夏の日のこと

「一緒に来てほしいところがあるんだ」
 そう言ったユウヤの願いに頷いた。
 特に予定があったわけでもないし、したいことがあったわけではない。
 だから、ユウヤとどこにいこうが良かったのだ。
 デートというものはそういうものだと思っていたから。
 けれど、
「……」
 目の前の場所を見てヒロはさすがに固まった。
「ヒロ君?」
「……いえ、驚いて」
「そっか」
 ふふふ、ごめんね。だなんて言う笑顔は大好きなもので。
 けれど、握っていたその手は震えていた。
 何故?と思うけれど、彼からしてみれば恐いのかもしれない。
 かつて、イノベーターにいる時とそれ以前、そして今。
 ユウヤはたった14年で3つの人生を送ってきたような気がすると自分で言っていたくらいだから。
 それでも、行こうとしている場所は確かに彼のルーツであり、大切な場所である事は確かだから。
「……ヒロ君?」
 そんな不安な気持ちを消せたらいいと思って強く握り締めたら目を見開いてこちらを見た。
 大丈夫、僕がいます。
 そう伝えたくてヒロは必死で手を握った。  すると、ユウヤにはしっかりと伝わったようで「ありがとう」と笑ってくれた。
「……ちょっとね、恐かったんだ」
「うん」
「だから、ヒロ君と一緒なら大丈夫かと思ったんだけど……」
「大丈夫です」
「うん」
「それに、大事な人だから…」
「……ここには眠ってないんだけどね」
「……」
 そう言いながらも、ユウヤはゆっくりと目的地へと立った。
 灰原家之墓。
 そう書かれた場所はユウヤの先祖が入っているのだろう。
 ユウヤの両親はトキオブリッチの下にいると言うが、それでも大切な場所なのは確かだと思っていた。
「……ずっとこれなかったから怒ってるかな」
「そんな事はないと思います…けど、」
「けど?」
「……心配してたんじゃないでしょうか」
「……」
「ずっと、大丈夫でありますようにってユウヤさんのことを祈ってたと思いますよ」
「……そっか」
 ヒロ君がそう言ってくれるならそんな気がすると言ってくれたヒロは少しだけ安心した。
「……でも、今度からバケツや仏花とか……色々、持ってきたほうがいいですよ」
「……そうだね、そうかも」
 ここにくるので必死で思い浮かばなかったとつげるユウヤにくすりと笑って、ヒロはユウヤの手をそっと握った。
「……それじゃあ、今度来る時は僕がちゃんと伝えますね」
「!……うん、ありがとう」
「はい」
「……」
 それからユウヤは墓のほうを見てからゆっくりと目を閉じた。
 ヒロはそれに習って同じようにしてみる。
「……」
 そこに眠るのはユウヤまで続く灰原の人々の軌跡であり、ずっと続いてきた血の流れ。
 そして、自分と一緒にいてほしいと願うならばユウヤの代でそれは潰える。
 それは本来許されることじゃないのだろう。
 それでも―――
「……」
 許してほしいとはいえない。
 けれど、ヒロは願わずにはいられなかった。
 隣にいるこの人を、皆さんにとって大事な人を僕にくださいと。
「……ヒロ君?」
「っ、な、なんですか?」
「……いや、真剣に何か考えてるからどうかしたのかな?って」
「……あ」
 そう言われて、ヒロは慌てて「な、何でもないですよ」と繕って笑った。
 ユウヤはそんなヒロの様子に気付いていたが、無理に聞くものでもないかと考え、「そっか」 とだけ返した。
「……それじゃあ行こうか、ヒロ君」
「は、はい」
 そう言ってヒロの手を握りユウヤは改めて歩き出した。
「……」
「……」
 それからゆっくりと二人で来たバスを待つ為にバス停へと向かった。
 しかし、その途中お互い何も会話することなくなんとなく気まずい空気になる。
 どうにかしなければならないなと思ってはいるものの、お互い言葉も発さない。
 どうしたらいいのか、そうヒロが考えていると―――
「……ねぇ、ヒロ君」
「は、はい?」
 ユウヤがヒロの名前を呼び慌てて振り返った。
 なんだろうか、そう思っていると
「……ずっと、一緒にいようね」
「……」
 それはユウヤの家の墓の前でヒロが願ったことで。
「あ……」
 そして、彼も同じ気持ちでいてくれたのだと思うととても嬉しくて、
「……っ、はいっ!」
 それから二人はもう一度つないだ手を強く握り締めた。


 そんな、夏雲が見えた、青空の綺麗な日の時のこと。