プレゼントをあなたに



※押忍パロ  


「クリスマスは4人でパーティしよう!」
 三年生はもう受験や就職でほとんど自由登校になっていて、偏差値の低い光学園では本気で大学に行きたい人間は予備校に行くし、それ以外で真面目に生きてる人間は就職するのが常だった。
 だから、忙しいフェイスにわざわざクリスマスに来い、だなんて言うべきではないだろう、とジュニアだって解っていた。
 けれど、そこはさすがのピザパーティー大好きなディノ。
 軽音部には全く関係ないのに「キース!ジュニア!クリスマスパーティーをしよう!フェイスも呼んで!」とニコニコと笑って言った。
 キースは「え~、別にわざわざしなくていいだろぉ~」と言ったものの「駄目駄目、フェイスだって受験勉強で疲れてるんだからその日くらいは!」とニコニコと笑っていた。
 ジュニアといえば、正直嬉しかった。


 学園祭が終わって、しばらくはフェイスは部室に顔を出してくれていたが、受験が本格的になると顔を見せることはなくなった。
 というよりは余裕がなくなったのだろう。
 フェイスは授業をサボるし、態度も良くない。けれど、要領は良いので成績はトップだ。
 けれど、この学校で上位といったところでたかがしれている。
 本格的に勉強することになり、さすがのフェイスも予備校に通い始めた。
 寂しくなかったと言えば嘘になる。
 学園祭のライブまでははっきりとしていなかったが、あの日、キラキラとしたスポットライトを浴びて、ジュニアの中でフェイスへの気持ちがストンと堕ちてしまった。
 ライブの時に、嬉しさのあまりにキスするという気持ちを理解してしまった。
 ――――――というかしてしまった。
 幸運だったのは演奏が終わって、すでにステージの横に移動していた為誰にも見られていなかった。
 もしも、見られていたら学校中から笑われていただろうし、フェイスの追っかけ達から刺されていたに違いない。
 キスした直後に謝って「別にいいよ」とフェイスは笑って、そのまま屋上で2人でキャンプファイアーを見ていた。
 真っ暗な中、遠い炎の灯りでわずかに照らされたフェイスの横顔を見て、ああ好きだと気付いてしまった。


 それからも2人は何も変わらなくて、この片思いの、初恋をどう終わらせたらいいのだろう、とジュニアも試行錯誤していた。
 嫌われてはいない、と思う。
 けれど、それはフェイスが多くの女性から当たり前のように「好き」を貰っているから流せているだけかもしれない。
 そんなの嫌だ。
 自分の「好き」を消さないで欲しい。
 そう思った時どうしたらいいだろう、と考えていた時にディノからの提案だった。
 クリスマスパーティー。
 もう、1月以降は会えるかどうかも解らない。
 本当なら卒業式に告白すればいいのかもしれないが、生憎と卒業式に一年生は出られない。ならば、絶対に会えるであろうクリスマスに告白しよう、とジュニアは決めた。
 でも、どうしたらいいだろう。
 まず、クリスマスに告白するならば、プレゼント交換以外のプレゼントがいる。
 ジュニアの少ない恋愛知識ではクリスマスのような日に告白する時にはサプライズプレゼントを渡して「好きだ」というものだ、と知っていた。
 でも、何を渡したらいいだろう?
「……にしても、お前やたらと温かい格好してるなぁ」
「えへへ、いいだろ!キース♪おばあちゃんが新しく手編みのマフラーを作ってくれたんだ」
「相変わらずお前のおばあちゃん、器用なのな……」
「……」
 うーんと、悩んでいると、相変わらず軽音部とはほぼ関わりがないというのに出入りをしているディノが現れて、キースと話していた。
 嬉しそうにキースに祖母から貰ったマフラーを自慢していて……。
「……あ」
「?どうしたんだ、ジュニア」
「マフラー……」
「うん?」
「どうかしたのか、ジュニア」
「そ、それだ―――――――――!」
「じゅ、ジュニア……?」
「ちょ、どうしたんだよ……」
 マフラー。
 ジュニアが兄とたまに見る映画の中のヒロインはよく主人公にマフラーを贈っていた気がする。
 そして、手編みのマフラーを笑って主人公は受け取るのだ。
 ジュニアは学校帰り、フェイスの目の色をしたマゼンタと、髪の毛の色の黒の毛糸、そして棒針を購入して家へと帰った。
「れ、レオ……?」
 帰ってすぐに母親に編み方を教わって、ジュニアは黙々と編み続ける。
 金曜日は独り暮らしの兄が帰って来る日で、いつもならチャイムが鳴るなり「ただいま!」と抱きついてくる弟がいなくてクリスは動揺する。
 具合でも悪いのか?と思っていたら、何か作業をしている。 
 それが作曲やギターを弾いていたり、勉強をしていたのならば、クリスもここまで動揺しなかっただろう。
 しかし、何故か弟は手編みのマフラーを編んでいるのだ。
「レオ」
「……」
「レオ……」
「……」
「レオ!」
「に、兄ちゃん?」
 なんだか、恐ろしい想像をしてしまい、弟を呼び続けるとやっと振り向いてくれた。
「兄ちゃん、帰ってたんだな!おかえり!」
 そうにこりと笑ってくれる弟はいつも通り可愛い。
 しかし、両手にあるものが気に入らない。
「な、何してるんだ、レオ……」
「え、これは……」
 そう言うと、何故か言い淀む。
 おかしい、今まで一度だって兄ちゃんに隠し事なんてしたことないじゃないか、いや、小さい頃大きな世界地図を作って「れお、おねしょなんてしてないもん!」とふとんを隠そうとしたことは合った気もするが……。
 などと過去の記憶まで思いだしてしまう。
 いや、違う。
 違うに決まっている。
 きっと、「兄ちゃんにあげようと思って」と可愛く言ってくれるに違いない。
 その割に、自分に似合わない色だが、全部気のせいだ!とクリスは自分に言い聞かせる。
 しかし―――
「……レオナルド、軽音部の色男に渡すんだろう?」
 よりにもよって、自分とそりの合わない実父がビールの入ったジョッキを片手にそう言う。
「は?」
 親父には聞いてない、とか、軽音部の色男って誰だよ、とか突っ込んでしまう。
「クリス、お前だってレオナルドの軽音部見に行っただろう」
「……ふぇいすくんか……?」
 いや、知ってる。
 フェイス・ビームス。
 自分の可愛い可愛い弟が一緒に部活をやっているという、父親が「色男」というに相応しいイケメンであった。
 でも、彼は男だし、何より女の子にモテていたので、自分の可愛い弟がそんな、まさか……いや、あるわけない!と願望で嫌な気持ちをクリスは押し切る。
 しかし――――――
「な、なんで、親父がそんなこというんだよ!」
 顔を真っ赤にさせて、ジュニアはそう言った。
「……」
「ふっ……レオナルド、俺はお前に格好良く生きろと言ったが―――別に好きな相手が男でも女でもいいと思ってるぞ」
 そう言って、母親に話しかける父親の声がする。
 遠くで母親が笑っている声がした。
 なんだこれは、いや、これは悪い夢だ、とクリスは思う。
 でも、毛糸の色は、確かに、一度だけ会ったフェイスには似合うそうな色をしていた。
 先程まで弟に会える事が嬉しくてまるで天国だったのに、今は地獄に突き落とされたような気分になってしまった。
 そんなブラコンの気持ちなど知ってかしらずか、あるいはある程度弟離れしたほうがいいから良い薬だと両親が思ったのかは解らないが、出されたハンバーグは砂の味がした。
 ちなみに隣にいる弟は嬉しそうに食べていたので、おそらくおかしいのは、間違えなくクリスの舌だった。



 そんなこんなで、母親に教わりながら、家や時折軽音部の部室で編んでやっとクリスマス当日。
「……できた」
 ジュニアは笑顔でできあがったマフラーを丁寧に紙袋に入れて鞄の中にいれた。
 パーティーは部室でするのかと思ったが、どうやらキースの家でするらしい。
 理由はキースがビールを飲みたいから、というなんとも怠惰な理由だが、パーティが出来るならなんでもいい。
 久しぶりにフェイスに会えるのだ、とジュニアは気分を高揚させていた。
「おじゃまします」
 家族以外とクリスマス・イヴをおくるのは初めてだった。
 けれど、兄の仕事の都合でクリスマス当日にパーティーをしようということになっていたので丁度良かったかもしれない。
 ジュニアは教えられた住所に行くと「待ってた!」と何故かキースの家なのにディノに出迎えられた。
 聞けば、キースは台所で料理をしてくれているとのことで、挨拶をすればひょこっと顔を出してくれた。
 それから、しばらくするとチャイムが鳴り、
「おじゃましまーす」
 久しぶりに聞くフェイスの声に心臓が跳ねた。
「あれ、おチビちゃんもう来てたんだ」
「お、おお……久しぶり」
「フェイス、受験勉強で大変みたいだもんな」
「本当にね、たまには休みたいよ」
「とか言って、サボってるんじゃねえだろうな」
 ドギマギしたけれども、良かった。ちゃんとしゃべれてる、とジュニアは安心する。
「サボってないよ、真面目にやってるって」
「本当か?」
「本当本当。でも、勉強のほうはいいけど、予備校でも女の子に絡まれるのは疲れるかも」
「あ~フェイス、モテるもんなぁ」
 その事にちくりと心臓が痛くなる。
 いつものことだ、とジュニアは笑おうとするが、次の言葉に泣きそうになった。
「本当だよ。昨日もさ、今日みんなとパーティーするからってことで予備校でプレゼント贈ってこようとしてさ。手編みのマフラーとかセーターとか」
「えぇ~、健気でいいじゃないか!」
「ディノはそうかもしれないけど、俺からしてみればなんか怨念こもってそうで嫌だよ」
「っ……」
「えぇ……」
「大体、手作りの物って嫌なんだよね、なんか恐いし気持ち悪いじゃん」
「……っ」
 そこまで聞いて、血の気が引いた。
「おチビちゃん?」
「お、おれ、キース手伝ってくる!」
「え……」
 自分はなんてことをしたんだろう。
 うまくとりつくろって笑えたら良かったのに、ジュニアはそれが出来る程大人ではなくて、でも、我が儘を通せるほど子供でもなくて、
「じゅ、ジュニア?」
 結局、台所に走ってきて、そのままキースにダイブした。
「っ……」
「……おい、あぶねえだろ……って……」
「うぅ~」
「……おい、お前なんで泣いて……」
「~~~っ」
 顔から出る物が全部出てしまう。
 だって、しょうがない。
 失恋決定なのだから。否、別にそれはいい。よくはないけれど。
 でも、それ以上に伝える事も許されなかった初恋が可哀相で。
 ジュニアは耐えきれずにそのまま泣きじゃくってしまった。
「……」
 キースはため息を吐いて、それから包丁を置いて、ジュニアの背中を優しく撫でてくれた。
 そのぬくもりが温かかった。



「おチビちゃん」 「なんだよ」  パーティーが始まる前、何故か突然泣き出してキースのところに行って、かと思えば帰ってくるとケロっとした顔をしているジュニアが気になって仕方なかった。
 今日だって、本当は久しぶりに会えるのが楽しみで、嬉しくて仕方なかったのに、ジュニアはキースとディノに挟まれて全然自分と喋ってくれない。
 避けられているのか、嫌われたのか?と内心凹んでしまう。
 そんなキースも最終的に潰れてしまい、ディノが介抱のために残るということで、やっとフェイスはジュニアと二人きりになれた。
「あのさ、」
「うん?」
 もっと話したい、これからどこかに行かないか、もしよければ俺の家に泊まらない?
 そういう言うには、あまりにもお互い子供すぎるし、フェイスが幾ら大人びているとはいえ、さすがに深夜にいるのは問題だろうし、ジュニアは補導されるような時間まで外出する子ではないことはよく理解していた。
 警察だって今日くらいは大目に見てくれるとは思うけれども、何よりジュニア自身が許さないだろう。
「……今日、おチビちゃんと全然話せなかったなって」
「……うん」
「でも、もう夜遅いでしょ」
「……うん」
「だから―――」
 電話かけてもいい?と言おうとしたが、それじゃ足りない。
 実物を見てしまえば、また会って話したいと思うし、今度は自分だけが独り占めしたいと思ってしまう。
「……おチビちゃんさえよければ、年越しの……二年参りしに行かない?」
「……は?」
「知らない?大晦日の日の深夜にお参りに行くと二年参りって言うんだよ」
「へぇ……って、それって深夜じゃねえか!」
「うん、まぁそうだね」
 まぁ、これは断られるだろうな、とフェイスも解っていた。
「まぁ、おチビちゃんには無理だよね、夜遅いし」
 だから、初詣に誘おう、そう思って口を開こうとする、だがその前に――――
「まぁ、別に行ってやってもいいけど」
「……え」
「なんだよ、その顔」
「……いや、だって、深夜だよ?」
「知ってるけど」
 深夜ということは0時で、つまりはジュニアにとっては鬼門の時間では無いのか、とフェイスはつっこむ。
 けれど、それでもジュニアは了承してくれた。
「……」
 学園祭のライブ。
 盛り上がって、勢いのままジュニアにキスされた。
 あの時は単に感情が高ぶっただけなのではないか、と思っていたけれど、それでもほんの少しだけ彼にとって自分は特別なのではないかと浮かれていた。
 部室にいくと、ジュニアが引退のことを切り出さないのをいいことに毎日顔を出した。
 自分は彼が好きだけれども、彼の気持ちはわからなくて、向けられているものが一緒だったらいいのに、と願っていた。
 でも、これは、浮かれてていいのだろうか――――と思っていると、
「……おチビちゃん、何かおと……」
 ジュニアの鞄から紙袋が落ちた。
 一体なんだろうかと思って見てみると、そこからブラックとマゼンタの手編みのマフラーが顔を覗かせていて。
「え?……っ……」
「……これ……」
 ジュニアが誰かから貰ったのだろうか?と内心妬けてしまう。
 けれど、ジュニアに何かおくるなら真っ当な人間ならばあの美しいスカイブルーと、髪の毛の金色か、あるいはもう一つの瞳のグレイを考えるだろう。
 どちらかというとこれは自分の――――――


「あ」


 そこまで思って、自分の失言を思い出す。
「あの、おチビちゃん」
「返せよ」
「やだ」
「……返せって!」
「嫌だよ、だってこれ――――――俺へのプレゼントだよね?」
「……っ」
 そう言えばジュニアが悲しそうな目で、けれど頬を赤く染めた。
「手作りは気持ち悪いんだろ?」
「それは、そうだけど……」
「だったら!」
「だけど、おチビちゃんは別」
 もしも、返してしまったらこのマフラーは棄てられるか、燃やされるか……それだけならいいけど、お兄さんやキースの首元に行ったら嫉妬でおかしくなりそうだ。
「……っ……なんでだよ!」
「なんでって……そんなの、」
 ジュニアが自分にわざわざこんなものを作ってくれたのと同じじゃないか、そう思って必死に伸ばしてきた手を握って、そしてそのまま抱き寄せた。
「……」

 触れた唇は、冷たいけれど、柔らかくて、最後に食べたチョコレートケーキの味がした。

   

フェイジュニ第3回
お題『【マフラー】【年越し】【天国と地獄】【サプライズ】』に投稿したものです