舞花

君に逢えてよかった。うまくは言えないけど、大切すぎて『ありがとう』の言葉さえ言えない。そんな言葉じゃ想いを現わせはしなかった。  

 幼いころから、人と話すよりもLBXテクノロジーを読んだり、LBXをいじったりする方が好きだった。それは今でも変わらない。
人とかかわるのが嫌いなわけじゃないが、積極的に行わないのも事実だった。
周囲からは変人扱いされ、ぼんやりしている、マイペースだといわれる事もいつものことだった。
それが変わったのはいつだろうか? 
天才メカニックなどという称号を貰った時からだっただろうか。 
そう持て囃されたのは十歳の頃。
姉・古城アスカが第四回アルテミスの優勝者になった時だった。
カスタマイズしたLBXではなく、フルスクラッチからの専用機。
その上、作り上げたのが幼い弟ということで、アスカの弟として、タケルは非常に注目された。
 だが、タケルにとってはそれが凄いことなのかどうかなんて解らなかった。
ただ、タケルはLBXが好きで好きで仕方なかっただけだ。
カスタマイズやメンテナンスの仕方に興味を持ち、姉の為に、そして自分の為に一からLBXを作りたいと思っただけだった。
だから、そんな風に言われる理由などタケルには解らなかった。
 タケル自身は何一つ変わっていないのに、周囲の見る目はまったく別のものとなった。
 ここに入学してからも、それは一緒だった。
神威大門統合学園に入学したのも、ただ単に更にLBXの事を知りたい、ただそれだけだったのに、やはりその名と技術の高さから注目される事は多かった。
タケルにとって唯一気が楽だったのは同じ小隊の乾カゲトラと金箱スズネはまったく気にしない人間だったということだ。
というより、アスカの弟である事をまったく気付かなかったらしく、あくまでタケルとして接してくれる事が嬉しかった。
 それでも、妬み、憎まれる事は多く、ライバルと言えば聞こえはいいが、タケルからしてみればなぜそんなにいがみあう必要があるのか解らなかった。
LBXが好きなのだから、皆で楽しめばいいのに……そんなタケルの考えはこの学園では無駄だというのは解っている。
一瞬でも気を抜けばロストしてしまう、退学してしまうという恐怖。
 それでも、タケルは楽しめばいいと思っていた。
それはハーネスという仮想国は珍しくクラスメイト同士が仲がよく、司令官も生徒を気遣う人間だからこそのんきに思えた事もあったのかもしれない。
 事実、ロシウスなどは生徒は駒だと云い切り、ロストしたならすぐに補充すればいいと言っていたと聞いたから。
 でも、そんな現実はタケルの心から楽しい、という気持ちが少しずつ消えていくのが感じた。
勿論、スズネやカゲトラ、そして新しく入隊した友人の為に頑張るのは嬉しい。
そして、彼らはタケルと同じ気持ちだった。
「そうやで!LBXは楽しむのが一番や!」
「そう言って、スズネはいつも危ない目に会ってるじゃないか…」
「せやかて、しゃーないやん、それにウチはLBXを、相棒を信じてるから大丈夫や!」
「何が大丈夫なんだ……」
 呆れたように口にするカゲトラに、くすくすと新しい友人は笑った。
「スズネは私たちの事を信じているし、それにタケルの事も信じているから、だから大丈夫だって言ってくれてるんじゃないかな?」
「……まぁ、それはオレも信じているが……」
「オレもそう思う。確かにロストしたら退学しちゃうけど、でもそれ以上に大事なことがあるんだ」
「……」
「いかに、楽しむか、どうやって勝つのか……それを考えるのはLBXバトルだって、ウォータイムだって変わらない。だから、タケルが変だって思うのは解るよ」
「……みんな」
「……傷つくことを恐れていたら何も出来ない。確かに退学は悲しいけど……それでもLBXを好きだって気持ちは変わらないってオレは思う」
「退学したからって、プロになる道が遠くなるけど、でもLBXが好きって事はきっと変わらないものね」
 そうくすりと笑った仲間達にタケルは心から感謝した。でも、他の人とはやはり相容れなくて、心の何処かでこれ以上触れ合いたくないと、これ以上傷つきたくないと思っていた。
 でも―――その日、タケルの瞳には信じられないものが映った。
 シルバークレジット高額取得者。
初めて、メカニックが表彰されたということ。
そして、それが自分達と同じく弱小小ジェノックのメカニックだと知り、タケルはジェノック第一小隊に興味を抱いた。
 友人に言うと、
「アラタの部隊か」
「アラタ?」
「ああ、オレと…」
「私の親友だよ」
 新しく入った友人に聞いて、興味を持つ。
そして、ジェノック第一小隊も他の小隊と違って奇抜な作戦をするのだと教えてくれた。
 それから、もう一つ。
「アラタはさ、傷つくのを恐れないんだ」
「え?」
「ロストするのも、ロストされる事よりもきっと……LBXバトルが楽しむものだって自分で思ってる。自分では解ってないけど、本能的に」
 一度見てみたらいい、そう言われてタケルは友人の言葉を実行することにした。
そして、観戦した戦いはたまたまバイオレットデビルとドットフェイサーが戦う事となるエンジェルピースでの戦いだった。
 ライディングアーマー、そしてドットガトリンク。
凄いと思った。
プレイヤーのためのメンテナンス、武器制作。そして、あれはプレイヤーを百パーセント、否それ以上に信じなければ、力を引き出さなかっただろう勝利。
 知りたいと思った。
 こんな風な試合をした人に、そしてプレイヤーを手助けした、細野サクヤに。
「あのさ……」
「……何?」
「ヴァンパイアキャットミリタスなんだけど……」
「うん?」
「試運転してほしいって言ったんだけど、その……」
「ああ」
 談話室にいる友人に話しかけると、納得したように笑った。
「タケルのしたいようにしたらいいよ」
「え?」
「それに、そのうち同盟国を結ぶ場所のエースの実力を確かめておくのもいいんじゃない?」
 ジンさんならそう言うよ、といわれてタケルは頬をほころばせる。
「うんっ!ありがとうっ!」
 そう言うとにこりと笑って、友人は送り出してくれた。そして、タケルは次の日、どう話しかけたらいいのか悩みながら第一小隊を見つめていた。
 そして、どうにかしようと思って逃げようとした時、転んでしまう。
「古城タケル?」
 でも、その瞬間、初めて君が僕の事を知っていると解った。タケルはサクヤから紡がれた自分の名前に驚きながらも嬉しいと思った。
「僕は―――」
 アラタに会いたいと思っていた。
でも、それ以上に……タケルは細野サクヤに会いたいとずっと思っていた。


 その後、一緒に共同開発する事となり、タケルはサクヤの事を知り、彼の技術力も勿論、その精神力に驚かされる事となった。
 ぽつりぽつりと教えてくれた、かつてロストした仲間が何人もいるということ。
だから、仲間を失うのは怖い。
でも、タケルの気持ちと今は近いという事。
 アラタに会って、LBXを生き残らせるのではなく、生かす事を改めて楽しいと知った事。
そして、プレイヤーの為にメカニックが様々な事をするのは今まで当たり前だったけれど、メカニックの為にプレイヤーがいろいろしてくれるのが当たり前なんだと気付かせてくれたこと。
知れば知るほど、タケルはサクヤに惹かれていった。
もっと知りたいと思った。
はじめはLBXに対してどう思っているのか、だけでよかったのに、気がつけばサクヤに惹かれている自分に気づいた。
 ドットフェニックスを作ってる時も、寝ているサクヤを起こしたくなくて自分で少しでも進めようとしたくらいだった。
 夜、月明かりに照らされたサクヤの白い肌は余りにも綺麗で、つい触れたくなる。
桜色の唇に自分のものを重ねたらどんなに柔らかい事だろうかと思っていた。そして、そんな風に考えている自分に気付いて驚く。
 LBXテクノロジーを読み、LBXをいじり、数人の仲間たちとの交流さえあればよかったと思っていた。
それで幸せだったはずなのに、タケルはいつの間にかサクヤに対してはもっと、もっとと思っていた事に。
 もっと傍にいたい、もっと近くに行きたい、この気持ちは解らない。何を思っているのか、何を自分が抱いているのかも。
「……サクヤ君、あとは任せてゆっくり休んでね」
 そう言って、自然に自分の唇をサクヤの頬に落とした。
その感触に違和感を覚えたのかサクヤは身を捩じらせるが、起きない事にほっとして、タケルはまたもや作業を始めた。
少しでも進めて友人とアラタの役に立つ事を、少しでもサクヤの負担が減るようにと考えて。
 そして訪れた最終戦。本当の命の危険を抱きながらも、タケルは仲間の死を悲しむサクヤを見て羨ましいと思った。
「サクヤ君……」
「タケル君……」
 ブンタという仲間が死んだと聞いた。
肩を震わせるのは恐怖からか、悲しみからか…否、どちらもだろう。
サクヤは涙を溜めてタケルを見つめていた。
その純粋な瞳が綺麗だと思った。
そして、同時に自分が死んだらサクヤはこんなに悲しんでくれるだろうかと思った。
「……タケル君は、しなないでね」
 自分の気持ちを見透かしたのかサクヤはそう口にする。
「……サクヤ君」
「嫌だよ、誰ももう死んでほしくない」
「……」
 内心、彼の中で永遠に忘れられないのなら、などと思った自分を恥じた。
そうだ。サクヤをこれ以上悲しませるわけにはいかない。
そして、仲間達も、島の外にある姉や両親も。
そう考えて、以前の自分なら本当に考えられなかったなと思ってタケルは自分の変わり方に驚く。
 でも不思議と嫌じゃない。
きっと、今の自分の方が昔の自分よりもずっと好きだ。
小さな部屋の中で必死にLBXと対話し、時々その世界に姉だけが入ってくる小さなタケルの世界。
 でも今は違う。
 仲間達がタケルを理解し、何よりも話しあい、前へ進んでいく。笑い、喜び、怒って悲しんで、そしてその中心にいるのは……
「……」
 そこまで考えて、タケルは自分の感情がすとんと落ちて行くのを感じた。
「タケル君?」
「……ううん、大条だよ。サクヤ君」
「……」
「大丈夫、絶対に君を死なせないし、僕も死なない。勿論、他の仲間だって同じ気持ちだよ」
「……っ……ありがとう、タケル君」
 そう言って、少しだけサクヤはタケルの胸で泣いた。
そして、すぐさまキャリアクラフトへと乗り込んでいく。
その背中を見て、タケルは今更気づいた自分の気持ちに驚きながらも納得した。
「ああ、そうか、僕は――――サクヤ君の事が、好きなんだ……」
 口に出していった想いは、言葉にすると軽くて、でも実際その重みはタケル自身にも分らない。
好きで好きでしょうがない。
大切すぎて、言葉にしたらその価値を失うのではないかと不安に思うほどに。
 それでも……
「……」
 タケルは手を握り心に決める。この戦いが終わったなら、この想いを……サクヤに伝えよう、と―――。


 もちろん、叶わない恋だと知っている。
それでも、よかった。傷つくだけの生き方だけど、それでも泣かずに最後まで笑っていられるだろう。
目を閉じればその光の中の中心にいつでもサクヤがいる事に気づいたから。
「行こう、みんな」
「ああ、ハーネス第一小隊出陣だ!」
「「「「了解!」」」」  カゲトラの声で決戦の場へと向かう。
例え死ぬ事になったとしても、行かなきゃいけないと解っているから。
タケルは仲間とともにコックピットへと向かった―――。


「……」  サクヤは桜を見ながら、来るであろう自身の恋人を待っていた。
「サクヤ」
「リンコ」
 名前を呼ばれて振り返るとそこには波野リンコがいた。
「……ずっとここにいたの?」
「うん」
「そっか」
 ふわりと微笑むその顔は可愛らしくて、サクヤは頬を染めた。
だが、リンコは笑いかけるだけでサクヤに近づくことはない。
白いワンピースは彼女によく似合っていて、サクヤは眩しくて目を細めた。
あの日、かもめ公園で見た横顔。綺麗だと思った初恋の女性は今日も綺麗だった。
「リンコも花見?」
「ううん、キヨカと一緒にお店に行くの」
「そっか」
 それを聞いて、サクヤは納得したかのように頷いた。
「気をつけてね」
「うん、サクヤも早く待ってる人が来たらいいね」
そう笑うリンコはそれじゃあねと言って手を振り去っていく。
そんな彼女の背中に手を振ってサクヤはゆっくりと歩き出す。それを見届けてからゆっくりとサクヤは振り返り、
「悪趣味だよ、タケル君」
「ごめんね、邪魔したら悪いかと思って」
舌をぺろりと出して微笑み恋人を見つめた。
「仕方ないなぁ……」
 そう言って笑うタケルに告白されたのは一年以上前になる。
少なくともアラタがいなくなってからすぐだったからサクヤとしてはよく覚えていた。
呼び出されて何を言われるのかと思ったが、まさか告白とは思わなくて非常に驚いた。
 何せ、タケルと会ったあの日、夢で親友が男性から告白される夢を見てしまった事と、ファーストコンタクトでアラタに試運転してほしいと言ったから、タケルの目的はアラタだろうといつも思っていた。
 だが、アラタは別の人物と付き合い始め、それは一年経過して帰ってきた今も変わらない。
そして、タケルもずっとサクヤが目当てだったという事、好きだったと口にした。
その言葉をどう受け止めていいのか解らずに何日も食べ物が喉に通らずに、困っていた。
 けれど、サクヤが瞼を閉じれば、あの日、月明かりに照らされて、寝静まった体育館で一人ドットフェニックスを作っていたタケルの姿が甦る。
 その時、サクヤはまるであそこだけスポットライトが当ったかのように見えた。
綺麗に感じた。まるで別世界にいるかのように。
 あの背中に追いつきたいと、一緒に歩きたいと、胸を張れるような人間になりたいと思っていた。
願った過去は消せない。
そして、一つひとつ整理してみれば、そこにあった気持はきっと、タケルと同じものだった。
 そして、気づいたなら後は伝えるだけだった。そして、二人は気がつけば、自然と手を繋ぎ歩き出していた。
「……サクヤ君に早く見せたいなぁ、本当にね、夜桜が綺麗なんだ」
「そうなんだ、今から楽しみだなぁ」
「うん、楽しみにしてて!僕が見つけた特別な場所だから」
 そして、LBXの事でしか繋がっていなかった自分達が今はこうして違う事に興味を抱き、同じものを見て、同じものを目指していける事がとても嬉しかった。
いつまでこうしていられるのか解らない。
けれど、サクヤもタケルも一秒でも長くこうして二人で一緒に歩んでいきたいと思っている。
 そして、願わくばもう一度―――否、何回でも再び、二人で一緒の機体を作り、人々の夢を与えられるような存在になりたいと思っている。
それを口にしたら、二人の親友達は笑って応援してくれた。
勿論、自分達も彼ら、彼女らのプロのLBXプレイヤーになりたい、という夢を応援しているが。
「行こう、タケル君」
「うん」
 そう言って、サクヤの手を引きながら、月明かりに照らされて桜がちらちらと舞う桜並木を歩く。
そして、夜だというのに余りにも眩しくて綺麗で、タケルは思わず目を細めた。
 桜の花びらが散り、月明かりに照らされてその真ん中にサクヤがいる。
まるでそこだけがすでに沈んだ太陽に照らされているかのように眩しく思えた。
そして、サクヤに見せたいと思った。月明かりに照らされているどの桜も綺麗だけれど、それ以上に美しい、一本の風に揺らされて誇らしげに立っているこの奥の、人の目につかない場所に立つあの樹を。 
まるで、縁の下の力持ちで脚光浴びないのに、それでも前を見て輝くサクヤに似た樹を早く見せたいと思い、タケルは胸を躍らせた。
 そして、タケル自身もサクヤのように、あの桜のように、美しく咲き誇れるような、そんな生き方をしたいと、サクヤの隣に立つに相応しい人間になって、いつまでも終わらない夢を追い続けたいと改めて願うのだった――――。
 この手のぬくもりを抱きしめながら、ずっとずっと…そう、タケルは強く思い、手を離さないようにぎゅっとタケルはサクヤの手をぎゅっと強く握った。
そして、それに対して応えるかのようにサクヤも強く握ってくれた。
   それは二人ともけして、何があっても、手を離さないというように、強く強く握られた絆そのもののようだった―――。