「ブラッドって、ディノのことが好きなのか?」
色違いの瞳がまっすぐにブラッドを射貫いた。
自分の気持ちを言い当てられたのは初めてだったから。
「……」
本当に驚いた。
オスカーでもなく、フェイスでも、ジェイでもなく、小さなこの少年がそれに気付いたことに。
「ちょっと、おチビちゃん、そんなわけないでしょ」
「ジュニア、さすがにそれは……」
けれど、別に隠すようなことでもない。
キースとディノにバレたらさすがに困るが。
オスカーとフェイスがジュニアを咎めるが、特に気にしていないようだった。
レオナルド・ライト譲りなのか、あるいはもっと別の天性のものなのか。
その真実を言い当てる強さは、ブラッドにはなかったものだ。
それに嫉妬することはないが。
「……ああ」
「え!」
隣にいたフェイスが目を丸くする。
「どうでもいいけど俺様はそれ以上は聞きたくねえぞ」
「……アッシュ」
「なんだよ、オスカー」
「すまないが、俺の頬を引っ張って貰えるだろうか」
「なに、動揺しまくってるんだ!」
頭をアッシュにはたかれるオスカーと、ジュニアの横で見たこともないような顔で「嘘でしょ……知りたくなかった…」と言っているフェイス。
ブラッドとしては特に気にしていないが2人にとっては重要なことのようだった。
「初恋の、相手だ」
視線の先にはキースに笑ってるディノがいる。
大好きな祖父母と、キースとくるくる踊るディノ。
その姿は、幸せそうで、楽しそうで、
自分が一度は諦めたもので、キースが諦めずに必死に追い続けたものだということをブラッドは嫌でも知っている。
キース・マックスは知らないだろう。
ブラッドを普通に羨ましく思ったり、嫉妬したと何でも無いように言う男。
だけど、ブラッド自身は知っている。
自分は、数えて三度。否、四度かもしれない。
キース・マックスにブラッド・ビームスは敗北しているという事実を。
――――――――12 years before
「おい、ディノ」
「あ、キース、いたいた!」
尻尾があればブンブン振っているに違いないであろうディノの様子を見ながら、ブラッドはキースの目線を軽く交わす。
「なんでここにブラッド・ビームスがいるんだよ」
ブラッドを指差すキースにブラッドは肩を竦めて「ディノに誘われたからだ」と言えば「あ?」と凄まれる。
別にその程度は大したことではないのでブラッドは流していた。
「まぁまぁ、ブラッドは俺と同じ授業が多いし、それってキースも同じ授業が多いってことじゃないか!」
「そりゃあアカデミーの授業は大体被るだろうよ……」
「って、キース、どこに行くんだ?」
振っていた手を止めて、ディノは不安げにキースに尋ねる。
「付き合ってらんねえ、別の席に行く」
「え、えぇ……そんなぁ……」
一緒に座ろうよ~と裾を引っ張るディノに放っておけばいいのに、と内心ブラッドは思う。
教師から面倒を見てくれ、と頼まれはしたものの、ブラッドからみてキースの評判はけして良いものではなかった。
手はかかるし、授業成績も良いものではない。
持っている物はボロボロだし、なんて不真面目なんだろう、と内心思っていた。
この頃のブラッドは自分の家がどれだけ恵まれて、そうじゃない人間がいるということを理解してなかった。
知識としてはわかっていたけれど、それがどんなものか、なんて解っていなかったのだ。ヒーローになった後ならばそれがどれだけ恥じるべきものかブラッドは解る。
「ディノ」
「いーや、ブラッド止めないでくれ!」
「あー、もう引っ張るなよ!破けるだろ!大体、お前らは目立つんだよ!」
「む、そんなことないぞ!ちゃーんと大人しく授業受けてるからな!」
「それでもどうにも出来ないくらい目立つんだよ!ほら、周囲がじろじろ見てるだろうが!」
「だって、キースが大人しく一緒に受けてくれないから」
「だから、別にいいだろ……」
「ダメダメ!俺とキースはともだちなんだから一緒じゃないと!」
「ともだちじゃねえっての!」
だからブラッドには解らなかった。
どうして、キースにディノが関わろうとするのか。アカデミーはたった三年の期間だ。
お互いトライアウトに受かるかも解らない。別に深く関わる必要なんてないのではないか、と。
相手が嫌がるのなら無理にする必要はないではないかと。
「でも、もう注目されてるしどこに行っても同じだぞ!」
にひっ、と歯を見せて笑うディノを見て、キースははぁ、とため息を吐いて観念したように立ち上がる。
「……ったく、今日だからな」
「にひっ、ラブアンドピースだ♪」
「だから、意味わかんねえよ……」
「終わったら、一緒にピザ食べような!」
「ますます意味わからねえし……」
それからなんでもなかったようにキースはディノの隣に腰を下ろした。
「どうしたんだ?ブラッド」
「……いや」
意外だった。
教師やブラッドがどれだけ言っても言うことを聞かないキースがディノの言う事は聞くこと。
そして、ディノがキースには強引な態度をとることに。
自分が別の場所で座るといえば、悲しそうにはするけれどきっとディノは諦めるだろう。
けれど、キースには酷く食い下がるのだ。
「なぁなぁ、キース。レポートやった?」
「まだだよ」
「じゃあ、じゃあ、夜に一緒にやろう!俺の部屋に来てよ!」
「……行かなきゃまーた俺の部屋にくるだろ……」
「もちろん!絶対、約束だぞ!」
「……」
それでも、ディノと友達になって日が浅い。そのせいだ、とこの時はまだ思っていたのだ。
だけれど、その差は埋まることなく、むしろ空くばかりだと知ったのは、いつ頃だっただろうか?
「キース~、今日もバイトなのか?」
「仕方ねえだろ、学費稼がねえといけねえんだから……」
「……」
そう言われてディノはおずおずと服の裾を掴んでいた手を離す。
「……帰ってきたら、挨拶しに来てくれるか?」
「へーへー」
ぶっきらぼうに返事をするキースと目が合い、一応「気を付けて」とだけ言う。
「……じゃあ行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
踵を返し、キースは去って行く。
ディノはじっとキースが行った方を見つめていた。
「……ディノ」
「……うん」
背中が見えなくなってもじっと。
「……ディノは」
「……うん?」
「……」
口を開こうとして、でも、ブラッドは何を言えばいいのか解らなかった。
「……キース、」
「……」
「はやく、帰ってくるといいな」
「……ああ」
ディノは、自分が実家を行ってる時もこんな顔をしているのだろうか。
ブラッドはそう考えたが、そうではないことは予想がついていた。
キースとディノの間には、自分とディノ、自分とキースとは違う特別な何かがあって、それは友情とは違う何かな気がした。
けれど、幼いブラッドにはそれを言語化することは難しかった。
「ディノ」
「どうしたんだ、ブラッド」
「……一緒に課題をやるか」
「うん、やろうやろう!帰った来たらキースにも言わなきゃ!」
「ああ」
寂しそうにしていたディノがくるりと振り向いて笑う。
その笑顔にああ、良かったと思った。
「夕食はピザかな?2人だけでパーティしよう!」
「昨日もしただろう……」
「あはは!」
嬉しそうに笑うディノ。
いつもと同じ。
そう、同じ、だ。
「……」
ディノはいつも同じ笑顔を皆に向けてくれる。
ブラッドはたまたま、ディノと仲良くなり、親友の立場にいる。
でも、自分はディノにとって特別なのだろうか?と真剣に考えたらどうではない気がする。
何を馬鹿なコトを考えているのだろうか。失礼にもほどがあるだろう、と隣に歩く友人の横顔を見た。
寮へと戻り、ディノとラウンジで勉強をして、食事をする。
何も変わらない。
食事が終わり、また2人で勉強をしている時だった。
「……っ」
ディノがガタッと立ち上がる。
「……ディノ?」
「……帰ってきた」
「え?」
ぽつりとディノが呟くとそのまま玄関へと向かう。
「ディノ!?」
慌てて、ディノを追いかけてブラッドは走る。
どうしたというのだろうかと思っていると
「キースっ!」
「……は?っ!」
「お帰りっ!」
「ちょ……っ!」
嬉しそうにキースに抱きつくディノ。
「おまっ……どうしたんだよ!」
「キースの足音がしたから!」
「足音って……野生児かよ……いや、そうだったな…」
勢いよく抱きつくものだから、キースはそのまま倒れ込み尻餅をつく。
ブラッドはその様子を観察していた。
キースはディノを怒鳴るのだろうか、と思っていると、
「……ったく……」
「えへへ」
「……ただいま」
ふわり、と微笑んだ。
その笑みは、ブラッドが見た事のない、向けられたことのないものだった。
「おかえり、キース」
心の底から人を信頼しない、遠ざけているような男は、いつでも困った顔か苛立ったような顔をしていた。
笑顔を向けられたことなど、ブラッドは数えるしかない。
けれど、そのことを差し引いても、その時見た笑顔は説明がつけられないものだった。
弟がブラッドに向けてくれる微笑みに、両親が自分を慈しんでくれる表情に似ているようで、全く違うモノ。
ブラッドには理解できない、見ていてざわつくような笑顔。
ディノの横顔もはにかんでいて、同じように自分に向けられたことのないような顔をしていた。
ブラッドは知らない。
スポットライトは2人に当たっていて、自分だけがその舞台を見ている観客だった。
でも、内容は理解出来るのに、意味がわからない。
何故こんなにも、自分の心臓は締め付けられるのか。どうして、寂しく感じるのか。
わかるのは、ただ、
「……ブラッドじゃねえか」
「そうそう、2人でキースを待ってたんだ!」
「はぁ?……ったく、待たなくていいっての」
ブラッドは2人が好きだった。
大切な友達だった。
今までの人生で、得た事の無い、損得で考えられない、一緒にいたいと思える友人だった。
これだけは、本当だった。
本当、だったのに、
「……今、なんて言った?」
「聞こえなかったのか」
ディノが消えた。
その事実が意味することはたった一つだ。
「聞こえた上で言ってんだよっ!」
「……」
沢山のヒーローたちの遺体。
その中でゆっくりとイクリプスの元へと向かうディノ。
ディノが、裏切ったのだと、判断するのは充分すぎる材料だった。
「……ディノの遺体はまだ見つかってねえ」
「……損傷が激しくて見つからないんだろう」
「てめえ……マジで言ってるのかよ……」
「キース」
なら、どうすればいいんだろうか。
ディノはスパイの可能性がある、と言えばいいのか?
イクリプスの味方だと言えばいい?
そんなことをキースに言っても信じないのは解っている。ブラッドだって信じたくない。
あの日溜まりのような笑顔が嘘だったなどと。
『ブラッド!』
あの笑顔が、
あの声が、
あのぬくもりが、
あの優しさが、
あの手が、
あの存在が、
――――――――全部、嘘だっただなんて。
けれど、自分は大丈夫だ。
耐えられる。
でも、目の前の男は?
もしも、ディノの全てがニセモノだっただなんて知ったら最後―――――
「……っ……俺は、信じねえからな……」
「いい加減……」
「この目で、アイツを見るまでは信じねえ……っ」
この男は、きっと。
けれど、キースの目は――――
―――――――負けた。
理性よりも、先に、感情が囁いた。
そして、自覚してしまった。
ああ、俺は、ディノのことが、
でも、それ以上に、キースは――――――
「……ブラッド、本気でお前がそう言うのなら、」
「……」
「てめえとの、友情はここまでだ」
「キース!!」
「……ディノは、俺が絶対に捜してみせる」
ディノにとって、キースは特別だった。
キースにとって、ディノは特別だった。
ディノは、キースの足音が遠くからでも解った。
キースは、ディノにだけは特別な笑顔を見せていた。
その2人に、入り込む余地なんてなかった。
例え、どれだけ、俺が、ディノを喪って、
「たった1人でもな」
お前まで喪いたくないと思っても、お前は――――――――っ!!
「キース!」
ブラッドは2人が好きだった。
大切な友達だった。
今までの人生で、得た事の無い、損得で考えられない、一緒にいたいと思える友人だった。
これだけは、本当だった。
本当、だったのに、
それを壊したのは誰だっただろうか?
それからのキースは荒れた。
ディノの捜索をして、上手くいかなくて酒に溺れた。
ジェイの言葉すら聞かない日もあった。
メジャーヒーローになるよう言えば突っぱねられた。
翌年、「ディノに恥じるような生き方をするのか」と言えば、舌打ちをしながらも、キースは試験を受けた。
離れていても、キースにとってディノはやはり特別だった。
ブラッドの100の言葉よりも、
ジェイの100の思いやりも、
ディノの名前だけで、お前は動く。
ディノは裏切った。
だというのに、キースにとってディノは未だに友人のままだった。
否、そうじゃない。
それでも、
「……それでも、俺は、お前まで」
キースをエリオスに、この世界に繋ぎ止めるためには、どうしたらいい?
わかっている。
自分では、ブラッド・ビームスでも、ジェイ・キッドマンでも、キース・マックスの生きる理由にはならないのだ。
ならどうしたらいい?
どうすれば、キースの、生きる意味ができるのだろう。
「ブラッド様!」
「オスカー」
つい漏れたため息に自分を叱咤していると、自分を慕ってくれているオスカーが現れた。
「お聞きになりましたか?フェイスさんが……」
「フェイス…」
そうだ、悩みの種はそれだけではない。
フェイスがアカデミーを卒業し、トライアウトを受ける事になったのだった。
「ブラッド様が今期はメンターリーダーをされると聞きました」
「その通りだ」
「えっと……その……フェイスさんは……」
「……オスカー」
何を期待しているのかは解っている。
ブラッドとて、オスカーにどれだけ迷惑と心労をかけているのかくらいは。
それでも、ブラッドはフェイスのために仲の良い兄弟に戻る事は出来ない。
胸の痛みがどれだけ苦しくても。
それに、おそらくフェイスはヒーローをすぐに辞めるだろう。
昔から飽き性だったフェイスのことだ、音楽の道に進む方が余程幸せになれる。両親もそう考えている筈だ。
「俺はフェイスのメンターになるつもりはない」
「……そ、そうですか…」
「それに、まだメンターを全員決めては……」
そこまで口にして、ブラッドは一つの妙案を思いつく。
否、そんな賭けのような、けれど、
「……」
「ブラッド様?」
「……いや、オスカー、一つ悩みが片付いた。礼を言う」
「本当ですか!!ブラッド様!!!!」
あの男は、一度懐に入れてしまえばもう手放せないだろう。
情に厚く、優しすぎる男だからだ。
「……キース」
嬉しそうに去って行くオスカーに手を振り、ブラッドはあの優しい、友人だった人物を思い出す。
けれど、ブラッドにはもうどうすることも出来ない。
祈りのような、ひとつの賭け。
「……」
ブラッドのことを、キースはまだ友達だと思っているのだろうか。
そして、自分はキースのことをまだ信頼しているのだろうか。
「……」
ウエストセクターのメンターと、ルーキー。
正直、心配事しかない。
けれど、ブラッドにとって、ジェイよりも、自分の育てたマリオンよりも、ずっと、結局この男を信頼してるのだ。
――――――最愛の弟を、この男に預けるくらいには。
そして、理由になってほしいと思った。
キースを、繋ぎ止める、たった一つの。
そして、ディノを忘れて欲しいと願っていた。
ただ、一つブラッドにとって誤算だったのは、
「……ジュニア」
「うん?」
目の前のスーパールーキーだった。
自分で配置しておきながら、最初はとんでもなく子供で我が儘。そう思っていたし、これならばキースの手も掛かりきりになるだろう、と思っていた。
だが、この子は、気がつけばブラッドが出来なかったことを、
キースの、『ディノの探索を促す』なんてことをあっさりしてしまった。
自分を、自分とフェイスを生きる理由にさせながら。
「――――ありがとう」
「は?…お、おう……なんかよくわからねえけど、どういたしまして…?」
ディノの生存を、きっとキース自身も諦めていた。
それでいいと思った。
情報が手に入り、生きている事が解った。
スパイだと教えても、それでもキースは止まらない。
ついでにキースが上手く動けないようにした筈なのに、フェイスとジュニアまで暴走列車のようになってしまった。
けれど、その時のキースの目はもう澱んでいなかった。
「……ディノは初恋の相手だが、」
「うん?」
「キースも同じくらい特別な友人だ」
「……ふーん」
よくわからないという顔だったが、ジュニアは特に気にしてないようだった。
「フツー、自分が恋仲になりたいとか思うものじゃないの」
フェイスが意味がわからない、と言いたげな顔でこちらを見てくる。
「そういうのはない」
「……意味わかんない」
「ふぇ、フェイスさん」
「……」
きっと、フェイスには理解できないだろう。
だって、はじめから入り込む余地などなかったのだから。
否、それでもフェイスなら絶対に欲しいものは手に入れるのだろうが、―――――自分はそうではなかった。
違うか。
自分にとって欲しいのは恋人の座よりも――――――
「……ただ、キースがディノを泣かせるようであれば黙っているわけにはいかない」
「……」
「それなら解る!キースがディノを泣かせたら、俺とブラッドと、クソDJとアッシュとオスカーで懲らしめような!」
「アァ!?巻き込むんじゃねえ!」
「なんでだよ!ディノには笑ってて欲しいだろうが!」
「……っ」
「ジュニアの言うとおりだ。アッシュ、ディノさんにはお前も笑っていて欲しいだろう?」
「……あいつはいつもヘラヘラしてるだろうが」
「みんな、どうかしたんだ?」
「……いや、なんでもない」
騒いでいると、ディノはこちらに気付いてやってくる。
祖父母とキースとぐるぐると回っていたのは終わったようだった。
「……いや、なんでもない」
「ふーん?……みんなも一緒に踊ろうよ!」
そう言って手を伸ばしてくれるディノの手に自分のものを重ねた。
自分が諦めて――――ずっとキースが諦めなかったその手を、ブラッドは握りしめる。
自分には出来なかった事。
だから、キースにはディノを幸せにして貰わなければならない。
ディノにもキースを幸せにして貰わなければならない。
だって、それは、自分にとっても幸せで――――――自分には出来なかった夢だから。
絶対にブラッドもディノのこと好きだったよね、という解釈の元書きました。