全部、諦めようと思っていた。
全部、零れ落ちていくのを見ていた。
それに何を思わなくなっていった。
気になんてならなかった。
それが当たり前だと信じ込まされていた。
ジン君が開いてくれた扉の外はとても明るくて怖かった。
その向こう側へと行くのが。
でも―――
「ユウヤさん」
握った手のぬくもりがこんなに暖かいのだと、
一歩前へと出た世界が綺麗で輝いているのだと、
何よりも、人を好きになることがどれだけ素晴らしいのかを君は教えてくれた。
君がいるから世界が輝くんだって事も。
「誕生日おめでとうございます」
「……え?」
そんな平凡な日々に慣れるようになって数年。
夜ご飯も食べる暇がなく帰ってきた我が家。
同居人はすでに寝ているだろうかと思っていたが、光がついていることが嬉しくてユウヤはゆっくりと扉を開いた。
すでに深夜0時。
愛する人の言葉から放たれた言葉にユウヤは首を傾げた。
「え……今日はユウヤさんの誕生日ですよね?」
ヒロも同じように手に酒瓶を持って首を傾げた。
一年前も同じように祝いましたし、とヒロに言われて慌ててカレンダーを見ると日付が変わっており、確かに今日は自分の誕生日だった。
「……忘れてた」
「もう、ユウヤさんったら」
くすくすと笑うヒロの顔は初めて出会った時と変わらずに可愛らしい。
それだけじゃなく、19歳になった彼からは大人の色気というものが出てきたようにさえ感じる。ただでさえヒロは男からもてやすいのでその色香に惹きつけられる男がいたらどうしようかとユウヤとしては内心ひやひやしているのだが当の本人は特に気にしていないようだった。
まぁ、世間では男同士が恋人になることへの偏見はだいぶ少なくなったとはいえ、滅多にいないのが現状である。
ヒロ自身ユウヤと会うまではそんな風になるとは考えていなかったのでユウヤの心配は杞憂だといつも言う。
「……ヒロ君の誕生日は忘れないんだけど」
「もうユウヤさんったら」
真剣にそう口にすればヒロはくすくすと笑った。
「だったら僕がずっと忘れないよう一緒にいなきゃだめじゃないですか」
「うん、ずっと一緒にいて」
そう言って抱きしめるとヒロからはいいにおいがする。
そして、ヒロから感じるお日様のにおいの他に食欲をそそる匂いがした。おそらく夜ご飯の匂いだろう。
後ろを見れば炊き立てのご飯の匂いと味噌汁、そしてステーキに唐揚げ、ポテトにサラダと和洋折衷並べられておりますます食欲がそそられた。
真ん中にはヒロが作ったのだろうかホールケーキがあってユウヤはついつい笑顔になってしまう。
「……凄く美味しそうだね」
「この日の為にジェシカさんから教えてもらったんです」
「そうだったんだ…」
嬉しいなぁと思いながらユウヤは席についた。
「……えへへ、本当は今日の夜って思ってたんですけどユウヤさんがご飯も食べてないって言ってたから…」
「そうだったんだ」
それを聞いて、先程電話した時になんだかうれしそうにしてたんだと納得しユウヤは席へと着いた。
「ありがとう、嬉しいよ」
「喜んで貰えたなら僕も嬉しいです」
そう言って笑うヒロを見て、「でも、ヒロ君までご飯食べてないのはだめだよ?」と言うと「うぅぅ…」と困ったような顔をした。
そんな表情も可愛くてついつい頭を撫でる。すると、ヒロは一瞬きょとんとしながらもすぐにまた笑ってくれた。
「それじゃあ、食べようか」
「はいっ!」
その言葉にヒロはユウヤの反対側の席へと座った。
「それじゃあユウヤさん」
「うん」
「お誕生日おめでとうございますっ」
「……ありがとう」
こんな日々がくるだなんて7年前の自分はまったく思っていなかった。
奪われるのが当たり前だと思っていた。
だから、今でもこうして与えられることは戸惑う。
けれど、同時に幸せでこんな日々が続いてほしいと祈っている。
こうして自分が捨てて拾おうと思わなかったものを拾い上げて与えてくれる人がいる。
「……ヒロ君、美味しいね」
「本当ですか?嬉しいですっ」
だから、ユウヤはもう二度と捨てることが当たり前だなんて思わない。
みっともなくても、必死でこの日々に縋り付いていき続ける。
それが生きるという意味なのだと学んだから。
そして、
今日も明日も、ユウヤの人生は続いていく。
かけがえの無い、目の前の愛する人の手を引いて。