「……ユウヤさんって髪の毛綺麗ですね」
「そうかな」
「はい」
一緒に風呂に入って、結っている髪の毛が散らばった。
それをシャンプーで洗っているユウヤを眺めて想った事をヒロは口にする。
不思議そうな顔をユウヤはするが、ヒロからしてみれば自覚がないのが不思議でしょうがない。
何せ、その辺の女子よりも綺麗な髪の毛をしているのだ。
その上対して手入れもしておらず、ユウヤの美しい髪の毛は誰もが羨む事だろうとヒロは思った。
「僕はヒロ君の方が好きだけどね」
「え?」
癖っ毛ですよ?僕の髪の毛。
そう思っていると、
ユウヤは髪の毛を洗い終わり、ヒロのいる泡風呂へとゆっくりと足を上げて入ってくる。
その途端、お湯が溢れだす。
「わっ」
ヒロは驚いて目を閉じてしまう。
目を閉じていたお陰で、泡やお湯が目に入らなかったが、
「あはは、ごめんねヒロ君」
鼻や頬には泡が多くついており、ユウヤはくすりと笑ってしまう。
「ひどいですよ、ユウヤさん」
「ごめんごめん、こんなにお湯が入ってるとは思わなかったから」
今度からちゃんと調節しないとね……と口にしながら、ユウヤはヒロの迎え合わせになって座る。
無駄に広いバスタブだがさすがに二人で入ると狭くて、
お互い足を折って体育座りのような形でいるが、お互いの足が微妙に擦れてしまう。
最も、気にならない程度であったが。
「…もう」
「あはは……ところでさっきの話だけど」
「僕の髪の毛の話ですか?」
「うん」
ユウヤは体をゆっくりと沈めて泡だらけになっていく。
ジンから教えて貰った泡風呂というものを行ったが、なかなかこれは面白いと思った。
もっとも、体中がヌルヌルするので出たらしっかりとシャワーで洗い流さないとだめだなという事を考えていたのだが。
「僕、癖っ毛であんまりいいもんじゃないですよ……」
「でも、痛んでないじゃない?」
「それはそうですけど、そんなこと言ったら…」
「というか、ヒロ君の体の箇所ならどこでも好きなんだけどね」
ユウヤさんだって、そうだし……もっときれいですと言おうとした時だった。
とてもいい笑顔でさりげなくユウヤがそう言い放ったのは。
「……え」
「髪の毛だけじゃなく、体も、指も、声も、仕草も何もかも大好きなんだ」
「……っ」
にこりと何十回と言われてきた言葉をユウヤは口にした。
しかし、ヒロは何度聞いても慣れる筈もなく、照れ隠しに顔を泡風呂へと半分鎮める。
「こらこら、逃げないの」
そう言うと、ヒロを逃さないと言わんばかりユウヤは近づいてヒロの顔をゆっくりと掬う。
口の辺りまで沈まっていたせいでヒロの口元には泡がついていた。
さすがにその口元にキスするわけにもいかず、ユウヤは一度泡のついていないお湯の箇所から救い、泡を洗い流す。
「まったく、何回言っても慣れないんだから…」
「な、なれるわけないですよ」
困ったようにユウヤが言えば、さすがにこればかりは譲れなくてヒロも大きい声を出す。
そのお陰でお風呂場でヒロの声が反響する。
そんなヒロの様子を笑顔で見ているユウヤを見て「ユウヤさんの意地悪…」と呟いてヒロは頬を膨らませる。
「あはは、ごめんね」
「ごめんと思ってる声じゃないです…」
「だって、ヒロ君が可愛いから」
「……ユウヤさんの馬鹿」
「うん、ヒロ君馬鹿なんだ」
「ジンさんみたいな事言わないで下さいよ……」
そんな何百回目かのやりとりを行ってから、ユウヤはゆっくりとヒロの手に自分の手を伸ばした。
「だって、365日間ずーっとヒロ君の事が好きなんだ」
「……ゆ、ユウヤさん……」
「ずっと一緒にいて」
「……っ」
そっとユウヤはヒロの手に自分の手を重ねてゆっくりと口づける。
「一緒に笑って、泣いて、怒って、」
それから、ヒロの頬へと伸ばす。
「起きてから寝るまでの間……ううん、寝てからもずっと君の事を思ってるんだから」
「……馬鹿」
そう言えば、ヒロは頬を真っ赤にして目線を逸らす。
その頬の赤みがけして湯気のせいでないという事を十分すぎるほどユウヤは知っているのだから。
だから、ついついだらしなく笑ってしまっていると…
「僕だって、ユウヤさんの身体の部分何処だって大好きなんですよ」
「……え?」
「だから、ユウヤさんが思っている以上に、僕もユウヤさんの事大好きなんですからねっ」
怒ったような、挑むような、それでいて照れているようなヒロの言葉が発せられる。
しかし、その言葉はユウヤに余りにも想定外で……
「ヒロ君……」
「大好きです」
自分の伸ばした手に重ねるようにヒロの左手がユウヤの右手を包む。
「……っ!」
その仕草に今度は照れてしまうのはユウヤの方で、
「ひ、ヒロ君」
「……ユウヤさん、顔真っ赤」
「ひ、ヒロ君こそ…」
気がつけばユウヤとヒロはゆっくりとお互いの額を合わせていた。
余りにも近い距離でお互いの顔を見つめていた。
無論、お互い顔は真っ赤なままで。
けれど、
どちらともなくそのまま口と口を合わせる。
少しの水が跳ねて、その反動で泡がシャボン玉へと変化していく。
やがてそれはゆっくりと天井を目指し……
「……んっ」
ぱりんと、割れる音がした。