近距離遠距離

「好きだ」と言ったら、 「好きだ」といってくれて、 「愛してる」と告げたら、 恥ずかしがって「オレも」と言ってくれた それが嬉しくて、天にも昇るような気持ちで、 でも――― なぜ、どうして、こんなにも、 君が遠いんだろう? バンの背中を見て、ジンは溜息を吐くしかない。 何故なら、バンに告白して付き合い始めたというのにバンとうまくいっていなかったからだ。 手を伸ばせば目を丸めて、口をぱくぱく動かして、 そのまま逃げられてしまう様子にどうしたらいいというのだろうか? ジンは心底溜息を吐きたくてたまらなくなった。 「……ジンさん、大丈夫ですか?」 「ヒロ……」 そんな様子のジンを心配してくれたのか、ことんと音を立ててヒロはコーヒーをそばにおいて微笑んでくれた。 「……いや、特に何かあったわけではないが……」 「それにしては浮かない顔をしています」 「……」 そう言って心配そうな顔をされてはジンも観念するしかない。 バンは非常にヒロに甘いと思うが、そう思いながらもジンもそれなりにヒロには甘かった。 礼儀正しいところや、素直で可愛らしい部分がそうさせるのかもしれない。 「……実は……」 「……はい」 「バン君とうまくいってないんだ」 「……ああ…」 そんなことないですよ、といつもなら言うヒロだが、否定しないというのはヒロから見てもそうとう酷いのだとジンは改めて認識する。 「……えっと、多分、その…恥ずかしいんだと思うんですけど」 「それは解っているのだが……」 「……はい」 「それでも、もう少し傍に寄ってくれてもいいと思うのは僕の我儘なんだろうか」 「……」 そういうと、ヒロは体の動きを止めてそれから何か考えているようだった。 それから、 「あの、ジンさん」 「うん?」 「ちょっと付き合ってくれませんか?」 「……え?」 「気分転換に買い物でもいきませんか?」 ジンのことを気遣ってくれているのかそう口にしてくれる。 その気遣いがジンは嬉しくて、「ああ…そうだな」と頷いた。 そんなジンだったから、いつもならヒロがにこりと笑ってCCMを持っている理由について言及しているところを悩みごとに気をとられて気付かなかった。 「……バン君、何やってるの!」 「ゆ、ユウヤ」 ジンのことを好きで好きで仕方ない、 そんなことはダックシャトルにいる誰もが知っているが、そんなジンのことを大切に思っているユウヤからしてみると今のバンの行為はとても許せるものではない 「……恥ずかしいから、って言っても酷すぎるよバン君」 「わ、解ってるよそんなこと……でも、」 「でも」 「だって、その、ジンが見てると思ったら恥ずかしくて、どうしようもなくて…」 「……」 「……この人がオレのこと好きだって言ってくれたんだなって思ったら、その、どうしようもなくて、その…」 「……重症」 「え?」 どうしたらいいのか解らない そう思っていると、ユウヤは覚めた瞳をバンに向けて、それから窓の外を見た。 それから、溜息をひとつ吐いて、 「……ちょっと、来てバン君」 「……へ?」 ユウヤはバンの手を握ってそれから無理やり歩き出す。 「ちょ、ちょっと、ユウヤ?」 「惚気てる場合じゃないよ、バン君」 「の、のろけ!?」 「大体、それでジン君がバン君から嫌われたって思ってたらどうするの?」 「え?」 「正直、そう見られても仕方ないよ?今の態度は」 「そ、そんな……!オレ、ジンのこと嫌いになったりなんて―――」 「そうだよね?知ってるよ、だ、か、ら―――」 「え?」 そう言って、ユウヤはダックシャトルの出口へと向かう。 「……ゆ、ユウヤ?」 「ユウヤさん!」 それから、落ちないように加減して、バンの背中をそっと押す。 「……バン君!」 だが、それを見てヒロ―――ではなく、ヒロの隣にいた人物が慌ててバンを抱きとめた。 そしてその隙に「ごめんなさい!」といって、ヒロが走って二人が抱き合ってる横の隙間を通り過ぎた。 「……へ?」 「ヒロ?」 「言ったとおり、気分転換に言ってきてください!!」 それじゃあ、といって無理やり扉を中から閉めてしまう。 「あ…」 「っ!」 そして、そこでジンとバンは二人にはめられたと思った。 「……バン君」 最もジンからしてみればずっと話したかった相手だから嬉しいのだが、それでも腕の中でびくりとされるとさすがに辛かった。 やはり、恥ずかしがっているのではなく、自分を嫌っているのではないかとさえ思ってしまう。 「……本当は、いやだったのだろうか?」 だから、もしそうならば言ってほしいと思った。 素直に告げてほしいと。 たとえ、友達に戻ることはできなくとも――― だが、 「……ち、ちが、違う!」 ユウヤの言ってたことが現実になりそうで、バンは慌てて大声で否定する。 その声にジンは驚いて目を丸くした。 「その、ただ恥ずかしくて…で、でも…」 「でも?」 「……」 誤解してほしくないと、ジンのことが好きだと伝えたかった。 しかし、茜色の美しい瞳に見つめられてバンはやはり恥ずかしくて息が詰まる。 いつもならここで逃げ出していた。 だが、今はしっかりと抱きとめられて逃げることは出来ない。 否、もう逃げてはいけないと思った。 「……ジンのこと、好きなのは、本当だから……」 そう告げると柔らかくその瞳が微笑む。 その様子を見て、バンはやはり恥ずかしくて、けれどそれを理由に――― 「ジン」 「うん?」 「今までごめん」 「いいや、構わない」 この優しい瞳が見れなくなるのはもったいないと気付いた。 そして、短い間だけれど大事な時間を自分でなくしていたのだと気づくともったいなくて、 二度とそんなことがないよう頑張ろうと思えた。 「……もう、逃げたりしないから」 だから、口にして約束する。 もう逃げないと、 「ああ、それじゃあ―――」 「ん?」 「ヒロとするはずだった買い物に付き合ってくれるかい?」 そして、 「うん!」 この伸ばされた手をしっかりとこれからも繋いでいきたいと心の底から願った。 その瞳の色を見つめあいながらずっと、ずっと―――