ふたり、前へ

 


  「クソDJ」  ぎしりとベッドの軋む音がする。
 おチビちゃん、と呼ぼうとするけれども声が出ない。
 蕩けたような笑顔を向けて、何故か上半身しか服を着ていなくて、それから――――――
 

「っ~~~~~~!」
「……っ!どうした!クソDJ!」
 声にならない叫び声をあげると腕の中にいた恋人が目を開いて自分の顔を覗き込んだ。
「……あっ……」
「どうかしたのか?嫌な夢でも見たのか……?」
「……いや」
 嫌な夢、ではなかった。
 むしろ、どちらかというといい夢だった。
 だが、あまりにも欲望に塗れていて、18歳まではそういうことはしない、と約束した以上は手を出さないと決めた筈なのに自信がなくなるような夢だった。
「……ちょっとね」
「……」
 いつもならからかう言葉の一つや二つ出るものだが、どうにも混乱してて何も出ない。
 それが余計に心配なのだろう、おチビちゃんはじっと俺の顔を見ていた。
「……大丈夫なのかよ」
「……うん」
 嘘、大丈夫じゃない。
 でも、それを言ったら、多分目の前のこの子は優しいから『してもいい』って言いそうだ。
 いや、別にそれならそれでいいんじゃないか?と思う。
 そもそも、手を出さないって約束したのはおチビちゃん本人ではなく、彼の兄だ。
 ブラコンだが、弟離れを決めた彼は『レオにもしも悪い虫がついたらと思うと心配で……心配で……!』と人に愚痴ってくる。
 別におチビちゃんだってもう17歳なんだから、恋人の1人や2人別にいいだろ、と正直思わなくもない。
 いや、まぁ、自分が恋人なので2人目がいたら困るのだが。
 そんなわけで彼は『せめて18歳まではオレの可愛い弟でいてほしいんだ……』と弟離れをしたにも関わらずブラコン全開だったので
『わかりました、じゃあ、おチビちゃんが18歳まではお兄さんの希望通りになるように努力します』と言っておいた。
『ありがとう、フェイスくん』
 そう微笑んだ彼にフェイスはお膳立てする義理は一つも無いが、まぁやはり18歳になるまではそういう行為をやはりしないほうがいいのかな、とは思った。
 自分の初体験は正直散々なもので、それこそ好きでも無い相手に襲われるような形だったし、早すぎた事実は自分の人生を歪めた自覚はある。
 別に相手の女性に対してあれこれ言うつもりもないが。

 そんなわけで、自分は目の前の恋人を大事にしよう、と決めた。
 とはいえ、欲は溜まるもので、まさかよりにもよって新年を迎えて初夢に見るくらいには溜まっているとは。

「……本当に大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「…………」
 騒音問題ナンバーワンと言われるこの部屋だが、幸いなことに夜中だからなのかジャックがやってくることはなかった。

 その事実にほっとしながらも、
「どんな夢なんだよ」
「……さぁ、忘れちゃった」
「……」
 心配性な恋人をどうごまかしたら良いだろうと思う。
「……そんなに嫌な初夢だったのか?」
「……どうだろうね」
「なんだよ、はっきりしねえな」
「まぁ、誰かにとっては嫌な夢かも」
「?」
 そう、例えばおチビちゃんのお兄さんとか、と目の前の恋人の兄を思い出す。なんか、自分の実兄のことも思いだしてきて、色々と落ち着いてきた。
 ……いや、なんで折角恋人が自分の腕にいるのにそんなの思い出さなきゃいけないわけ?と自分で自分を突っ込みたくなる。
「おチビちゃんの初夢はどうだった?」
 もう、とにかく2人の兄のことは忘れたくて、目の前の恋人の事を聞く。
「おれか?おれはな――――」
 そう尋ねると目をキラキラさせて教えてくれる。
「LOMで一位を取った夢を見たんだぜ!」
「……へぇ……」
 まぁ、おチビちゃんならそうだよね、と残念なような、良かったような……。
「それで、お前と2人でインタビュー受けて、期待のコンビだって言われて……」
「……俺と?」
「……そこで終わっちまった」
 そう言ってシュンとするおチビちゃんに、俺は前言撤回した。
 LOMで一位を取ったから嬉しいんじゃなくて、俺と一緒だったから嬉しかったって、なんなのこの子……。
「キースとディノと同じくらい凄いコンビになりますね……って言われて……」
「へぇ……2人のことも褒められたから嬉しかったんだ」
「ばっ、そうじゃねえ!」
 やばい、顔に熱がたまるのがわかる。
 照れ隠しにそうからかうと、思い通りの反応をしてくれる。
 いや、おチビちゃんが2人のこと大好きなのは知ってるし、俺とおチビちゃんがそう言われたらそりゃ嬉しいよね、うん。
「……あのさ」
「うん?」
「今年も頑張ろうな」
「……まぁ、ほどほどにね」
「ったく、やる気出せよな」
 そう言われて、それじゃあ寝直すか、と思ってると、
「おチビちゃん……?」
「それからさ」
 夢みたいに、別に上に乗られたわけではない。
 でも、潤んだ瞳が俺を見ていて少しだけ動揺した。
「その、こっちのほうも、」
 ゆっくりと俺の手をおチビちゃんがぎゅっと握りしめた。
 ねぇ、どこでそんな誘い方覚えたの、と脳が警鐘を鳴らす。
「そろそろ、その……」
「……っ」
 一度も触れたことない唇がやけに艶やかで誘われているように感じた。
 頭の中で恋人の兄と、自分の兄がなんだかうるさい。
 ヒーローたるものだとか、まだ子供なんだから、とか言う。
 いや、でも、そんなこと関係なくない?
 さっきまで自分で自分を制していたものなんて一瞬で崩壊した。
 だって、恋人にここまでされて何もしないなんてむしろ失礼だし、そんなの、誰かさん風に言えばちょっとも、ラブアンドピースじゃないでしょ。
「……いいの?」
 そっと頬に触れれば、顔を真っ赤にして小さく頷いてくれた。


 ああ、なんだっけ、こういうの、
「……っ」
 はじめてのキスをしながら、姫はじめって言うんだっけ、と考えながら、ベッドのシーツに2人で沈んだ。


 ごめんね、おチビちゃんのお兄さん。
 でも、俺は悪い虫じゃなく、おチビちゃんの相棒だから、まぁ許してよね、と謝罪して、それからは彼の事を思い出さなかった。。


 

フェイジュニ第4回
お題『【初夢】【騒音問題】【照れ隠し】』に投稿したものです。