時、刻んで

「なんだよ、ハルキの馬鹿っ!!」
「……」
「せっかく、人が拾ってやろうと思ったのに!」
「……頼んでない」
「なんだよ、その言い方!」
「……」
「……っ……馬鹿っ!!」
「アラタ!!」
そう言って、走っていったアラタをヒカルは追う。
一方のサクヤは困った顔をしてハルキを見つめていた。
「……ハルキ」
「……」
「今のはさすがにアラタでも傷ついたと思うよ」
「……」
「ただ、アラタは拾おうとしてくれただけじゃない」
「……」
「それを―――『触るな』だなんて言うだなんて…」
「解ってる」
そう、ハルキとて解っていた。
本当は…
ただ落とした腕時計をアラタは拾おうとしてくれただけだった。
しかし、どうしてもハルキはアラタに触れてほしくなかった。
多分これがサクヤやヒカルなら別だっただろうが……
「……それでも、アラタには…」
「ちゃんと言えば分ってくれると思うよ」
「……」
「アラタだったらね」
「……サクヤ」
「それに、このままだとアラタの事誰かに取られちゃうかもしれないよ?」
「…え?」
その言葉にハルキはびくりと肩を震わせた。
「ヒカルとか」
「……」
「あと、僕もアラタの事は気に入ってるしねー他にも…」
「っ、謝ってくる!」
「いってらっしゃいっ!」
そう言ってサクヤは手を振ってハルキの背中を見送った。
その表情は……
「……」
ほんの少しだけ悲しい顔をしているのは誰も気づかなかった。



「……何もあんな言い方しなくていいじゃないか!」
一方、アラタとヒカルは部屋へと戻っていた。
ヒカルはアラタの会話に付き合い、ただ聞いていた。
「別にただ拾おうとしただけだぜ?それを触るなだなんて…」
「特別なものだったのかもしれない」
だが、その言葉を聞いて、少しだけハルキのフォローに回る。
「え?」
勿論、内心ではさすがに言いすぎだろうと思う。
だが、同時にハルキならば何か理由があるのではないかとも思っている。
「普段、あんなこと言わないハルキがあんなこと言うんだ……何か特別な理由があるのかもしれない」
「……」
「大事すぎて、誰かにも触れられたくないものだったのかもしれない」
「……」
その言葉にアラタはいつもハルキが優しかった事を思い出す。
いつも優しくて、アラタの事を見守ってくれたハルキを。
だが、それと同時にだからこそ辛かった。
心を赦してくれていると思ったのに、好きだと言えば頷いてくれたのに、
本当は自分はそんなに信用されていないのではないかと、拒否されてしまったのではないかと。
「……」
「アラタ」
「ヒカル…」
「まぁ、もしもハルキに捨てられたら僕が拾ってやる」
「……」
「……」
「…ありがとう、ヒカル」
ヒカルなりに慰めてくれてるのだと思い、アラタは笑顔を見せた。
それを見てヒカルもにこりと笑った。
すると同時に―――
「……」
部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「アラタ」
「っ!な、何だよっ!」
ヒカルに言われたとはいえ、何だか話すのは気まづくてどうしたらいいのか困っていると…
「話があるんだ」
「……」
オレにはないといいたい。
でもどうしたらいいのか分からずにいると―――
「僕はサクヤの部屋にいってる」
「ヒカル」
ヒカルが立ち上がり部屋を出ていく。
「ハルキ」
「……」
「アラタの事を泣かせたら――――――」
「……っ」
同時にすれ違ったハルキの耳元でぼそりと呟き、ハルキは少しだけ顔を顰めた。
だが、すぐに部屋の中を見てゆっくりとアラタに近づいた。
「な、何だよっ」
「さっきの事はすまない」
「……別に……」
「……アラタが親切でしてくれたのを知りながらあんな事を言ってしまって……」
「……」
「許して貰えないだろうか」
「……そんなに」
許したい
でも、なんだかどうでもいい感情が邪魔をして素直に許す事が出来なかった。
「そんなに大事なものだったのかよ」
代わりに出てきた言葉はそんなどうでもいい事で、それに対してハルキは少しだけ口を噤んだ。
しかし、ゆっくりと口を開いた。
「……形見のようなものなんだ」
「……え?」
その言葉でアラタはうつむいていた顔をあげた。
「形見?」
「実際は生きてるけどな」
「……」
一体どういうことだろうかと思っていると
「……オレの殺してしまった仲間が残して行ってくれたものなんだ」
「っ!」
想いもしなかった言葉にアラタは目を見開いた。
「……だから、何と無くアラタに触れてほしくなかった」
「え?」
「穢い、弱い頃の自分に触れられているようで……なんとなく嫌だったんだ」
「……」
そう言って、ハルキは腕時計をなぞる。
過去を克服したはずなのに、こうして罪の象徴になぞれば思い出す。
そして、そこには弱くて孤独だった頃の、穢い自分が込められているようで嫌だった。
それに振られてたらアラタも穢れてしまうようで、同時に恐くて。
だが―――
「……馬鹿」
「え?」
「本当、ハルキは馬鹿だな」
「……アラタ…」
「オレは弱くても強くても……どんなハルキだって、大好きだよ」
「……」
「それともハルキは――オーバーロードも使えない、作戦も考えられないオレは嫌?」
「まさか!アラタなら―――」
「……」
「……」
どんなアラタだっていい。
そう言おうとして、理解した。
自分がどれだけ勘違いしていたのかという事を。
「……アラタ」
「本当、馬鹿」
「……ああ」
そう言って抱きついてくるアラタをハルキは自然と受け入れた
「でも、少しだけ昔の事を教えてくれたの嬉しかった」
「……すまない」
本当なら昔の事をアラタに全部話せたらいいのだろうが、それでもなんとなく言えずに今のままいる。
それは本当の意味で時が動かしていないからだと理解している。
「でも、オレの方こそごめん……そんな大事な時計を―――」
「否、オレが悪かったんだ」
今も左腕で時を刻み続ける時計。
でも、いつか――その時計を捨てる事が出来たなら
、 自分は本当の意味で動き出せるのかもしれない。
そして、その時にはアラタに新しい自分の時計を選んでほしいとハルキは思った。
「……アラタ」
「ハルキ」
強くアラタを抱きしめて、ハルキはそのぬくもりを噛みしめた。
何回誓ったか解らない、今度こそ守るという誓いを胸に刻みながら。