その手の価値は

その手の価値は、

自分に価値なんて一つもない。 だって、プレイヤーとして駄目だった自分がどうしても諦められなくて、それでやっと手に入れた道がメカニックだから。
だといっても、他の人みたいに技術が優れているというわけじゃない。
どうしようもなく、自分に自信がなくて駄目だった。
今は、アラタ達のお陰で少しは自信がついたけれど、そのチャンスだってアラタがくれたものであり、
サクヤ自身の力ではないとサクヤは思っている。
そう口にすれば、サクヤがひそかに憧れている同じ年のメカニックが口を開いた。
「そんなの僕だって同じだよ」
「……え?」
「だから、僕も一緒だよって言ったの」
タケルはそう口にして微笑んだ。
「……たまたま、お姉ちゃんが優勝して、たまたまヴァンパイアキャットが有名になって天才メカニックだなんて言われるようになっただけ」
「……で、でも……」
「僕の程度のこと、この学園の生徒は皆出来るのにね」
「……っ」
「それに僕よりも凄い人なんてたくさんいるしね。特にカゲト君なんてすごいじゃない。本来ならLBXに使えないシステムを導入したり」
「……」
そう言われるとそうかもしれないとサクヤは思った。
カゲトの能力は優れている。
否、カゲトだけではない、自分の傍にいるリンコもブンタもキヨカも皆すぐれた能力を持っている。
それはけしてタケルに見劣りするものではない。
でも、なぜだろうか。
「それでも、僕は……」
「サクヤ君?」
それでも、何故か目の前の人がとてもすごいと思った。
理由は解らない。
ただ、サクヤにとってタケルはとても眩しくて、いつも自分を導いてくれた存在だった。
あの日、
あの夜、
寝静まったあの体育館の中、たった一人で作業しているタケルの姿を見た時、とても神々しいものだと思ったのだ。
とても、綺麗だと、
あの場所だけまるでスポットライトが当たったように、
否、実際に月明かりに照らされて、タケルの姿だけがとても眩しかったのだ。
それを見た瞬間、サクヤは何気ない情景なのに、まるでそこに天使がいるように思えてならなかった。
美しいと、素直に感じられた。
そして、その理由を問われたなら、きっとサクヤは神様に愛されているから、としか思えなかった。
それくらい綺麗な光景だったのだから。
「……それでも、僕はタケル君ってすごいなぁと思うけど」
「どうして?」
「う、うまく言えないけど……なんだか、僕よりもずっと知識が豊富だし、それに……」
「……それに?」
「タケル君は、本当に心の底からLBXが好きなんだなって伝わってくるから……」
「……」
そう言うと、タケルは一瞬驚いたように、けれど照れくさそうにはにかんで微笑む。
「ありがとう、だけど、それはサクヤ君も同じだと思うけどな」
「僕?」
「うん、サクヤ君の手はすごく綺麗で……その手から伝わるんだ、LBXが大好きだって、そしてLBXもサクヤ君の事が大好きなんだって」
「……そ、そんなこと……」
「そんなことあるよ、ドットブラスライザーだって、きっと僕一人じゃ無理だった。サクヤ君と一緒だから出来たんだって思ってる」
「……タケル君」
「サクヤ君は僕の憧れで尊敬する人だよ」
「そ、そんな……っ!」
「?」
「ぼ、僕の方がずっと……っ!」
そう聞かされてサクヤは慌てて何か言おうとするものの、何も声が出ない。
第四回アルテミス
その大会でワンオフの機体はたくさんあったが、その中でも目を引いたのはヴァンパイアキャットだった。
勿論、山野淳一郎の作ったエルシオンやペルセウス、ミネルバ、そしてサイバーランスのワンオフとしてのトリトーンの方が価値や性能はずっと高い。
しかし、同じ年齢の子が作っていると聞いて、心底サクヤはその機体に興味があったし、それを作ったタケルを尊敬していた。
だというのに、そのタケルが自分を逆に尊敬していると聞いて驚きを隠せない。
「ずっと、タケル君にあこがれてたのに……」
「……え?」
「だ、だって、ずっと凄いなって憧れたんだよ?だから、アラタのところにタケル君が来た時すっごく、嬉しくてっ!」
「……っ」
「ずっと、食堂で見かけるたびに話したいなって思ってたから……って、タケル君…?」
「っ」
「顔真っ赤だけど、だいじょ―――」
「わああっ!」
「ひゃっ!」
そう言ってタケルの額に手を伸ばそうとした
が、タケルはその前にさらに顔を真っ赤にさせて、何故か大声を上げる。
その動作にサクヤは驚いて首を傾げるものの、
「だ、大丈夫!!」
「そ、そう?」
そんな風に言われては何も言えない。
具合が悪いのかなと思いつつも、そう言われた以上それを信じようと決めて、サクヤは手を膝に戻す。
それからもう一度、タケルの方を見ると
「……」
そこには何とも言えない、照れくさそうな、嬉しそうな、はにかんでいて、それでいて、まるで―――
花が咲いたような笑顔のタケルがいて、
サクヤは知らず知らずに、
「……サクヤ君?」
「え?」
「あの、大丈夫?サクヤ君も顔真っ赤に―――」
「あ、だ、大丈夫!何だかこの部屋暑いから!」
「そ……そうだよね!冷房利いてないからかな?」
自分の鼓動が速くなり、頬が熱くなっているのに気づく。
それでも、ただ部屋が暑いせいだと、
タケルもそうなのだと言い聞かせた―――。
「……」
それと同時に、
ずっと自分の力じゃなく、皆の力だと思っていたけれど、
それでもタケルに認めてもらえたのが、そしてタケルも同じ気持ちなんだとサクヤは思って、
「それじゃあ、帰ろうか」
「うん」
歩き出した足取りは、不思議と、ほんの少しだけ軽かった。