ボクはシバサキが嫌いなの

「兄様、一緒にピアノ弾いてほしいの!」
「…由仁、申し訳ないのですが今は仕事が……」
「え、時雨と由仁くん一緒にピアノ弾くの?」
「真也」
「シバサキ!シバサキはお呼びでないの!あっちいくの!」
「ええ、僕も時雨と由仁くんのピアノ聞きたい。駄目かな?」
「……一曲だけでしたら」


「兄様!一緒にご飯食べてもいい?」
「由仁」
「あ、じゃあ由仁くんが時雨のご飯食べたらいいよ!僕、ご飯買ってくるね!」
「いえ、でも真也の予定が…」
「大丈夫だよ、買いに行くくらいは余裕があるし!」
「シバサキは別にいいの!あっち行ってろなの」
「由仁。真也にご飯を譲って貰ったんだからちゃんとお礼を言いなさい」


「兄様、おはようなの!」
「……」
「あ、由仁くん、おはよう」
「シバサキィ……」
「ほら、時雨。由仁くんだよ!」
「……しんや……?」
「時雨、起きてよ~」


 柴咲真也。
 兄様のヒゴがないと生きられない脆弱な存在。
 なのに、シバサキに兄様をヒトリジメして、ボクとの時間を邪魔をする。
 あの時、兄様のゴジヒがなければライフルでさっさと死んでたのに……。
 でも、兄様は優しいからこんなシバサキのことをとても大切にしてメンドウを見てる。
 だけど、そのせいで兄様とボクの時間がどんどん減ってしまう。
 兄様が駄目って言わなければ、今このシュンカンにでも殺してやるのに!  


 そう思いながら、自分に覆い被さってきたその姿に目を見開いた。
『日本では由仁を――――――』
 今更、義兄の言葉が脳裏によぎった。
 あのときは兄様と一緒にいたいだけなのにどうして兄様はボクの気持ちを理解してくれないんだろう、と思ってた。
 けれど、
「柴咲先輩!!!」
 シバサキを呼ぶ声。
「っ、もうドンパチがないって言ってたのは嘘かよ!」
 ボクの服がまるでトマトを潰した後のように真っ赤に汚れていた。
 ゆっくりと顔をあげれば、そこには笑っていた、大嫌いなシバサキがいて、


「……由仁くん、大丈夫…?」


 そう尋ねた。  ボクは何も言えなくて、どうしてこんな状況でもこの馬鹿は笑えるのかと思った。
 何も言わずにいても、シバサキはボクの頬を撫でて「良かった」と微笑んだ。


「良かった、由仁くんが無傷で」


 それだけ言って、シバサキはボクに体重をかけた。
 大勢の人が駆け寄ってきて、「大丈夫か」とか「怪我してないか」とか「救急車を呼べ」とか様々な声が聞こえるけれどもボクはまったく何を言ってるのか解らなかった。
 レオーネが包帯を渡されてシバサキの体を縛っていた。
 その間も意識を失ってもおかしくないのに、シバサキはテキパキと指示をしているようだった。
 やがて、大好きな兄様の足音が聞こえてきて、
 その情景を見て、


「真也!」


 叫ぶような、嘆くようなその声が耳に響く。
「時雨」
 暢気に挨拶するようなその声に、馬鹿なのか、とか黙ってろとか言いたいけれども声が上手く出なかった。
 ゆっくりと兄様に片側の手を伸ばして微笑む。
「時雨の家族」
「真也、喋らないで」
「守れて良かった」
 そう笑う姿になんでいつもいつも、こいつはこうなのだと思った。
 ボクはシバサキがやっぱり嫌い。


 殺したいと思っていたの。
 兄様をひとりじめして、奪わないで欲しいと心から思っていたの。
 でも、
 だけど、
 ボクは、


 こんな形で、シバサキに死んでほしいって思ってたわけじゃないの―――――。


 やがて聞こえてくるサイレンの音。
 それまで、否、それからも、
 兄様はずっと、シバサキの名前を呼び続けていた。


 シバサキの、夕暮れ色の眸は閉じられたままだった。