約束した未来は今
試合開始のファンファーレが鳴り響くように、初恋の始まりだって解りやすければ良かったのに、と思わずにはいられない。プレゼントをあなたに
いや、それでもそんなの嘘でしょ、と思ったかもしれないけれど。
「レオナルドお兄ちゃん!」
「チビDJ!」
大好きなお兄ちゃんに構って貰ってご満悦になってからウエストセクター研修チームの部屋に戻ってくると楽しげにしている2人の姿が見える。
幼い自分の事ながら飽きっぽいことは理解しているけれども、やけにおチビちゃんには懐いてるなと思う。
今だって膝枕をして貰ってきゃっきゃと楽しそうだ。
いや、それはさすがにずるいでしょ。
「……ねぇ、ねぇ、レオナルドお兄ちゃん」
「うん?」
「一緒に今日は寝てくれる?」
「……は?」
「一緒にお風呂に入って、おやすみのちゅーして、ぎゅってして寝てほしい……」
「……チビDJ……」
いや、何、そんな目で小さい俺を見てるの。
おチビちゃん、その子、俺だからね。
寂しい、まではまぁそうかもしれないし、心細いもあるかもしれない。
でも、それだけじゃない。
っていうか、小さい頃の記憶なんて全然忘れてたし、もしかしたら過去が変わってる可能性もあるけど、俺って小さい頃からおチビちゃんがタイプだったんだなぁ、とつくづく思う。
お兄ちゃんお兄ちゃんって泣いてたのは初日だけ。
しばらくすると図々しくなったのか、相手の懐に入り込んで要求を通そうとする、まではああ、小さい頃の自分もそうだったなぁ、だなんて思ってた。
だけど、おチビちゃんに対しての態度は普通の人と違うっていうか、やっぱり違って見えたんだよね。
「わかった、俺がずっと傍にいてやるからな!」
「本当?ずっと一緒?」
「ああ、帰るまではずっとだ!」
「わ~い!レオナルドお兄ちゃん大好き!」
そう言って強く抱きつく小さな自分を睨み付ける。
「おチビちゃん」
「な、なんだよ……」
おチビちゃんをよべば、まるで怖がることをアピールするかのようにしがみついてくる。
でも、おチビちゃんの見えないところで舌を出して牽制してくるあたり、全部解ってるんだよね。
おチビちゃん、完全に騙されてるよ。
「一緒にその子と寝たらトイレに行けないんじゃないの?」
「っ……それは……」
1人でいける!と担架を切るには、夜中に俺を起こした回数が多すぎて言えないのだろう。
「……でも、こいつ1人にしておけないし……」
「レオナルドお兄ちゃん……」
「俺と今日も寝るから大丈夫だよ」
「え~やだやだ!レオナルドお兄ちゃんと寝る!」
「アハ、お兄ちゃんとは寝れないの、それともディノかキースに頼む?」
「やだやだ!レオナルドお兄ちゃんと寝るんだもん!!」
そう言っておチビちゃんに抱きついて上目遣いで「駄目……?」と見上げれば、ヒーローとしてのお手本みたいなおチビちゃんは見た目だけはか弱い小さい俺に心が揺り動かされてしまう。
「……っ……」
「レオナルドお兄ちゃん……」
「なぁ……クソDJ」
「なに?」
ああ、絶対にこの子と寝るって言うじゃん。
お風呂に、おやすみのちゅー?
そんなの俺だって一度もやってもらったことないんだけど。
まぁ、しょうがないよね。
俺は告白だってまだしてないんだし。だけど、他の誰にだって譲りたくない。
他の男でも、女でも、現れたら絶対に渡さないって決めてる。それが小さい自分なのは余りにも心が狭いんじゃ、って思うけどしょうがないじゃん。
だって、初恋がこんなものだなんて知らなかったんだから。
数ヶ月前の『重たい』『人を束縛する』『初めてを欲しがる』人間なんて面倒臭くて無理、って言ってた自分に言い聞かせたい。
その面倒臭い人間に自分がなってるよ、って。
そうしたら少しは今の自分が恥ずかしい思いをしなくて済むのかな。まぁ、勝手に思ってるだけで誰もつっこ……いや、ビリーにはにやにやした顔で見られたけど。
「だったら3人で寝ようぜ」
「え?」
「は?」
「チビDJもそしたら寂しくないし、俺も……そういう時にはお前の事起こせるし」
「……」
「え~」
いやいや、何言ってるのこの子。
一晩中、まぁ、小さい俺も一緒に居るけど同じベッドで寝ろと?
正直言えば大歓迎だけどね、でも、なんでこういう時に言うのかなぁ。お邪魔が間に挟まってるんだけど。
「……レオナルドお兄ちゃんは俺と2人じゃ嫌なの?」
それでもなんとか二人きりになろうと頑張る小さい俺の気持ちをくみ取ることができない鈍いおチビちゃんは「3人だともっと楽しいぞ!」と言う。
「……」
あー、残念だったね、小さい俺。
おチビちゃんはそういう子なんだよね。
鈍感でなかなか人の恋心をを察してくれない、そういう子なんだよ。
「嫌か?」
「……じゃ、じゃあ」
「うん?」
「おおきくなったら、レオナルドお兄ちゃんがおれと結婚してくれたら、いいよ」
「…………は?」
このマセガキ、何言ってるわけ?
研究所に連れて行って、今すぐタイムマシンで送り返したい。
そんなことしたら今の俺がいなくなるかもしれないって解ってるけど衛生上よくない。
それか、今すぐキースかディノが帰ってきて相手をして欲しい。
でも、買い出しに行ってる2人はまだ帰ってくるはずもない。
「おれ、レオナルドお兄ちゃんのことがだいすき。だから、大きくなったら、おれと結婚してください!」
そう真っ直ぐな目で小さい俺は手を伸ばして、当たり前のように自分の『好き』が相手も同じだけ返してくれることを信じて疑わない顔でそう言う。
「……っ」
ああ、そうだった。
昔は、みんなが自分を肯定してくれると信じていた。でも今は――――――
そこまで考えて嫌なことを思い出しそうになるところを首を振って、それから目の前のことを見つめる。
さて、どうしたものか、と思ってると、少しだけ考えて、それからおチビちゃんは――――――
「おう、いいぞ!」
「……は?」
可愛らしい、満面の笑みで答えた。
それに対して、「本当?」「絶対、絶対だよ!」と抱きつく自分。
いや、何それ。
っていうか、大きくなった自分って俺じゃん。
それっておチビちゃんは俺と結婚してもいいってこと?そんなわけないじゃん。
絶対にそこまで考えてない。
解ってる。
解ってるから辛いし悲しい。
そりゃあ、おチビちゃんは俺の気持ちなんてひとつも知らないし、気付いてないけどでも、こんなの、酷すぎるでしょ。
「……クソDJは駄目か?」
「え……」
「3人で寝るの」
「……別にいいけど」
ベッドが狭いんじゃないの、とか、おチビちゃん、そんな俺と寝たいの、とか幾らでも返す言葉はあるのに、頭が真っ白になって言えない。
ああ、俺は本当に意識されてないんだな、って思ってしまう。
小さい頃の俺は嬉しそうにしてるだけ。
知ってる、君はね、――――――俺はひとつも意識されてないんだよ。おチビちゃんに相手になんてされてないんだよ。
それでも君は嬉しそうだね。
俺は毎日、こうやって失恋しているのに。
その日、俺は大好きな子と、一晩中同じベッドで寝て、寝顔をみて、嬉しい筈なのに。
なのに、ただ悲しくて。
ノヴァ博士から、タイムマシンが直ったと聞いたのは次の日のことだった。
初恋は実らないと知っている。
自分の好きになった人間は、少し前まで沢山の恋人がいて、当たり前のようにデートやらキスやら、多分、それ以上の事だって――――――
そんな相手をなんで好きになってしまったんだろうと自分でも思う。
恋はするものじゃなくおちるものだ、なんてガストに借りた本にも、グレイが薦めてくれたアニメでも言ってたけど本当にそうだと思う。
この底なし沼に毎日おれは嵌まっていく。
そして、この恋が絶対に実らないことを知ってた。
だって、あいつに相手になんてされるわけがない。
「フェイスくんのことが好きなの」
パトロール中、これでもかというほどオシャレした女が目を潤ませてあいつに言う。
「お願い、好きじゃなくていいから、私と付き合って」
真っ直ぐに見つめるその目は縋り付くようにクソDJを見る。
馬鹿だな、とどうしても思う。
「……悪いけど、もうそういうのは辞めたから」
「……じゃ、じゃあ……いつまで待ったら良い?友達からでも……」
「ごめんね」
だけど解ってしまう。
好きで好きでどうしようもなくて、絞り出した勇気で伝えたものが相手に届けば良いと思ってる。
実ればいいだなんて多分思ってない。
ただ、傍にいられたらいい、そう思ってしまうのだ。
だけど、ヒーローを真面目にやると決めた以上、クソDJはもう彼女を作ることはなかった。
それはフェイス・ビームスに恋をした人間はみんな失恋するということで。
「……っ……うぅ……」
泣きじゃくる女を見る度に、ああ、あれは未来のおれの姿なんだと思えて仕方なかった。
だから、嬉しかった。
「おれ、レオナルドお兄ちゃんのことがだいすき。だから、大きくなったら、おれと結婚してください!」
小さなクソDJがくれたもの。
今のコイツとは結びつかなくて、もしかしたら過去が少しだけ変わってるのかもしれないし、やっぱりクソDJそのものの過去の姿なのかもしれない。
だけど、こいつの初恋はおれなんだって思うと嬉しくてたまらなかった。
おれの100ある恋心の1つだけでも報われた気がした。
チビDJは何度も「ぜったいだよ、やくそくだよ」と言っていた。
でも、おれは知ってる。
クソDJはそんな約束忘れてるし、おれのことをもう好きでもなんでもないってことを。
チビDJが帰っても、おれたちは何ひとつ変わらない。
「……あのさ」
「……っ」
「こ、これ……」
「……うっ…………」
ハンカチを渡すと、驚いた顔をして女性はおれの顔を見る。
「…………泣いてるから」
「……っ……がと……」
そう言って、女がハンカチを受け取る。
「おチビちゃん」
「……」
「パトロールの途中でしょ、行こうよ」
「……」
「……」
女の方を見ると首をぶんぶんふる。
てめえ酷すぎるだろ、と言いたいところだが、口喧嘩になるのが見えてるし、何より相手に下手に優しくすれば諦められないことも解ってる。
おれがそうだから。
「……」
なんだか申し訳無く思うつつもおれはクソDJを追いかけて、隣にたつ。
「……おチビちゃん、優しいんだね」
「は?」
「振られた女の子、好みだったわけ?」
「てめえ、最低すぎるだろ」
「……そうだね、おチビちゃんはヒーローだもんね」
「てめえだってそうだろ!……ただ、なんだか……」
「……可哀相だった?」
「……」
その言葉に応えることはしない。
だって、それは余りにも女性が憐れすぎるから。
「……いいよね、失恋したらおチビちゃんにそうやって優しくして貰えるんだから」
「はぁ?」
何言ってるんだこいつ、と思いながら俺はただ少しだけ寂しそうにしている横顔を見つめた。
「……別に優しくなんてしてねえだろうが」
「してるじゃん、じゃあ、なんなのあれ」
「あれは――――――」
同士を称えていた、なんて言えない。
「……元気づけただけだろ」
「ふーん……」
不毛な口喧嘩。
当たり前の毎日。
仲良い、だなんて言えない関係。
それでも、確かに毎日気持ちは大きくなって、どうしようもなく膨らんでいる。
ああ、どうか一秒でも長くこの恋が続きますようにと願ってしまう。
今日も、この恋が終わるファンファーレは、おれのところには響かない。
フェイジュニ第1回
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