チョコレート・コスモス

 初めて会った時、キラキラとした前しか見ていなかった双眸の惹かれた。
 大声の筋の通った声と、輝いていた金髪。
 今、思えば――――――一目惚れだったのかもしれない、だなんて言ったら笑うかもしれない。
 二度目に思ったのは、面倒くさいクソガキ。
 自分と違って愛されて、庇護されてる甘ちゃんのくせに、だなんて思っていた。
 三度目に解らせたのは、自分なんかよりもずっと、ずっと辛くて、大変で、それでもへこたれない強さ。  
 たった16歳の男の子に、キースも、俺も気付かされてしまった。
 アニキが、親父が、血筋なんか関係ないということを。
 小さいと思っているその背中がとても大きく見えた。
 その手を伸ばして、必ず人を救おうと強さ。


 そして、最後の最後で、思い知らされたのは、これが初恋で、最後の恋だった。


「こちら、ディック……聞こえるか、フェイス!レオナルド!」
「こちら、レオナルド・ライト・jr!どうかしたのか?」
「偵察部隊の情報通り、イプリクスによる戦闘部隊発見。直ちにポイントCを封鎖せよ」
「こちら、フェイス・ビームス。了解」


 対イクリプス部隊に入り、ルーキー研修が終わって、AAになり、AAAになって、今でもフェイス・ビームスはレオナルド・ライト・jrと一緒に過ごしている。
「偵察部隊の言う通りってことは、あのサイボーグ集団かよ」
「本当に嫌になっちゃうね」
 数年も経過すれば、イクリプスへの対応も変化する。
 例えば、探知が出来るようになって、市民をシェルターに誘導することが出来るようになったこと。
 また、14期、15期のヒーロー達の研修カリキュラムも洗礼されたものになったこと。
 それに加えて、アカデミーの子供達の教育の見直しがされて、かなり風通しがよくなったこと。
 上げればキリが無い。
 けれど、それはイクリプスも同様だ。
 結局、軍部は使われるだけ使われてイクリプスにポイ捨てされて、結果としてイクリプス部隊のテストケースにされただけだった。
 イクリプスの戦闘員達はかつてのように「もうダメになったら棄てられる」のではなく、サイボーグになってリサイクルされているし、更にはシンやシャムスのようなサブスタンス使いではないにしろ、下位のサブスタンスを使えるようになっていった。
 技術が追いつけば、追い越されて、
 イクリプスの技術員に張り合えるのはノヴァ博士とヴィクターくらいなもので、こちらの育成のほうがヒーローよりも手こずっているようなものだった。


「……っ……来た」
「何百人くらいなら、お前の敵じゃねえだろうが」
「そんな無茶ぶりするの、おチビちゃんくらいだからね」
「残った雑魚は片付けてやるよ」
 いいから、さっさとしろ、と言われて、フェイスはほくそ笑む。
「……これが終わったらランチタイムにしようね」
「ならさっさと終わらせろよ」
「無茶言うなぁ」


 対イクリプス部隊に入って、しばらくしてキースが言った。
「今までは『ヒーロー』としてサブスタンスの勉強をさせてきたけど、これからは生き残るために教えてやる」
 どういう意味か最初はわからなかった。
「こっからは市民を守る為じゃねえ戦い方だ」
「……は?なんだよ、それ―――」
 それじゃあ意味がない、というレオナルドの言う言葉を遮ってキースはじっと二人を見ていた。


「いいか、これからはディノと俺じゃお前らを『守って』やれるかわからねえ」
「……っ」
「っ……」


 その言葉には重みがあった。
 ルーキーになったばかりの頃なら「守ってくれなくて良い」だなんて突っぱねられた。
 けれど、今は違う。
 イクリプスがどれだけ恐ろしいのか、そしてどれだけキースが自分達を大切にしてくれているのか解った。
 だからこそ、その言葉を突っぱねることは出来なかった。


「市民を守ろうだなんて思うな。ここからは、対軍戦の戦い方を教えてある」
「対軍……?」
「ああ――まずは……」



 まずはヴィクターから自分達の能力について改めて聞く事。そして、どうしたら応用できるのか考えた。
 フェイスのブレイクビーツは振動による音を操るサブスタンスだ。
 それをフェイスはスピーカーやアンプのようなものだと思っていた。
 しかし、ヴィクターと、そして丁度その場に居合わせたノヴァの発案で考えた。


「多分、ブレイクビーツは本当は音響兵器として使えるサブスタンスなんだよね~」
「音響兵器……?スピーカーじゃなくて?」
「あってるよ、出力を下げるとスピーカーとしても使えるからね。実際フェイスくんは今まで敵に音波で攻撃してるけど市民には危なくないように戦ってるでしょ?」
「……」
「おそらく、キースが言っているのはそういうことでしょうね」
「……つまり―――」
「ええ、市民の事を、強いては味方も気にせずにフルパワーで使えと」
「…………」
「元より、貴方の能力は他のサブスタンス使いよりもずっと有利です、何故なら、物質がある以上はどんなモノでも「音」を発するのですから」
「……ってことは、」
「ええ、あなたが鍛えれば、キースのように、『場所を選ばずに使える』ようになりますよ」


 それからも訓練は続けて、使いこなせるようになったのはかなり時間を有したけれど、それでもフェイスはやり遂げた。
「行くよ」
 鳴らす必要もないけれど、サブスタンスを使用する時の精神集中のようなもので、指を鳴らす。
 それと同時に、イクリプス達の義足が、義手が崩れ堕ちる。
「おチビちゃん!」
 それでも、なんとか耐えて、歩き続ける戦闘員に、
「落ちろっ!」
 おそろしい程の雷を轟かせる。
 その姿が綺麗だと心の底から思う。


 大勢の戦闘員が戦闘不能になるのを見届けて、仲間に連絡をする。
「応答、応答、こちらフェイス・ビームス」
「こちら、司令室」
「ポイントCをを制圧。」
「了解、そのまま任務完了まで待機せよ」
「了解。―――――だって、おチビちゃん」
「ああ、それじゃあ……っ……!」
 しばらく、待っていよう、と言う前にジュニアが何かを見つけた。
 なんだろうか、と思っているとそれは小さな子供だ。
「……シェルターに逃げ遅れた子?」
「おい、お前!危ねえぞ」
 ジュニアはその子供に慌てて近づく。
「えっぐ……えっぐ……お兄ちゃん……」
「シェルターに逃げ遅れたのか?」
「……」
「おい、クソDJ、この子を……」
 どうして、こんなところに子供が?
 ……いや、おかしい。市民が誰も居ないことなんて、ヒーローが確認したじゃないか。
 だったら、その子は――――――
「おチビちゃん!離れて!」
「え……」
 抱き合えた、その子は泣いていた。それから、
「……っ」
「おチビちゃん!!!」


 おチビちゃんの、腕の中で爆発した。


   サブスタンスといえ、けして、『不死身』ではない。
 ジェイがかつて腕を亡くしたように、なくなったものは生えてこないし、負傷して治癒能力が追いつかなかった箇所は治らない。
「おチビちゃん!おチビちゃん!」
「フェイス、落ち着いてください」
「っ……」
「必ず、ジュニアは助けます」
「あ……」
 殉死したヒーローというモノは幾らでも見た。
 対イクリプス部隊なんて先鋭部隊にいるなら、それこそ数多く。
 それでも、慣れることはない。
 何より、レオナルド・ライト・jrは――――――フェイスにとって特別で。
「……」
 ヴィクターの瞳は強い意思があった。
 彼がそう言うのなら、信じるしかない。
 何故ならヴィクター・ヴァレンタインはフェイスがもっとも頼りにしている研究員であり、ヒーローの一人でもあった。
「……っ」
 フェイスは手術室の前で祈る事しか出来ない。
「フェイス!」
「……っ」
「キース……ディノ……」
「……大丈夫か?」
「わかんない、ヴィクターは、助けてくれるって言ったけど……」
「そうじゃねえよ」
「……え」
「お前だよ」
「あ……」
「……っ」
 そう言われて、自分が握りしめすぎたせいで、爪が食い込んで、手から血が流れてることに気付いた。
 ディノはそんなフェイスをそっと抱きしめる。
「大丈夫だよ、フェイス」
「……」
「ジュニアは足が折れても、手が折れても、笑って帰ってきたじゃないか」
「そうだけど……」
 その度にいつも不安だった。
 でも、今回は違う。
 心臓だ。
 心臓が破壊されたのだ。なら、どうして大丈夫だなんて言える?
「……大丈夫だろ」
「……キース」
「大丈夫って、信じろ」
「……っ」
 でも、キースとディノは言う。
 信じろと。
 後悔はダメだった時でも出来る。
 でも、まだ手探りでも糸があるならば、それを繋ぐしかない。


 覚悟はいつでも決まってる。
 自分が死ぬ覚悟を、ずっと戦い続ける覚悟を。
 あの日、ジュニアと約束した日から。
 ブラッドに誓った日から。
 けれど、それでも、ジュニアが死ぬ覚悟だけは永遠に出来ない。きっと。


 恐れを棄てることなんて、出来ない。
 笑っていることなんてできやしない。
 だって、


「……フェイス」
「ヴィクター!……おチビちゃんは……」
「……待ってますよ」
「っ!」
 その言葉に駆け出す。


「……」
「こら、ディノ」
「キース?」
「俺らも行くのは野暮っていうものだろ?」
「そ、そうだけど……でも、ジュニアのこと、気になるし……」
「……そもそも、許可されたのはフェイスだけでキースとディノは面会出来ませんよ」
「え、そうなんですか?」
「ええ、本人が会いたいと言ったので特例として私が許可しましたが……」
「そ、そっか……」
「なら、仕方ねえな」
「……ですが、覗くくらいは良いでしょう」
「!」
「お~、気が利くぜ」
「……もう、キースってば……こっそりとだからな!」
「そう言いながら覗くのな」


 そう言って、二人はひょっこりとフェイスが向かった先を覗き見る。


   麻酔がまだ残っているのか、ジュニアはぼーっとしていた。
「……おチビちゃん……」
「ランチ……遅刻しちまったな……」
「……別にそんなのいいよ、治ったら行こうよ」
「おう」
 そうやって、ジュニアは笑う。
 心臓が止まりそうになったのに、だ。
「今回は失敗しちまったな」
「……ううん、しょうがないでしょ、あれは」
「……人型爆弾か……姑息な手段をつかってきやがるぜ」
「……うん」
 それでも、彼は歩みを止めることはない。
 苦しい過去も、キツイ今も全て背負って、未来へと進むのだ。
 その姿を見るたびに、自分も――――――夏に揺れるチョコレートコスモスのように燃えたい。  


 たまに訪れる通り雨も、終わりのない地獄だとしても、この気持ちを抱いて生き続けたい。
 『ヒーロー』でいたい。
 彼の隣に立ちたい。


「……フェイス」
「なぁに」
「―――一緒に頑張ろうな」
「……うん」    

フェイジュニワンドロ様第7回
お題『【ランチタイム】【遅刻】【覗き見】』