片道通行

  貴方が好き
そう言えたらいいのに

「きみの力になりたいんだ」

そう言われたのはジンさんで自分じゃない
解ってる
ジンさんとユウヤさんは特別な絆で繋がれていて
自分と出会ったのはあの時が初めてで
だから自分とユウヤさんが特別な関係になれる筈なんて無いという事を
それでも、好きになってしまった
だって、余りにも笑った顔が綺麗だったから
余りにも優しかったから
気遣ってくれる事が、
かけてくれる言葉が、
笑ってくれる笑顔が、
繋いだ手のぬくもりが、
何もかもが愛しくて
どうしようもなくて、

僕は―――いつも諦めろと自分に言い続けるしかなかった

例えばソファに座るとき、
ユウヤさんの隣はジンさんの隣が定位置
そして、ジンさんの隣はバンさんだ
何処に座ろうか一瞬悩むけれど、
少し考えて、座る事自体を止めてしまう
多分、此処で3人で見ている事を気づいたら皆優しいから座れと言ってくれるとは思う
あるいは近づいて「何してるんですか?」と言えば話に混ぜてはくれると思う
だけど、3人が一緒にいるところが僕は好きなので
自分という余計なパーツが混ざってはいけないと思ってしまう
「…」
見ているとユウヤさんは二人に向かって笑っていて
ああ綺麗だなぁ…と思う
こんなに綺麗な人、きっと他に居ないと思う
バンさんの笑顔は綺麗というよりは可愛らしいものだし、
ジンさんは格好良いという言葉が似合う
もちろん、ランさんやジェシカさんだって綺麗だけど―――
やっぱり、ユウヤさんは特別で、大好きな人だから

「…うん、やっぱり悪いよね」

そして、3人が話しているのを確認して
ジェシカさんから「男子の部屋をちゃんと片づけるのよ」と言われている事を伝えるのはやめようと思う
代わりに僕は持っている箒を手にして、僕達4人に与えられている部屋に入る
「…うん、やろう」
そして、持っている箒を地面につけて汚れている部分を掃いてゴミを集めていく
早くしないと…
バンさんやジンさん、それに―――ユウヤさんが帰ってくる前に終わらせないといけない
「…」
そういえば、ユウヤさんを好きになった時もこんな時だった
あの時はバンさんたちが見つからなくて…
やっぱり、自分一人で掃除をしていて…そしたらユウヤさんがやってきて「何しているの」と優しく尋ねてくれて
それから掃除を手伝ってくれたんだっけ…
「…僕っていつも馬鹿だなぁ」
今だってそう
きっと一言いえばいいだけ
だけど言えない
だって、自分は余分なパーツだから
3人とも楽しそうで、いつも一緒で…
そこに混ぜてもらう事がいつも申し訳なかった

「…あれ、ヒロお前一人か?」

泣きそうになるのを堪えながら、必死で箒を動かしているとコブラさんが中へと入ってくる
「…って、お前何してるんだ!?虐めか?」
「え…ち、違いますっ!!」
そう言われて、泣き顔で一人掃除なんてしてたら普通そう思われるよな…と思ってしまう
なので、「ちょっと…バンさんたち見つからなくて」と無理やり笑ってそう口にした
それから「何か用ですか?」と尋ねるとコブラさんは「ああ…ちょっとな」とだけ言う
だが、その後後ろ頭を掻いてそして―――
「ヒロ」
「は、はい!?」
真剣な顔で僕の名前を呼んだ
「オレが手伝ってやる」
「…え?」
その後信じられない言葉を聞いたような気がした
だが、それは幻聴でもなんでもなくてコブラさんは僕の足元にあったバケツにしゃがみこんでそれから雑巾を絞り始める
「で、でも…」
それに対して申し訳ないので遠慮しようとすると―――
「ほら、早くするぞ!」
「は、はいっ!」
いきなり大声で言われて返事をかえしてしまう
コブラさんはそのまま掃除に取り掛かってしまいこれじゃあもう何も言えない
「…」
僕は仕方ないと諦めてそのまま掃除を始めた




笑った顔が可愛くて、
困った顔も可愛くて、
助けてあげたくて
傍にいたくて、
そんな思いにさせてくれる子
大空ヒロという子はそういう子だ
そして気を使いすぎていつも貧乏くじを引いてるそんな子でもある
例えば、部屋の掃除
一言声をかければいいのに、
ジェシカさんに頼まれたのは四人だというのに
ヒロ君は一人で全部しようとする
後から聞けば、目を逸らして「見当たらなかったので!」と言ったが
多分ヒロ君は三人で話してたのを見て気を遣ったんだろうな…と思う
一度、ヒロ君が一人でやってるところを手伝った時
ヒロ君は頬を赤らめて「ありがとうございます」と口にしてくれた
それを見て
ああ、この子を助けてあげたいと心底思った
出来る事なら助けてあげたいし
更に文句を言えば、困った時は自分に言ってほしい
何時でも力になりたい
何時でも一番に駆け付けたい
そう思うけれど―――

「…ったく、ほら」
「あ、ありがとうございます…っ」
バン君とジン君と話すのが長引いて早く部屋に帰ろうと思っている時、
コブラさんとヒロ君の声がした
何だろうと思ってみてみると、箒を持ったヒロ君とバケツを持ったコブラさんがいた
「まったく、今度はちゃんと皆でやるんだぞ?」
「…はい」
そう言うヒロ君を見て
胸がちくりと痛む
ああ―――ヒロ君の事をコブラさんが手伝ってあげたんだって
「…」
ヒロ君はなかなか助けて欲しいとは言わない
もちろん、こんなこと助けを求める事でもないというのは解る
でもね…でも、
やっぱり些細な事でもいいから頼りにされたいし、
少しでもいいからヒロ君のそばに居たい
そう思うのは駄目な事なのかな

「…まぁ、どうしてもバン達に頼めないっていうならオレに頼っても構わねーけどな」

「…え」
それを聞いて顔をとっさに上げる
ヒロ君はきょとんとした顔をしてコブラさんを見ていた
そんなヒロ君の様子にどうか頷かないで欲しいと思ってしまう
だって、ヒロ君の事が好きだから
笑っている顔が好きで
出来る事なら自分がヒロ君を笑わせてあげたい
そう思うのはいけない事だろうか?
「…えっと…」
ヒロ君は少し考えてそれから笑って…
「すいません」
と困ったように言う
それを聞いて心底安心するが、コブラさんは「ったく仕方ないなお前は」と言ってヒロ君の頭に手をあててわしゃわしゃと撫でる
「…ま、掃除程度ならいいけど、本当に困った事はちゃんと頼るんだぞ?」
「…はい」
その言葉にヒロ君はちゃんと頷いて笑った
「…」
それを見てやっぱり、僕は羨ましいなと思いながら、
ヒロ君を自分では笑わせられないのだろうかと思ってしまった



「ヒロ君」
そう呼ばれる度にいつも胸が高鳴った
だって、それくらい目の前の人が―――
「ユウヤさん」
大好き、だったから…

「また、ひとりでやってたの?」

そう言うけれど、きっとユウヤさんには全部バレてる
「…えっと…」
どう答えたらいいのか解らなくて、目を逸らしながらどう誤魔化すか考えていると
ユウヤさんが――――
「ヒロ君?」
真剣な顔をして言ってくる
「…ご、ごめんなさい…っ」
それに対して申し訳ない事をしたと思って言うと
ユウヤさんはひとつため息を吐いて、それからそっと僕の頭の上に手を乗せて撫でてくれた
「…ったく、仕方ないんだから」
「…」
その声音が余りにも優しくて、
泣きそうになるほど嬉しくて
同時に―――
どうしたらこの人の近くにいけるのか、役に立てるのか
ずっと思っている
「…ヒロ君―――」
そして名前を呼ばれて顔を上げると―――
「ヒロ!!」
バンさんに名前を呼ばれた

「ヒロ、また一人で掃除しようとしたんだって?」
そう素直に聞けるバン君が羨ましかった
「…ユウヤ、つまらなそうな顔をしてるな」
「そ、そんな事ないよ?」
はっきりとジン君にそう言われてごまかすようにそう言うと
ジン君はくすりと笑った
それから、
「…ヒロ君」
ヒロ君の方を向いた
それから
「僕もバン君も―――もちろんユウヤも君一人に掃除を押し付けているようで何だか申し訳ないんだ」
「…っ!」
ジン君、今『ユウヤも』のところを強調した
絶対したよね…
そう思っていると、ヒロ君は顔を真っ赤にして「い、いえ…僕こんなことでしか役にたてませんし…」と言ってくる
その様子にそんな事無いよと言いたいけれど、
自分にもその気持ちがわかってしまうから悲しい
どうすればいいのか解らないのだろう
どうすれば役に立てるのか解らない
だけど―――

「ヒロ君は十分すぎるほどやってるよ…?」

「…え?」
ヒロ君の目を見て自分の素直な気持ちを口にする
十分すぎるほどヒロ君はやっているのだと
そんなに心配しないで欲しいと
できるなら、ほんの少しだけ自分が君の事が好きだという事も知って欲しい
臆病な自分は伝えられないから―――

「そうだよ!ヒロはいつも頑張ってくれてるじゃないか!!」
「ああ」
二人にそう言われるとヒロ君は顔をあげて顔を真っ赤にして
そして、また顔を俯かせてしまう
好きだ
可愛い
でも、それ以上に力になりたい

「…あ…えっと…」
「ほら、ヒロ君、もしも何か力になれる事があったら言ってみて?」

そういえば、ヒロ君はほんの少し顔をあげて―――
それから―――

「そ、それじゃあ…」

僕とヒロ君の距離は―――ほんの少しだけ、ほんの少しだけ縮まった