もう悪夢は見ない

「……っ!」
何かがおかしいと思った。
例えば、いつもなら怒鳴りつけるのに、何も言わない事。
例えば、いつもならしっかりと時間前に行動するのに、人に言われてやっと気づくところ。
例えば、いつもなら残したりしない食事を食べていると云う事。
どうかしたのかと気になって部屋を訪れたら思ってた以上の光景がそこにあって、
「ハルキっ!」
慌てて駆けつけて額に手を当てたら思ったとおり、高熱を発していた。
すぐに管理人室にいるトメに言えば、風邪だねといわれ、アラタは安心したような、さらに心配になったような複雑な気持ちのまま、
「……今日一日寝てれば明日には治るさ」
トメさんの言葉に頷いた。
「それじゃあ、アンタは―――」
それでも、
「…あの」
「うん?」
「オレ、今晩看病しててもいい……ですか?」
そう言ってしまったのは、惚れた弱みかあるいは単純に小隊長に迷惑をかけてるからかと問われたら、
アラタはとりあえず自分自身に後者だと言い訳する事にした。


「……ふぅ…」
ぬるくなったタオルを洗面器に入れて絞ってもう一度額に乗せる。
こんな作業を何回繰り返しただろうか。
いつもなら、もう、寝ている時間だが特例と言う事でトメに許してもらい、アラタはハルキの部屋にいた。
サクヤも反対したものの、トメに許可を貰っていたら駄目だとはもう言えず、
ヒカルに「馬鹿だからうつらないだろう」といわれて反論したのは数時間も前になってしまった。
意識が浮上する事もなく、ハルキは眠っていた。
汗を拭き取り、思ったよりも鍛え上げられた体に少し胸を高鳴らせながらも服を着替えさせたり、体を拭いたりしながら
アラタは看病をしていた。
少しでもハルキの様子を見て少しでも早く良くなれと願うしかなかった。
氷枕のお陰とタオルのお陰で少しずつ熱は下がっているものの、まだ目を覚ます事がなくアラタは心配でたまらなかった。


「……」


仕方無い、水でも取り換えに行くか。
そう思ってアラタが席を立とうとした時だった。
「……め……」
「…ハルキ?」
何かをハルキが口にする声が聞こえた。
慌てて、傍によると、
「…めてく……れ…」
「ハルキ」
ハルキの瞳から涙がこぼれているのが見えた。
「……っ!」
それだけで悪夢を見ているのだと解る。
「バイ………ル、も……オレの……まを……」
「ハルキ」
かつてサクヤに聞いた事を思い出し、ハルキは未だにその日にとらわれているのだとアラタは察した。
それと同時に、アラタは何も出来ない自分が歯がゆくて、
「大丈夫だ」
そう言って、ハルキの手を握る。
「大丈夫だ、ハルキ
オレが守るから……だから」
だから、どうか悪夢から覚めて。
そう願ってアラタは握る手に力を込めた。
すると、
「……ん…」
「…ハルキ?」
ハルキの険しかった顔が少しだけゆるんだ。
「……」
「……ハルキ…」
「…ん…」
「……」
「り……と……」
それを見て、アラタは安心して頬をゆるませた。
誰にだかわからないがお礼を言っている。
どうやら夢の中でも誰かに助けられたのだと知り、アラタは心からその人物に感謝した。
勿論、同時に嫉妬もしてしまうけれど。
「……」
そっと片手をハルキの手から外して、額に手を伸ばせば熱はだいぶ下がっていた。
それを見て、アラタは良かったと思い、
今度こそ水を変える為に席を立つのだった。


「……やめてくれ、バイオレットデビル!!」
仲間がどんどん殺されていく。
ロストされていく。
「もう、オレの仲間を殺さないでくれ!!」
解っている。
これは夢だ。
何度も見る悪夢。
けして覚める事のない。
最近、見なくなった夢。
もう見ないと思っていたけれどそうじゃなかった。
「……っ」
やがて、仲間を全てロストさせたバイオレットデビルはハルキへと狙いを定める。
だが、ハルキは知っている。
運良くロストせずに自分だけ生き延びる。
そして夢が終わるということを。
だが、この夢は少しだけ違っていた。
「ハルキ」
「……っ」
温かな声がハルキの耳に届く。
そして、
「大丈夫だよ」
自分の目の前にドットフェイサーが現れて、そして―――
ハルキは
「……アラタ」
「さぁ、一緒に倒そうぜ!」
「しかし…」
アラタの言葉に不安になる。
だが、
「大丈夫だ、ハルキ!
オレが守るから…だから」
そう言って、微笑むアラタの顔。
それを見て、ああもう大丈夫だと思った。
気がつけばハルキはDCオフェンサーではなく、オーヴェインに乗っていた。
周りを見渡せば、ヒカル―――バル・スパロスも傍にいて、
「行こう、ハルキ!」
「…アラタ」
「うん?」
「……ありがとう」
「何言ってるんだよ!
ほら、行くぜ!」
そういって、ドットフェイサーはそのままバイオレットデビルへと向かう。
その背中を見て、ハルキはもう大丈夫だ―――と思い、
そして、


「……」


目を覚ました。
「……」
目を覚ますと、何だか下肢が重いと感じた。
何だろうかと思っていると、
「アラタ…?」
アラタがそこで寝ていた。
何でだろうかと思って体を起こすと、明け方の4時で、
アラタの周りにある洗面道具や自分の額から落ちたタオル、そしていつもの枕ではなく氷枕になっていたこと、
何より自分の体調が今日良くなかった事を思い出し、ハルキは自分が風邪を引いていたのかと冷静に分析する。


「……看病してくれていたのか」


そう言って頭をなでたところでアラタの答えはない。
当たり前だ、いつもならとうに寝ている時間まで頑張ってくれていたのだから。
「……ありがとう」
そう言って、ハルキはアラタを起こさないように足を動かして、そのままアラタを自分のベッドの隣のベッドへと運ぶ。
「……」
少し前までなら、この隣のベッドを見るのも辛かった。
それでも、ハルキは今こうして平気になったのは間違えなくアラタのお陰だった。
「……」
少し体はまだ少し火照っているが、それでもアラタの看病のお陰でだいぶ良くなったようだった。
体がふらつくこともない。
「……ありがとう」
そう言えば、アラタは聞こえているのかふにゃりと顔を綻ばせて、そして
「はるき…」
自分の名前を呼んでくれた。
それだけで嬉しいとハルキは思う。


「……」


カーテンから少しだけ差し込む光を見て、ハルキはもう少しだけ寝ようと思い、自分のベッドへと戻る。
横になり、もう一度だけ隣のベッドで眠るアラタを見た。
そして、大丈夫だと思う。
もう熱がひいたし、もうあの夢は見る事はないだろうと、
そして、願わくば想いを伝える事のまだできていない隣のベッドで眠る―――想い人の夢を見れるようにと願いながら、
そっとハルキは目を閉じて眠りへとそのまま身を任せた。