シロップ・テイスト
日曜日の朝、トメさんが諸事情によっていないらしく、
そのせいでダック荘の朝ごはんは各自が調達することになっていた。
特に予定のない人間はトメさんが帰ってくる昼まで寝ていればいい。
あるいは、適当に料理を作るという方法もある。
だが、メカニックのメンバーは自由参加とはいえ、日曜日に特別授業が待っている
一流のメカニックを目指す人間ならば先着数名のこの授業に登録できたからには出席しない理由がない。
その為、タケルは眠い目をこすって徹夜でスズネの壊した機体をメンテナンスしていたにも関わらず、
なんとかどうにかして順喫茶スワローへとやってきた。
そこでモーニングセットでも頼めばいいと考えてやってくる。
「……」
うつらうつらと眠い体をなんとか起こそうとしていると
「あれ?タケル君?」
「っ!」
タケルの名を呼ぶ声が耳に届いて慌てて起き上がる
「やっぱり、タケル君だ!」
「サクヤ、くん……」
愛しい想い人から声をかけられて、タケルの胸は酷く高鳴る。
「そっか、タケル君も特別授業受けるんだね?」
「う、うん……」
「よかったぁ、ジェノックで他の受ける人いなくて……」
「そうなんだ……」
受ける人がいない、というのはおそらく受かった人物がいなかったということなんだろうとタケルはすぐさま察する。
ハーネス内でもコヨミやジョニー、スイが悔しそうな顔をしていたのだから。
「心細かったんだけど、タケル君がいてよかった」
「……」
何気ない一言
でもそれだけでタケルは心が踊るのが解る。
「…そ、そう」
「うん
本当は、ご飯だって他の人と食べたかったんだけど……アラタは寝てるし、ハルキとヒカルはどっか行っちゃったし寂しくて」
そう言って舌をぺろりと出して言うサクヤにタケルの心はますます躍る
相手は何一つこちらを意識などしていないというのにタケルの心は弾むばかりだった
「タケル君は何にしたの?」
「え、モーニングAセットだよ?」
いきなりそういわれて、タケルは素直に答える。
スワローにはモーニングセットが二つあるが、Aセットはバターとメイプルシロップがかかっているホットケーキがメインだ。
それと一緒に出される北海道産の牛乳で作ったというアイスクリームはとても濃厚な味がする
更には紅茶、ココアも選べるものの、コーヒーを選ぶとその日だけの特別ブレンドコーヒーが飲めるという特典がついている。
ブレンドの割合は毎回変わるため、同じコーヒーになることは一度も無いため、
店長の淹れたコーヒーが好きだという人物には人気のメニューなのである。
だが、けしてモーニングBセットが劣っているというわけではない。
こちらにはこちらの利点がある。
まずはサンドイッチ。
サンドイッチの具は卵や野菜、ベーコンと定番ではあるが、その新鮮さがウリである。
産地直通といってもいいくらい、野菜は神威島の外れの農家から分けてもらっており、その朝取れたての野菜が使われているのだ
また、卵も同様でこれは産み立てとはさすがにいかないものの、やはり産地直通である。
瑞々しい野菜と分厚いベーコン、新鮮な卵を挟んだサンドイッチは素朴だが、口の中で味が広がり美味しいと評判だった。
また、スープはオニオンやコーンスープとこれまた定番だが、それだけに手堅い美味しさがある。
その上、店長が作った日替わりケーキがつくのが人気の理由のひとつだった。
ショートケーキ、チョコレート、チーズケーキといった定番から、ミルフィーユ、ガトーショコラ、フロマージュクリュー……といったちょっと変わったケーキまで様々である
こちらの付け合せの飲み物はフレッシュジュースであり、
野菜、果物といった様々な新鮮なジュースが絞りたてで飲める。
これらのモーニングセットはどちらも非常に人気があり、サクヤがメニュー表を見て悩むのも当然だった
どちらを選ぶのだろうかとタケルは黙っていると…
「……ねぇ、タケル君」
サクヤは意を決したようにタケルの名を呼んだ
「何?」
なんだろうかと少しどきどきしながらタケルはサクヤを見つめた。
すると―――
「Bセット頼むから半分こにしない?」
「え?」
「だめ、かな……」
「っ!」
信じられないことをタケルにサクヤは告げた。
つまり、それは間接キスにもなってしまうと言うことで―――
サクヤの言葉に対してタケルはどうすればいいのか解らずに戸惑う
それをサクヤはタケルが嫌がっていると思ったのか、そっとサクヤの指先がテーブルの上に乗せてあるタケルの手の甲に触れた
それだけでタケルは体が跳ね上がるのが解る。
先ほどの眠気なんてすべて飛んでしまった。
今、考えてしまうのは目の前の可愛らしい人のことだけ
「……い、いいよ…」
「本当!?ありがとう、タケル君っ!!」
そして、それに抗う術などタケルにある筈が無い。
あるのはただただ愛しいという気持ちと、目の前の人に笑っていてほしいという気持ちだけだ。
美しい黒曜石の瞳が自分のどこにでも咲いているような菫と同じ色の瞳を見つめている。
それだけで、タケルは十分だった。
これ以上の幸せなど、タケルにはないのだから。
「……ううん、サクヤ君の為なら」
「タケル君ったらおおげさだなぁ
でも―――」
「?」
「僕もタケル君が何かしてほしいことがあったら、絶対に何でもするからね!」
「……」
そういわれて、タケルはどうしたらいいのか解らなくなった。
満面の笑みを向けられて、タケルはどうしたらいいのか解らない。
ただ、解るのはサクヤをどうしようもなく好きだというたった一つの真実だけ。
「……ありがとう、タケル君」
「あー信じてないでしょう?」
「信じてるよ」
「本当?」
「本当!」
それさえ解っていれば大丈夫。
タケルはけして迷うことなんてないと信じている。
「……お待たせしました」
「あ、来たね」
「本当だ」
そう言って、目の前に置かれたモーニングセット
甘みが売りな筈のホットケーキに手をつける
すると、甘い筈なのに―――
「そうだ、タケル君もどうぞ!」
苦くて、少しだけしょっぱい味がした、気がした
柳ユズ様のリクエストのスワローデートをするタケサク…のはずだったのに、なぜか変な話に…
すいませんんんんん!!
どうにも甘いものが素直に書けない上、一番時間をかけたのが食べ物のところという…馬鹿ですいません、本当
ただ、これだけタケルはサクヤのことがすきなんだよって言いたかったお話です。
こんな内容でよかったでしょうか…?と震えながら思っております。返品はいつでも可能なので気軽に言ってくださいね!!