止まない雨

雨、雨が降っていた

「……え?」
「好き、なんだ」

頬を染めた顔
潤んだ紫色の瞳
ぎゅっと握られた拳
一度、目が合った後に俯かせた。
「……」
信じられなかった。
好きだと言われた人間も同じように告白してくれた人物の事を思っていたから。
「……アラタ」
「あ、えっと、返事とかいいから!」
名前を呼ぶと、そう言って今にも泣きそうな顔でアラタは言って去っていく。
その背中を見て、ハルキは口元を押さえた。
信じられなかった。
ハルキは実はずっとアラタの事を思っていた。
一目ぼれなんじゃないのといわれるまで知らなかったが、
サクヤいわく、アラタの転入時からずっとハルキはアラタの事を目で追っていた。
こんなに気になるのは命令違反を繰り返す問題児だからだと思っていたが、
違うと知ってからは、アラタに更に厳しくしてしまう事も多々あった。
それでも、アラタは自分に対して変わらずに接してくれたし、
それがハルキにとっては嬉しかった。
ウォータイム後、全員がさっさと玄関へと行ってしまい、
アラタと二人きりになった時に言われた言葉。
信じられなくて自分もそうだと言えなかった。
「……」
自分でも顔が熱くなっているのが解る。
でも、男同士で実らない恋だと思っていた。
それだけに、アラタに言われた時は夢ではないかと思った。
だけれど、違う。
アラタは確かに自分の事を好きだと言ってくれたのだ。
その事がとても嬉しくて、ハルキは少しだけ誇らしかった。


「……ちゃんと、スワン荘に着いたら言わないとな……」


自分も同じ気持ちだと言おうと考えて、
ハルキはゆっくりと教室を出た。


スワン荘に着くと、アラタに伝える為にヒカルとアラタの部屋へと尋ねた。
だが、ヒカルに聞くとアラタは帰っていないという。
どこか寄り道しているんだろうかと思いながらも、
こんな土砂降りの中で?と思ってしまった。
だが、事実帰っていないのだからそうなのだろうとハルキは胸騒ぎがするのをごまかして自分に言い聞かせた。
夕飯の時はさすがにいるだとうと思ったがアラタはいなかった。
「アラタのやつ、どこにいるんだ、僕達までまた批判がくるじゃないか」
「……どうかしたのかな、何かあったのかな……」
冷たく言い放つヒカルと心配そうに言うサクヤ。
自分と顔を合わせ辛いのだろうかと思ったが、
それにしてもおかしいとハルキは思う。
心配で眠れなくて、ハルキは生まれて初めて校則を破り、消灯後に自分の部屋を出て二人の部屋に行った。
だが、アラタは帰っていなかった。


「……」


異常すぎるその事態にハルキはおかしいと思って結局、一睡も出来なかった。
世界で一番いい日になるはずだったのに、
まるでそれをあざけ笑うかのようだった
朝になり、食堂に向かってもやはりアラタはいなかった。
何があったのだろうかと思っていた。
朝、学校に来て、美都が教室に入ってくる。


「瀬名アラタ、いないの?」


その言葉に誰も答える人間はいない。
アラタの事を知る人間はいないようだった。
「まったく、あの子は……」
「美都先生」
「何ですか」
溜息を吐いたと同時に、猿田に入ってくる。
「少しよろしいですかな」
「これから、授業なのですが……」
「すいません、お時間はとらせませんので」
いつもなら美都をからかうような態度の猿田も真剣な顔だった。
「……みんな少し待っていて」
そう言って、美都は教室を出た。
「どうかしたのかな」
ユノの言葉にキャサリンが「さぁね」と冷たく返した。
同じように教室中が少しうるさくなり、すぐに扉がまた開く。
何だか嫌な予感がした。
猿田が中に入ってきて、
「ジェノック……2年5組は本日の授業を全て白紙とする」
「え?」
そしていきなり言われた言葉。
「何を言ってるんですが、猿田教官」
リクヤは馬鹿な事をというように猿田に言う。
だが、猿田は気にすることなく、言葉をつづけた。
そして、
「これから朝礼が始まる。
だが、ハルキ」
「はい」
いきなり呼ばれて、ハルキは何だろうと思いながら立ち上がる。
「それから、ヒカルにサクヤ……あとは、ユノとリンコ、ゲンドウ、ブンタ…」
次々と猿田はクラスメイトの名前を呼んでいく。
だが、呼ばれない生徒もいる。
そして、呼ばれた生徒の関連性にハルキは気付いてしまった。
アラタだ。
アラタの仲の良い生徒ばかり呼ばれている。
「……以上のものは私についてくるように」
そう言って、猿田は教室を出た。
「……ハルキ?」
サクヤは顔が青白くなったハルキを心配して覗き込む
「……大丈夫だ」
ハルキは自分でそんなはずないと思いながらゆっくりと足を動かす。
アラタに何かあっただなんて信じたくなかった。
「……ハルキ」
サクヤに手伝ってもらいながら、ハルキは猿田の後を一番最後尾で追った。
やがて、学校から病院棟へと出る。
基本的に島で子供たちに何かあった時の為に作られたそこは他の施設と違って最新の設備が兼ね揃えられていた。
猿田はある一室の前で止まった。


「……これから見る姿はおそらく、下手すると忘れられないものになる。
それでもいい覚悟がある人間は―――部屋に入るといい」
「……教官何があるんですか?」


ゲンドウの疑問はもっともなもので誰もが思っていたものだった。
それに対して猿田は一言、「アラタだ」と言った。
その言葉に、
「ハルキ!?」
ハルキは慌てて扉を開いた。
自分の考えを否定したかった。
「アラタ!!」
アラタはいつものように自分の好きな笑顔を浮かべていると、愛しい声で自分の名を呼んでくれると信じたかった。
だが―――


「……っ!!」


そこにあったのは自分の思い描いてもいない姿だった。
安らかに眠っている顔、
青白い肌、
冷たい手、
閉じられた瞼、
きつく結ばれた唇、
息のしていない鼻、
だけれど、それよりも悲しかったのは―――


アラタの肩から先に腕がなかったことだ。


「ハルキ!」
「……アラタ…」


猿田が慌てて中に入ってきて倒れそうになったハルキを支えた
ハルキはアラタの頬にそっと触れた。
好きだと昨日言ってくれたアラタ
ずっと好きだった人。
「本当にお前は仕方ないな……」
「はる……っ!」
同じようにハルキを心配してサクヤが入ってくる。
だけれど、アラタの姿を見て目を見開いた。


「腕がなきゃCCMが動かせないぞ」
「ハルキ…」


同じようにユノやゲンドウも中へと入ってきた。
アラタを見て驚くものの、ハルキの様子を心配そうに見ていた。


「ドットフェイサーだって動かせないじゃないか」
「……」


その様子を誰も止めようとはしない。
ハルキは泣きながら笑っていた。
まるでアラタが死んでいないというように、
死んでいる事を否定するかのように、


「なぁ、アラタ
さっさと目を覚ませ
俺はまだ、お前に――――」


あの時、自分がすぐに好きだと言っていたら、
アラタが生きていた未来を思い描きながらハルキはアラタに語りかける。
だが、その声に答えるハルキの大好きな声は、
永遠に聞こえなかった。