ねぎらいはぬくもりから、

「……はぁ……」
「ハルキ、どうかしたのか?」
「…ああ、カゲトラ」
今日はハーネス第一小隊との合同任務だった。
作戦はもちろん大成功を納め、ジェノック・ハーネス部隊は更に領地を広げる事に成功した。
しかし―――問題はジェノック第一小隊だった。
いつもの如く、アラタが勝手な行動をとったのだ。
最も、全てがアラタが悪いわけではない。
誤解されやすいが、アラタが我先にと任務違反をしたのはエルダーシティの偵察任務くらいで
その前はヒカルにつられてというものだったし、ムラクとの戦い等は初めからハルキに告げているから予想はついていた。
ましてや今回は別小隊の―――つまりは友人のロストの危険性が高かった。
それ故に配置を崩してついアラタが動いてしまったというのは解る。
だからと言って、その事で美都に説教を受けるのはハルキとしては納得できなかったし、
言い方が悪いが、美都の指令は大雑把だった。
それ故に他小隊が任務に支障をきたして今回のような事態に陥ったのは言うまででもない。
結果として、ジンがその場をおさめた。
その裏にはアラタよりも美都に対する遠まわしな説教だったのだがその事に本人は気づいていないかもしれない。
少なくとも、今後は更に細かな指揮をジンがジェノックにも出すようにするという事で決着がついたのだが。
「……アラタは今回の事で傷ついているんじゃないかと思って」
「……ああ、確かに少し作戦に支障は起きたけど、アラタのした行動は間違ってないとオレも思ってるよ。
あのままだとクラスメイトにロストが出るところだった」
「……」
「……それに、あの説教の仕方は士気が下がるだろう、少なくとも美都先生に反感を覚える人間はいるだろうしな」
「……それは」
「だから、ジンさんが間をとったんだろう―――だけど、ハルキが気にしてるのはそこじゃないんじゃないか?」
「……っ!」
そこまで言われて、ハルキは全部解っているのかと少し驚く。
カゲトラは不思議と何も言わなくてもすべて解ってしまう。
しかし、アラタの仲の良い、親友とお互い言っていた少年の事を考えれば当たり前なのかもしれない。
もしかすると彼がすべてカゲトラに話しているのかもしれない。
あるいは、自分達がひどく解りやすいからだろうか。そんな風に思ってハルキは少しだけ恥ずかしくなった。
「そうだなぁ……いっそ―――それなら、」
「……?」
「こういうのはどうだ?」
そして、カゲトラに耳打ちされて、ハルキは耳まで真っ赤に染めつつ、
「……解った」
静かに頷いた。
心の中では自分に出来るだろうかという不安を抱きながら。
「まったく、お互い苦労するな」
そう言った、カゲトラの言葉はどういう意味なのかはよく解らなかったけれど。


「……はぁ……」
アラタは両手いっぱいのお菓子を手に歩いていた。
「……」
けして怒られた事は気にしていない。
問題はあたかも仲間の命が軽いもののように扱われたことだった。

『貴方は解っているの?今回の任務の重要性が―――』
『でも、ユノやオトヒメ達が……っ!』
『それよりも貴方にはフラッグを占領するという任務があったはずでしょう!』
『美都先生!!』
『…美都先生、今回の事は情報不足でした。それにロストした生徒が出なかったのは幸運でした……今後は僕が彼らにより細かな指示を出していきます』

ジンは理解してくれたが、美都には理解してもらえてなかった。
前衛組として女性小隊―――ハーネス第三小隊、ジェノック第四小隊が銃で牽制し、徐々に後退。
そして、追ってきた敵陣を中間地点から移動したハーネス・ジェノック第一小隊が叩き、
ジェノック第五小隊、ハーネス第四小隊は後援支援
ジェノック第二、三、六小隊は別任務、ハーネス第二小隊は本拠地に待機
―――というのが今回の任務だった。
しかし、実際は敵陣は調査時にはなかったという砲台を用意していた。
その為、前衛部隊はすべて砲台の的とされていた。
ストライダーフレームの耐久性の無さは誰もが知っている。
機体の性能は敏捷さが生かされ、攻撃の速さが持ち味なのだから。
しかし、的にされたら最後―――それは確実にロストは逃れられない。
結果として、アラタはすぐに気付いて司令官―――美都玲奈の静止を振り切って仲間を救助に向かった。
アラタと同じくしてハーネスのエースプレイヤーやハルキ、ヒカル、カゲトラ、ヒカルといったメンバーも巻き込む事になってしまったのだが。
「……そんなに領地を広げる方が大事なのか…?」
アラタとて仲間を危険な目に巻き込んだ事は理解している。
でも、目の前の仲間を見捨てられる程、アラタは戦士になれなかった。
傷つく命は救いたい。全員が助けられるだなんて思わない。
せめて、手の届く、大切な人達は守りたい。
だけど―――その気持ちが、仲間の命の価値が彼女には理解できないのだろうか?
「…」
そして、自分に賛同してくれた、こうしてお菓子をくれてねぎらってくれた仲間達以外は自分以外はどうでもいいと思っているのだろうか…?
そう考えると辛くなった。
「……」
ブラックウィンドキャンプにて、カイトを助けたハルキの姿が思い浮かぶ。
あの時のハルキの気持ちがよく分かる。
ただ、傷つく仲間を見たくないだけだ。これ以上仲間を殺される姿なんて見たくない。
それは、いけないことだろうか?
「……ハルキ…」
ハルキだったら今日の自分の行動がどう映っただろうか?
そう思ったところで、何も答えが帰ってこないのは解っている。
命令違反で謹慎―――という処分までされかけたのだから。
ハルキからしてみればいらない負担をまた増やされるところだったと思えば自分など迷惑以外の何物でもない。
「……」
アラタは与えられたお菓子を机に置いて、そのまま自分のベッドへと沈む。
ヒカルはまだ帰ってなくて、部屋の冷たさと静かさが自分が孤独だといっているようで少しだけ寂しかった。
「……」
「アラタ、いるか?」
「…え?」
そんなアラタの元へとおずおずとノックが鳴り響く音が聞こえた。
慌ててアラタは飛び起きて扉へと向かう。
「……ハルキ?」
「いたのか」
「……うん」
扉の向こう側には考えていた通りの人物がいて、アラタは何も言えなかった。
色々言いたいことがあったはずなのに言葉が一つも出なくて、口を開いたもののすぐに閉じた。
「……」
きっと説教だろうと思って、いつものように笑おうとしても笑顔が作れなくて何も出来ずに顔をうつむかせた。
そんなアラタを見て、ハルキはたった一言口にした。


「……中に入ってもいいだろうか?」


「……え?」 一瞬何が言われたのか解らなくて、それでも理解すると慌てて、アラタはハルキを招くために扉を開く。
すると、
「……っ!?」
いきなりアラタはハルキに抱き締められて自分の状況が理解できなくなる。
「……ハルキ?」
「その……」
一体どうしたのだろうかと思っていると、抱きしめられたままハルキに頭を撫でられてアラタはますます理解できなくなった。
それどころか体中の血が沸騰したのではないかというほど体中が熱くてたまらなくなる。
「は、ハ、ハル、ハルキさ、さん……?」
お陰でアラタの口調はまったく意味不明なものになってしまうが、それでもハルキはその行動を止めない。
それどころかアラタのぬくもりを更に味わうかのように抱きしめる力は増す。
「……あの、その…」
「……」
「きょ、今日は助かった」
「……え?」
「アラタのお陰で仲間をロストしなくて済んだ……本当に感謝している」
「……」
そう言われて本当にそう思っているのか知りたくてハルキの顔をのぞきこもうとするけれど、ハルキの手が遮って顔を覗くことが出来ない。
そのせいで、本当かどうかわからないけれど、
耳元にあるハルキの鼓動は酷く早くて、それを聞いているとなぜかアラタも恥ずかしくなった。それと同じくらい何故か落ち着いていたけれど。
「……」
けれど、なんだか恥ずかしくてお互い口が開けなくて、
同時に頭の中はひどく冷静な自分がいて、やっぱりハルキは全部理解してくれてたんだとかそう思うと嬉しくて、
でもそれが恥ずかしくて、うまく口にできなくて、
ただ、アラタもハルキもそのお互いの腕にあるぬくもりだけがやけに鮮明に感じていた。
それは―――

「……何やってるんだ?」

帰ってきたヒカルに二人が抱き合っているところを声をかけられるまで続いたのは言うまでもない