遠く離れて、近づいて

「ユウヤ…」
「ジン君」


とっさにヒロの耳に聞こえてしまった声
それを聞いて、ああそうなんだと思った
その時は特に思ってなかった
ユウヤがジンに告白している
ただそれだけのことだった
別にその事に関して特に思うことはない
むしろ、元からユウヤはジンを慕っていたのでヒロとしてはむしろ納得できたことだ
しかし―――



「…あれ?」



涙が何故かヒロの瞳から零れ落ちる
ぽろぽろと流れるそれと
胸の鈍い痛みを感じて理解する


「ああ…そっか…」


そして、やっと気づく
あんな風に頬を染めてジンを見つめるユウヤをヒロは知らなかった
知っているのは自分を何時もあたたかく見守ってくれるユウヤだけ


「…知らなかった…あははは…」


そんなユウヤを見て初めて理解した
自分の気持ちに


「どうして気付かなかったのかな…
ずっと―――」


いっそ知らなければ良かったとヒロは思う
けれど、気づいてしまった



「…僕、ユウヤさんの事が好きだったんだ…」



ずっと、ユウヤの事を好きだったという事に
それを気付き、ヒロは誰もいない寝室で涙を流す
大声で泣きじゃくり、
枕を涙で流した
鼻水は何度も出て汚いと思いながらも
それでも流れ続けた
気がつけば夕飯の時間になっていた
「……あ…」
ヒロは一瞬どうしようかと思ったが
皆に心配をかける訳にもいかず、洗面所に行って、
「酷い顔…」
真っ赤に泣き腫らしている瞳を見て無理やり笑顔を作った
顔を洗い、少しでもマシに見えるようにして、
そのまま食堂へと向かう



「すいません…遅れました」
「遅いよーひ…ろ…」



なんとかヒロは笑顔を作ってそう言ったが、皆はヒロの顔を見た途端驚いた顔をした
そして、
「ど、どうしたんだヒロ!?」
アスカがヒロの傍に来て、心配そうにそう言い放つ
同じようにランも
「ど、どうしたの!?誰かに酷いことされたの!?」
そう言った
そんな些細な事がヒロにとっては嬉しかった
「なんでもないですよ」
そう笑った顔は酷く痛ましかった
「…ヒロ君…」
心配そうにユウヤもヒロに近付く
「だいじょ―――」
そうヒロに言おうとした途端、ヒロはユウヤの横を通った
「…え?」
そのヒロの行動に誰もが驚く


「…ひろ…くん?」
「さぁ、皆さんご飯食べましょう?」
そう言ったヒロの表情は誰にも解らなかった
ヒロはこちらを見ないでそう言う
アスカとランはユウヤの茫然とした顔だけを見つめていた
バンとジンはヒロの背中をじっと見ているだけだった


「…」


喧嘩でもしたんだろうかと思うが
ユウヤの様子を見る限りそれはないと誰もが思った
元からヒロとユウヤが仲が悪ければ別だが、二人の仲は非常にいい
だからこそ、このヒロの行動が解らなかった
突如現れた違和感
誰もが解らないまま、ヒロ一人が不思議な行動を取っている
はたから見るとけして変には見えない
だが、ヒロの事をよく知っているからこそ解る違和感


そして、その違和感はずっと―――続く事となる


「あの…ひろ…」
「アスカさん、前言ってた戦略を見てみたいのでバトルして貰ってもいいですか!?」
「あ…別にいいけど」



「ひろ―――」
「ジェシカさん、銃がうまく使えなくって…アドバイスありますか?」
「え…ええ…」



「あ…」
「カズさん、カズさん、お風呂に一緒に入りませんか?」
「あ、ああ…構わねーけど…」



「…」
「アミさん、コアボックスにパーツがうまく嵌めこめなくって…」
「そ、そうね…それは…」



ヒロはあくまで自然だった
だけれど、誰もがちらりとヒロを見つめているユウヤを見る
ヒロだって本当は気付いている筈である事を誰もが解っている
けれど、誰も言えない



ヒロの痛々しいほど不自然な笑顔を見ては何も言えなかった
だけれど、日に日にただでさえ青白い顔になっていくユウヤを放っておく事も出来なかった
けれど、誰もが二人の仲を取り持つ事が出来なかった



「…」



夜、全員が寝付いた中、
ユウヤはゆっくりと起き上がる
そして、ヒロのベッドへの傍に近付いた
「…ヒロ君…」
なぜ、自分がヒロに避けられているのかと聞かれる度に、理由なんて自分が知りたいと思っていた
ユウヤはヒロの事が好きだった
笑った顔をみると嬉しくて
泣いた顔をみると抱き締めたくて
怒った顔をみると申し訳ないと
辛そうな顔をみれば助けたいと思った
ヒロの柔らかな頬にゆっくりと触れる
起こしてしまうかと思ったが、
ヒロは少し動くだけだった
それにホッとしてユウヤは自分の顔をヒロに近づける
「…ヒロ君…」
最近よく見れなかった顔
以前は誰よりも近くで笑った顔を見る事が出来たのに
今は――




「…僕は何か君に悪い事をしたのかな」



こんなに愛してるのに
そうユウヤは心の中でヒロに呟く
「…ヒロ君…」
そっとユウヤはヒロの唇に無意識に自分の唇を近付ける
だが、その直前ではっとして、止めた
「…」
その行為に自分はこんなにヒロに飢えていたのかと思えてしまう
そんな自分に対して苦笑しながらユウヤは離れようとした
だが―――
「…」
その瞬間、ゆっくりとヒロの瞳が開いていく
そして…



「…え?」
「…あ」


ユウヤはサーっと自分の血の気が引くのが解った
一方、ヒロはぼーっとした顔でユウヤを見つめていた
だが、
「…ゆうや…さ…?」
目の前の人間が誰なのだろうと思い、思い浮かんだ人物の名前を呼ぶ
その途端、ヒロははっきりと目が覚めた
そして―――
「…っ!」
「ヒロ君っ!」
ユウヤから逃げるように身を後ろに引いて、そのままベッドから出て素足のまま走りだす
そんなヒロをユウヤも追いかけて走り出す


「…なに…今の…」
「ゆーや…?」
「なに…夜に二人して―――」


一方、同室の3人もユウヤの大声で目を覚ます
迷惑だなぁと思いながら、



「「「…っ!!」」」



よそよそしかった二人が何故か真夜中に喧嘩していると気づき、
バンもジンもカズも驚いて目を覚まして、
そのままベッドから出て2人を追いかけ始めた


「…ヒロ君っ待って!」
「いや…来ないでくださいっ!!」


ヒロとユウヤは夜中だというのに、どたばたと廊下を大きな音を立てて、
大声を出しながら走っていく



「…何…今の」
「ヒロとユウヤの声がしたぞ…」
「まったくいい迷惑だわ…」
「本当に…」



そう言って女性陣の部屋の前に通った際に
ラン、アスカ、ジェシカ、アミも起こされる
そのまま4人とももう一度寝ようとするが―――
だが…



「「「「っ!!」」」」



よそよそしかった二人が何故か真夜中にこんな事をしているのだと寝ぼけた頭で気付き、
慌てて、バン達と同じようにベッドから抜け出してそのまま―――



「…何やってるんだおまいら!?」
廊下に出た途端、バン達と出会う
「カズ、私たちはヒロとユウヤの声が…」
「何だ、同じか」
「じゃあ、バン達も一緒なのか?」
「ああ…」
「心配だわ」
「うん…二人とも一体―――」
7人とも目的は同じだと知り、
そう言って、ユウヤとヒロを追う


「…はぁ…はぁ…」
「ヒロ君…」


その頃、ユウヤはヒロを誰もいない操縦室まで追いつめていた
ヒロはもう逃げ場がないと感じながらもユウヤの方を見る事が出来ない


「…ど、どうして…あんなこと…」
「ごめん…あんなことして…
で、でも…ヒロ君が僕を避けるから―――」
「…さ、避けてなんか…」
「嘘言わないでよ!」
ユウヤのその言葉にヒロはびくりと肩を震わせる
それに対してユウヤはどうしたらいいのかと思っていたが、
ヒロとこうして話せているというのにもう感情が抑えられなかった
「僕、ヒロ君に何かした?
嫌われるような事した?」
「…そ、そんなこと…」
「だったら、どうして避けるの」
その言葉にヒロはどうしたらいいのか解らずにいた
いえるはずがない
ユウヤが好きだから避けているなど
「…ヒロ君」
だけれど、
ユウヤが感情を抑えられないのと同じように、
ヒロもまた、もう感情を抑えられなかった


「だって、ユウヤさんが…」
「…ヒロ君…?」
「ユウヤさんがジンさんに告白なんてするから…っ!」
「……え?」


その言葉にユウヤは茫然とした
そして、


「…え?」
操縦室の扉の前で立っていたジンも茫然とした
残る6人はジンを直視していた
「…そう…なの?」
「そうだったの…」
「そうだったのか…」
「そうなのか!?」
「え…そうなの?」
「そ…そうだったの…」
それで納得する6人
「ま、待て誤解だ
僕はユウヤから告白なんて―――」
その誤解を解こうとジンがした時、


「僕、ジン君に告白なんてした事ないよ!」


タイミングがぴったりと合ったかのようにユウヤが否定する
「嘘、だって僕1週間前に聞いたんですっ
廊下で『好きなんだジン君』ってユウヤさんが言ってたの!」
だが、ヒロも自分の言った事を正直に伝える
「…そ、それは…」
それは真実だった為、ユウヤは何も言えずに黙りこむ
だが、同時になぜそれでヒロが自分を避けるのか解らなかった
まさか、同性愛者だから自分を気持ち悪いと思ったのだろうか?
そう考えると、ヒロに自分の想いも受け入れてくれないのでは―――
そう思っていると、


「どうして、ユウヤさんを諦めようと決めたら近付いてくるんですかっ」
「…え…?」
「辛いんです、ユウヤさんの顔を見ていると…だって―――」
「…」
「僕は…ユウヤさんの事が好きだから…」


そう言われて、ユウヤは頭が真っ白になる
「…」
そんな中、目の前のヒロを見ると瞳から涙を溢れだしていた
「…っ…く…うっ…」
ユウヤはそれを見て―――
「ヒロ君、違うよ」
ヒロの小さな身体を思いきり抱き締めた
そして―――
「ユウヤさん…」
「僕は確かに言ったよ
でも、違うよ…ぼくは―――



『ヒロ君の事が好きなんだ、ジン君』
って言ったんだよっ!」
「…え?」
そう言われて、ヒロはユウヤの顔を見つめた
瞳と瞳が合わさり、ユウヤはふにゃりと微笑んだ
そして―――



「嘘…」
「嘘じゃないよ、ほらこんなにヒロ君の事を考えるだけでドキドキしてる」



ユウヤはヒロの手を取って自分の胸に当てた
どくどくと脈打つそれを感じてヒロは頬が熱くなるのを感じた


「…ところで、ヒロ君」
そうヒロの名前を呼んで、ユウヤはヒロの顔に自分の顔を近づけた
そして―――
「さっきの告白だと思っていいの?」
ヒロはそう言われて顔が爆発するのではないかと思うほど真っ赤になる
それから、
「え…あぁ…えっと…その…」
うまく言葉を紡げないヒロを見てユウヤはくすりと微笑んだ
そんなヒロの唇に先ほど出来なかった続きを行う為にユウヤは自分の唇を近づけ、
「愛してるよ、ヒロ君」
始めての口づけをした


「…えっと…」
「つまり、ヒロはユウヤの事が好きで避けてたってこと…?」
「それに巻き込まれたオレ達って何なんだよ!」
「ってか起こされておいて、こんなの見る為に来たの?」
「お、おまいら落ちつけよ…」
そんな二人を見て女性陣はどうすればいいのか解らず怒りをあらわにする
カズはそんな4人を宥める
一方、二人の保護者―――バンとジンは…
「よかったなユウヤ…」
「ヒロ…幸せになるんだぞ…」
眠い頭でいつも以上に何かぶっ壊れていた
そんな事が扉の外で行われているとは知らずに、二人は―――


「…ヒロ君…可愛い」
「も、もう恥ずかしいですっ!」
「…ねぇ、ヒロ君も言って?
僕の事をどう思ってるのか」
「そ…そんなの…」
「…ヒロ君…」
「す、好きです…」
「…ヒロ君…本当に可愛い…大好き…」
「…んっ…」


今まで離れていた時間を埋めるかのようにこれまでない程に甘ったるい雰囲気を醸し出して、
隙間を埋めるように抱きあってそのまま口づける
そして、ヒロはもう離さないというようにユウヤに抱きつく
そんなヒロにユウヤも応えるかのようにしっかりと抱きしめて何度も、何度も口づけた―――