「……ジンさん、それ綺麗ですね」
「これか?」
「はいっ」
そう言って、ジンはヒロにマグカップを見せてくれた。
「ああ……長い間愛用しているものなんだ」
「そうなんですか」
マグカップは黒色だったが、別の角度から見ると群青色にも深緑にも見える。
ヒロはそれを見ていてきれいだなぁと思った。
傷一つないそれはとても大事にされているものなのだろうと解った。
だから、言ってしまった。
言わなければ良かったたった一言を―――
「…っ!」
「バン君っ!!」
何かが床にたたきつけられて割れる音がした。
「……バン君大丈夫か?」
「ジン…」
「怪我は…」
慌てて、ジンは食器洗いをしていたバンに駆け寄る。
「大丈夫だよ?」
「本当かい?見せてごらん」
ジンは心配してバンの指先を見る。
そこには怪我ひとつなく、ジンは安心したようだった。
「……大丈夫みたいだね?でも痛みはないかい?」
「……う、うん…でも、ジンのマグカップが…」
「……」
それを見て、ジンは少しだけ顔を顰めた。しかし次の瞬間には元に戻って、
「否、大したものじゃない」
と口にした
「え?」
その言葉に救急箱を持って来たヒロはつい驚いて声をあげてしまう。
「…ヒロ?」
ヒロは慌てて口を塞ぐ。
「い、いえ…何でもないです、それよりバンさん――」
だがその態度をバンは見逃さなかった。
「……ヒロ、何?」
「え……何がですか?」
「さっき驚いたの」
「あ…あぁ、思ったよりも破片が飛んでいたので……」
そう誤魔化すものの、バンはそんな事で騙されるような人間ではなかった。
「嘘つけ」
「え?」
「ヒロ、嘘ついてる」
「う、嘘なんて……」
「バン君、いらぬ嫌疑はやめるんだ」
「ジン!」
「……そ、そうですよ…嘘なんて……」
じっとバンに見つめられつつも、ヒロは必死で何とか誤魔化そうとする。
だが、師弟関係にあるだけあってバンはヒロの嘘は見破っていた。
「じゃあ、本当の事を言ってよ」
「……っ」
嘘をつかないでほしい。
その言葉に揺れるものの、ジンの優しさを踏みにじるわけにはいかないとヒロは口を噤む。
すると、ジンが助け舟を出そうとしてくれた。
「バン君」
「ヒロ、頼むから」
しかし、強く懇願されて、ヒロは揺れ動く。
それに――――
「……言っても、怒りませんか?」
このままだとジンとバンが喧嘩してしまう―――そう思ったヒロは仕方なしに口を開いた。
「その……マグカップがジンさんが愛用していたものだと以前、言っていたので…」
「っ!」
「そ、それで驚いて…す、すいませんっ!!」
「……」
「……ジン」
「……バン君……」
「何で嘘ついたんだよっ」
「……っ」
だが結局二人を怒らせる事になってしまい、ヒロは心底自分を怨みたくなった。
「バン君、それは違う」
「何でだよ、嘘じゃないか!
だって、長年愛用してきたものだったんだろ!」
「……っ」
「なのに大したものじゃないって何だよ、それ!!」
「バン君……っ」
「嘘つくなよ、どうしてそうやっていっつも優しくするんだよっ!」
「……」
「言えばいいじゃんか、もっと!
何で壊したんだって!大事なものだったんだって…」
「そんなのは……」
「そうやって気を使われると帰って辛いだろ!みじめじゃないか!!
何でだよ…何で―――」
「そんなのは、バン君の方が大事だからだ」
「……え?」
ずっと続くバンの言葉の刃。
しかし、それを受け続けてもなお、ジンはバンの瞳を見つめてそう口にした。
それから、バンの事を抱きしめて―――
「確かに……あのマグカップはお爺様がくれたもので大事だった」
「……それなのに……っ」
「でも、それ以上に―――」
強く、これ以上ないほど密着してジンは口にし続ける。
「バン君の方が大事だから」
「……っ!」
「バン君がけがしない方が、無事であることの方が大事なんだ……だから……」
「ジン……」
「だから、嘘なんてついてない……バン君、君に比べたら何もかもが大したものじゃないんだ」
「……っ」
「君が一番僕にとって大事だ……だから……」
「ジン……そんなの、オレだって…」
「バン君…」
「……」
そう言って今にもキスしだしそうな二人を見て、ヒロは良かったような、何だか虚しいような感覚を覚えながら
とりあえず二人にバレないようにマグカップの破片を片付け、箒で見えない破片を散り取りに入れた。
それからこっそりとそれを持って部屋を出て―――
「みんなが入ってこないように貼り紙を貼っておきましょう」
二人の邪魔が誰一人として入らないようにするのだった―――
だから、このあとの話は……読んでいる貴方も、ダックシャトルの人々も知らない――ジンとバンだけの時間