二つ影

「馬鹿野郎!!」
「…っ」


コントローラーポッドに出た途端、パシンと何かを叩く音が聞こえた
いつもなら嫌味を言うリクヤ、キャサリン、カイトも、
厳しいが緩やかに窘めるゲンドウも、
皆の事を心配しているユノも、
その音に、その動作に、その光景に目を見開くしかなかった


「何であんなことした!!」
「…アラタ…俺は…っ」
「オレ、あんなこと頼んでない!
何であんなことするんだよ、ハルキの馬鹿っ!!」


そう言いたい事を言うだけ言って、アラタはそのまま部屋を出た。


「…何だい、仲間割れかい?」
「部下にたたかれるなんてしつけがなってない証拠だわ」
「まったくですね」
アラタが部屋を出ていく音と同時に時を取り戻したかのように嫌味をハルキに浴びせてくる
だが、ハルキは何一つ反応せずにアラタに殴られた頬に触れていた
「…ちょっと聞いて…」
聞いているのかとキャサリンが言う前に
「ハルキ」
サクヤがハルキに声をかけた。
さすがの親友の声にハルキも我を取り戻したのかサクヤの方を見る
「僕も同じ気持ちだよ、あんな事をしたら誰だって怒るよ」
「サクヤ……」
「僕もだ、今日みたいな事を僕にしたみろ、絶対に許さないからな」
「……」
そう言って二人も部屋を出ていく
いつも仲の良い第一小隊らしくない様子に周囲は困惑するしかない
ハルキは何か考えるように顔を俯かせた


「…何があった、ハルキ」


さすがに只事ではないだろうと思って、近くにいたゲンドウはハルキに尋ねた
ハルキはどう説明すればいいのかと瞳を揺らした
それから、考えがまとまったのかゆっくりと口を開いた
そして、


「…アラタを庇って、ブレイクオーバー直前まで追い込まれた」


と口にした
その言葉に、聞いていたリクヤは鼻を鳴らして
「なんですか、その程度ですか」
「まったく、どうでもいい事で…」
思ったよりも大したことではなかった為、好き放題にカイトも言う
だが、ゲンドウはそうは思えなかった
「…ドックフェイサーのライフポイントはどれだけだったんだ?」
「少なくとも3分の1はあった」
「……」
そこまで聞いて、ゲンドウは察した
「…ハルキ、それは」
「……」
「…アラタもヒカルもサクヤも怒るのは当り前だ」
ハルキの方が死にそうだったというのに、アラタを助けにいったということに


「ハルキの馬鹿」
何で自分を助けたりしたんだ、あの馬鹿はとアラタは思う
ウォーゲームで死んだら退学だとあれほど言っていたのはハルキだった
ドックフェイサーのライフポイントも気にしていたし、相手の武器の威力も持っているアイテムもアラタはしっかり気にしていた
3分の1も残るドックフェイサーならば無傷とはいかなくても相手の攻撃を耐えて、
アイテムの効果を発動させるだけの時間にも余裕だった
しかし、相手の一撃が来る前にオーヴェインがやってきたのだ
それに驚いて慌ててオールリペアを使ってオーヴェインのブレイクオーバー…否、ロストを防いだものの、
ハルキが自分自身を犠牲にしてアラタを庇ったという事実は変わらない。
その事がアラタには許せなかった
誰も自分を犠牲にして守ってくれだなんて思っていない
ハルキはアラタに生き残ってくれと言った
だというのに、ハルキは自分を犠牲にするというのかと思うとアラタは腹が立って仕方なかった
だから、このまま帰るのも癪で一人教室にいる
「ハルキの馬鹿…」
机に顔を埋めてアラタはぽつりと呟く
すると、ゆっくりとアラタに近づいてくる足音が聞こえた
「…」
その足音がいったい誰なのかアラタは知っている。
慌てて上半身を起こし、その人物をじっと見た
「アラタ…」
「…」
自分の名前を愛しそうに呼ぶ人間に向かってアラタは睨みつける
だが、その人物は…ハルキはアラタを見て困ったような顔をするだけだった
「すまなかった」
「…」
「もう、あんなことをしないから許して貰えないだろうか」
「……」
「アラタ」
「…」
熱っぽくハルキに見つめられてアラタは睨んでいた顔を赤くする
「あーっもうっ!」
そして、根をあげて、
「怒ってるんだからなっ!」
と可愛らしい声をあげた
「ああ」
「人に退学するなって言っておいて自分がそうなるような真似するなよ」
「悪かった」
そこまで言われて、アラタはやっとハルキを見つめた
「サクヤにもヒカルにも謝る
だからその…」
「…機嫌を直してもらえないか?」
「…」
「…」
ハルキと見つめあい、アラタは少しだけ考える
そして、
「どうして、あんなことしたんだよ」
「…」
「お前なら解っただろ、自分の方がよっぽど危険な状況だったって」
なのにどうしてそうした?と言われて、ハルキは少しだけ困る
だが、素直に
「お前が傷つくと思ったら…身体が動いていた」
と口にする
そこまで言って逆にアラタは驚いた
何故なら、アラタはもっとハルキが自虐的な理由で自分を庇ったと思っていたからだ
退学にさせたくない、とか小隊長の役目だからとかそういう理由
だけれど、そうではなくて
「…それは、オレが恋人だから?」
「………ああ」
自分の事を好きだからだなんていう理由だとは思わなかった
「…」
「…ハルキの馬鹿」
「…アラタ」
「そこまで言われたら許さないわけにもいかないじゃないか」
そう言って、夕日の中アラタはくすりと笑った
「…」
その笑顔がやっと戻ってきたことにハルキはほっと肩を撫でおろす
自分の好きな笑顔をやっと自分に向けられている、そんな当たり前の事が嬉しかった
「だけど、もうするなよ」
「ああ」
そう言って、アラタはハルキの胸に自分の頭を埋める
アラタをそのままハルキを自然と抱きしめた
「オレも、ハルキが傷ついたら悲しいから」
「解ってる」
「解ってるのかよ」
茶化すようにアラタはくすりと笑って顔をあげると、お互いの顔が近づく
そして―――


「アラタ」
「…」


そっとアラタは目を閉じて、ハルキはアラタの頬に触れてそのまま―――
夕焼けの教室の中、二つ影が重なった