
前に戻っただけだって。
風太が一番楽しそうに笑うのは朔太郎の前だったから。
その姿を見るのが好きだった。
でも、今は、―――――辛い。
「……俺は、まだ、世界に行くっていう叶えられてないけど、でも、風太の楽しいを守るって約束の方は守ったからな」
そう口にすれば、サクタローがキラリと輝く。
勿論単なる月明かりかもしれない、あるいは気のせいかも知れない。
それでも、絋平には朔太郎からの返事のような気がした。
救われた気がしたのだ。
「だから、」
サクタローからの応援に絋平は笑った。その笑みが自嘲だったのか、満面だったのかは解らない。
ただ、解るのはたった一つの決意があったということだけ。
「お前の大事な大事な弟は、俺が貰っていくよ」
たった一つの初恋だった。
初めから終わりが決まっていた恋だった。
朔太郎への思慕と、憧れと、尊敬。
その幼い気持ちは確かに恋だった。
でも、絋平は彼とどうにかなりたいと思った事はなかった。
一緒のバンドで世界に行きたい、という夢はあったし、肩を並べて音楽をしたいとも思っていた。
でも、付き合いたいとか、キスをしたいとか、誰にも渡したくないとか、それ以上を望んだ事は無かった。
それが答えだった。
幼い、大切な、宝物の恋だった。
きっと、朔太郎が誰かと恋をして、幸せになっても良かったと笑える、そんな優しい思い出だった。
でも、風太は――――――
きっと、誰かに奪われた自分は耐えられないと思った。
隣にいて、自分以外の誰かが守る未来を考えただけだった。
それが例え朔太郎だとしても。
反対されたとしても。
止められない、恋だった。
それを自覚するには充分すぎる独占欲を抱いてると気付いてしまったから。
サクタローを天に掲げた。
月が近づき、更に一層、サクタローはキラキラと輝いた。
気がつけば月の近くに星が見えた。
一番星だ。
絋平はそれを見つけて笑った。
長崎に比べて星が見えない空。
それでも、確かにそこに星はある。
見えなくても確かに存在するもの。
自分の中にも確かにあった、気付かないようにしていたけれども存在していた確かな感情が。
それに気付くと同時に絋平は笑みが零れた。
もう大丈夫だ、と自分に語りかける。
もう、――――――迷いは晴れたのだから。
「……うぅ…」
トイレ、と尿意を感じて風太は起き上がる。
いそいそとトイレに行き、じょろろろろ、と溜まっていたものを排泄する。
手を洗い、そして寝よう、と思った時に足をぴたりと止めた。
「……サクタロー?」
サクタローがいない。
布団の隣に置いていた筈なのに。
どうしよう、どうしよう、どこに?
風太は血の気が引くのを感じた。
寝る前はいつも通り間違えなくあった。
サクタロー専用の毛布もちゃんとあるし、そこにあったのは間違いない。
その時、風太の隣の布団に誰もいない事に気付いた。
「……絋兄ちゃん……?」
絋平がサクタローを持っていったのか?と思うと同時に話し声が聞こえる。
絋平だ。
風太は大和達を起こさないように慌てて声の方へと向かった。
「……こぉ、にいちゃんっ!」
「……風太」
玄関の向こう側。
月明かりに照らされた絋平とサクタローがいた。
「さ、サクタローがおらんばいって……」
「……」
「そんで……」
「悪かったな、サクタローと話してた」
「……サクタローと?」
「……サクタローは俺にとっても、多分あおいや岬にとっても大事だからな」
「……」
そう言って手渡されたサクタローを風太も見つめる。
「朔太郎の形見だからな」
「……そう、そうやったね」
そうだ。
きっと風太にとってのサクタローと同様、絋平たちにも大事なものなのだ。
朔太郎が残してくれたもの、朔太郎の宝物。
いつもキラキラで、風太に聞かせてくれたスカ。
それが今は風太の宝物になった。生きる為の指標になった。
「……風太」
「うん?」
「話があるんだ」
「なんね?」
絋平の目を風太は見た。
大好きなオリーブグリーンが風太を見つめていた。
世界で一番大好きな目。
いつでも前を見て、自分を見守ってくれるその目が大好きだった。
絋平の背中を追いかけていけば何も恐い物なんてなかった。
ずっと守ってくれていた。それが、嬉しくて幸せで、今は少しだけ、恐かった。
「……お前は、もう守らなくていいって言ったけど……」
「……」
一年間暮らして、慣れた吉祥寺の風が風太の頬を撫でた。
風太の空色の目に、見た事のない絋平の顔が映る。
「俺は嫌だ」
「……こうに
「お前にお役目御免なんだって諦めようと思った。でも、無理だった、岬とあおいにもそれでいいのかって言われたよ。」
「岬とあおいが……」
「それで思った。嫌だって思った」
「……せやけど、それは―――」
朔兄ちゃんのことがあるからやろ?とか、おさななじみだからやろ?と言おうとする前に絋平が微笑んだ。
「風太が、他の誰かに守られたり頼ったりするのを考えて、嫌だって思った」
「……」
絋平の言葉に風太の空色が大きくなった。
絋平の笑顔は何一つ変わらない。
ただ、風太を見つめて、微笑んでいるだけ。
その笑顔が、悲しいほど綺麗で、ああ好きだな、と場違いにも思った。
「朔太郎は、風太の楽しいを守ってくれって言った。約束した、絶対に守るって」
「朔兄ちゃんが、そんなこと……」
その言葉に改めて風太は朔太郎と絋平の愛の重さを知る。ずっと二人に、他にも、岬やあおい、両親や祖父母、何もしらない大和にも守られていたことを。
「でもさ、そんなの関係なかったんだって思った」
「……」
その言葉に風太は床に落とした視線を上げた。
「……え」
「確かに、朔太郎が死ぬ前に約束した。でも、俺は、約束の前から、風太の事を、朔太郎の病気が守るまで守ろうって思ってた」
「……せやから、それは朔兄ちゃんのために」
「俺もそう思ってた。朔太郎の変わりだって、兄貴分だからなんだって、だけどさ、お前が、」
「……」
「守らなくていいって言って、それからサクタローを心に支えにする度に、なんでだって、俺だって守ってきたのにって思えて仕方なかった」
「…………え?」
何を言ってるんだろう、と風太はマジマジと絋平を見つめた。
疲れてるんだろうかと思ったけど、絋平は変わらない。
むしろ機嫌が良さそうだった。
「……」
風太は意味がわからなくて、サクタローを無意識にぎゅっと抱きしめる。
そうすると天国の朔太郎が大丈夫だと言ってくれてるようで。でも、絋平は止まらない。
「俺は、他の誰でもない自分がお前の事を守りたかったんだって気付いた」
「なんね、それ」
わからない。
わからない。
絋平の言ってる事がわからない。
風太にはわからない。
何が言いたいのかも、どういう気持ちなのかも。
でも、一語一句全てが絋平にとって大事な言葉なんだということだけはわかる。
ひとつたりとも取りこぼしてはいけないことだけは。
でも、風太にはその言葉の意味がわからない。
「……風太」
「……」
絋平の髪の毛が揺れた。
片方だけ長い右サイドが風に遊ばれている。
風太は、その髪の毛が大好きだった。
絋平が動く度に揺れるその髪の毛が、理由はわからないけれど、とても、大好きだった。
「―――――――好きだ」
絋平のことが、はじめて会った時から好きだった。
兄に紹介されて、自分よりも少しだけ年上のその人に見惚れた。
二番目の兄になってくれると言ってくれた優しさが、どんな重いものも持ち上げる力強さが、転んだらすぐに手を差し伸べてくれる手が、
何もかもが好きだった。
一目惚れだった。
初恋だった。
否、違う。
今でも好きだ。
彼が、自分の亡くなった兄が好きだったと気付いても、思いを消すことなんて出来なかった。
失恋したと解っていても、それで良かった。
だから終わらせることにした。
ちゃんと、おさななじみになろうと思った。
バンドメンバーになって、これ以上彼から奪わないと、朔太郎に返そうと。
絋平の人生を絋平に戻そうと思った。
でも、
「……朔太郎のことは、風太の言う通り好きだよ」
どうして、この人はもっと、と自分に捧げようとするんだろう。
どうして、欲しいものを全て与えてくれようとするんだろう。
そんなの、嫌なのに。
それが嬉しい自分が嫌だ。
だから、諦めようと思ったのに。
なのに、
「大切で、憧れで、優しくて格好良くて――――――初恋だった」
「……やったら、」
「だけど」
「……っ」
耳を塞いで逃げればいいのに。
絋平は風太の右手の手首を握った。
それを振りほどけばいいのは解ってる。
その証拠に絋平の手には一つも力が入ってない。
幾ら怪力だといえ、絋平は風太を傷つけない。
優しいから。
風太に甘いから。
守ってくれるから。
だから、本気で逃げれば追いかけないことくらい解ってる。
だけど、
それを出来ずに風太はただ、絋平を見つめて、
「……俺が傍にいて、守ってやりたいって、笑顔がみたいって思うのは、風太なんだよ」
ぽとりと涙が自然と零れた。
「……」
「朔太郎のことは好きだけど、大事だけど、でも、キスしたいとか、セックスしたいとか、そういう気持ちはなくて、」
「……」
「ただ、生きてて欲しかった」
「……」
同じだ。
自分だって、朔太郎に生きてて欲しかった。それ以上望むものなんてなかった。
「でも、風太には思うよ」
「……」
「笑わせるのは俺でありたいし、一番最初に頼るのも泣きつくも俺がいい」
「……っ」
「お前の一番隣は俺がいい、ライブの時だって、普段だって、お前が歌うのを、笑うのも、泣くのも、怒るのも、楽しむのも、全部横で見てたい、――――誰にも、渡したくないよ」
「……こぅ、にーちゃん」
呼んだ名前は、涙のせいで鼻声で、まったく決まっていない。
でも、そんなの今更だった。
だって、自分が3歳の頃から、いつだって自分を泣き止ませるのは目の前の人だった。
朔太郎の前では、笑っていたかったから。
泣くのを我慢して、でもそれを絋平にはすぐにバレて、いつも、そう、こうやって、
「……好きだよ、風太」
抱きしめて、そっと背中を撫でられる。
「……っ」
その途端、我慢していた涙が溢れ出た。
「―――――お前が、嫌だっていっても守るし、傍にいる。お前が棄てるなら俺が拾うから、だから諦めるなんて言うな」
「絋兄ちゃん……」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、目の前が霞んで見えない。
それでも、絋平が世界一格好良いことは風太には解る。
だって、知ってるから。
どんな人が現れたって、早坂絋平以上に格好良い人間なんて、風太の人生にはいなかった。
>
早坂絋平は――――――神ノ島風太にとっての一番星だった。
いつだってキラキラしていて、格好良くて、自分を導いてくれる、大好きな人。
「ずっと、俺のことを好きでいて」
ずるい。
ずるい。
ずるすぎる。
そんなこと言われたら、諦められない。
「絋兄ちゃん」
「……うん」
「好き」
「うん」
抱きしめられた格好のまま、朔太郎を持っていない方の腕を絋平の背中に回した。
「大好き」
「うん」
絋平の手の力が強まるのが解る。
「世界で一番大好き」
「うん」
「ずっと、ずっと、傍におって」
「ああ」
「ずっと、ずっと」
「わかってる」
「……」
「全部、わかってるから」
何が解っているのか、風太にはわからない。
でも、絋平がいったのだ。
大丈夫だって。
全部解ってるって。
だったら、きっとそうなのだろう。
「……まったく、鼻水と涙で顔がぐちゃぐちゃだ」
「……やって」
「ほら、拭いてやるから」
仕方ないじゃないか、と思っていると絋平は持っていたタオルで風太の顔を拭いてくれた。
「……これでよし」
「絋兄ちゃん、あんがと!」
「…………風太」
「?」
なぁに、と言おうとした時だった。
絋平の顔が風太に近づいて、そして――――――
「……」
一瞬にして息も、視線も、何もかも奪われた。
「……」
「……はは、格好つかないな」
「……な、な……」
遠ざかる頬を赤らめた絋平を見て、風太は自分がされた事を理解した。
「こ、こ、こーにぃ……」
「……風太」
「う、うぅ…うぅ……」
「これで、『パートナー』だな」
そう言われて、一気に全身が熱くなるのが解った。きっと顔中が真っ赤だ、と風太はわかった。
何か言わなければならないのに、でも、何も言えない。
驚くと何も言えなくなるのだ、と風太は生まれて初めて知った。
それと同時に、
「……っ…なって……」
「ちょ……」
「……い…」
「……」
絋平が風太から離れて、玄関のドアを開けた。
「っ…!」
「わ…」
「ん……」
3人が一気に傾れ込んできた。
「お前達、何やってるんだ」
「……えっと」
「いや~……二人の声がしたから……」
「喧嘩でもしてないかなーって思って……」
「そ、そう!そうそう!それで心配して…」
「絋平さんと風太がキスしてた」
「なっ!」
「「大和―――――――っ!」」
その言葉に風太はファーストキスがよりにもよって親友三人に見られていたという事実を知った。
「……な、なななな……」
「……お前達なぁ……」
その事実に風太の脳みそはフル回転する。
けれど、恥ずかしさと、嬉しさと、幸せだということと、驚きにより、風太の脳みそは色々な相乗効果で恐ろしい事に通常の動きへと戻っていく。
「……ふ、風太…?」
大和に呼ばれて、風太は恥ずかしかった気持ちがリセットされる。
「まぁ、見られたもんは仕方なかね!」
「……いや、どういう神経だよ」
「って見ちゃった俺たちが言えることでもないんじゃないの?」
そう、見られたものは仕方ない。
恥ずかしいし、見せるものでもないけれど、隠すものでもない。
だって、知ったのは風太にとって大好きな大親友三人なのだから。
「二人が結ばれた記念にお祝いをしよう」
「いや、それは辞めてくれ……」
「大和、あんがとな!」
「二人がお互いを好きなのは解ってた、だからきっといつかこうなると思ってた」
「嘘っ」
「いやいや、お前適当な事を言ってんだろ?!」
「……適当じゃない。絋平さんは風太の望みはなんでも叶えるし、風太は絋平さんには特別な笑顔を見せてた」
「……こ、こいつ…」
「って、絋にいに言われるまで知らなかった俺と岬って鈍いの?」
きっと、今日から風太と絋平の人生は少しだけ変わる。
でも、仲間達が集まって騒がしくする毎日はきっと変わらない。
「風太」
「絋兄ちゃん」
賑やかにする三人を尻目に絋平に伸ばされた手を、風太は握った。
大丈夫。
これからも、きっと辛くて苦しい事が沢山ある。
悲しくて、耐えられない事も、大きな壁だってあるだろう。
でも、きっと大丈夫。
何も変わらない。
風太は隣にいる絋平を見た。
透明よりも、綺麗な輝き。
今でも覚えてる。
夜空に輝く星のようにキラキラ輝いているその人と出会った瞬間から、大好きになった。
いつも一緒にいたいと思うようになった。
格好良いとか、
守ってくれるとか、
優しいとか、
怒ると恐いところとか、
笑うと少しだけあどけなく見える顔、
怪力ですぐに物を壊してしまうところ、
辛いものを食べると人格が変わっちゃうところ、
ベースを弾いてると幸せそうな顔をするところ、
好きな物を語りだしたら止まらないところ、
実はちょっとだけ片付けが苦手なところ、
全部、彼が大好きなことが変わるはずがない。
その人も自分が好きだと言ってくれた。
これからずっと一生一緒にいてくれると。
共に歩んでくれると言ってくれた。
伸ばした手を握りしめて、光の方へとふたりで、みんなと一緒に駆けていく。
名声よりも、褒章よりも大事なものはこの手の中に。
悲しい事も
辛い事も
楽しい事も
嬉しい事も
きっと、分け合っていける。
だから、大丈夫。
生々世々、この手は二度と離したりしない。離さないと誓おう。
あの、空に輝く、綺麗な月に。
「ほら、もう寝るぞ!」
そして、未来の終わりでまた会おうと。
それまで見守っていてと笑う。
もう大丈夫。
雨上がりの風が、やっと吹いたから。
光風:上がりの爽やかな風 という意味。
『ピース!』が出た時に北岡Pさんのインタビューで「SWORD!」は風太と絋平の曲である、と聞いた時からずっと書きたかった話。
ちょこちょこ書いては止まり、でも、フウライワンマンライブを見た時にこの話を書き終えないといけないと思っていました。
キミステのボイドラで解決した後、まさかのセカンドワンマンライブで後日談があり、その後色々忙しくてまた書けなくなり、
でも絶対に休止前には書き終えたいと思って、やっと書けたお話です。
これは個人の解釈なんですが、フウライの物語は絋平と風太(と朔太郎)が中心だと思ってるし、ずっと長い雨に降り続けられていた二人の雨が終わるまでの話だと思っています。
それはダブエスからのガチャ画面から解るように、風太の苦しみを分かつ相手が絋平で、絋平の痛みを解放出来る人間が風太しかいないからだと思っていました。
(個人的にみさあおの女でもあるので岬-あおい理論もあるのですがそこは割愛で)
他バンドが色んな組み合わせ来る中、フウライだけは固定なのはそういう意味あいがあるんじゃないかなと思い、同時にそこをジョーカーの大和が救ってくれるんだろうと思いながらも、それが今までの3人が支えてきた風太、という図が崩れるんじゃないかと正直不安でした。
キミステになってからキャラが崩れたりしたこともあり、大丈夫かなと不安だったのですが、
ボイドラの最終回はそんな不安とは違い、良い出来で、
確かにきっかけは大和だったけれども、風太の中でちゃんと自分が絋平を中心に皆が守ってくれていたという認識があってそこを描いてくれたことが本当に感謝しかありませんでした。
ダブエス時代から正直「大和のおかげだ!大和が全部解決してくれた、ありがとう!」という軽いものになったらどうよう…と不安があり、
でも、そうではなく、みんながいたから解決したんだ、という話で本当に良かったです。
というかフウライだけ綺麗に終わったね!!!(とフウライの為にとっておいた他バンドを聞いて正直思ったり……ジャイロやストストの続き聞いてえ!と思いましたよ、公式様…)
1/8の発表、11の休止前のライブ
どれもこれも楽しみであると同時にプロジェクトは終わらない!!
やっとずっと書きたかった絋風が書けて満足です。
これでやっと短編とみさあおが書けます!!ありがとう、あるごなびす、ありがとう、公式。ありがとう、フウライ。
絋風は多分今までもこれからも一番好きなカップリングです。
こんなに最初から追って、聖地巡礼までして、ライブまで追いかけたジャンルははじめてです。幸せをありがとう。
ありがとう…
休止するなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しかし、絋風がやっと書けたので、みさあおが書けます。(二度目)
やったね!
ちなみにこれを書くために井の頭公園に行きました。