心頼

 好きな人に中学生よりも中学生っぽいと言われた。
「…くそぉ…人のことあれだけ好き勝手抱いておいて、酷いよかすみくん……」
 そう言ってても腹立つというかとにかく虚しさだけが感じられる。
 否、解る。 自分でも解ってる。正直、ちょっとかすみくんに頼りすぎかなーとは思ってた。
 そういえば、頼ったらはぁやれやれみたいな顔するもんね…と内心思い出しながら嫌われないのをいいことに思えば好き勝手やってたかも、と思うことにする。
「よしっ!」
「央太どの、どうされた?」
「りんくん、オレ、自分で自分のことできるようになる!」
 そう言うとりんくんは一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに笑って、「よくわからないが某、応援するでござるよ」と言ってくれた。
「よーし、橘央太、頑張ります!!」
 拳を高く天井に向けてそう決めた。
 もう中学生っぽいだなんて言わせない。
 そうしたら、かすみくんも何か困ったときに央太に相談してみようって思ってくれるかもしれないし!だなんて前向きに央太は捉らえることにした。
 まさか、それが裏目になるとは思わずに。


「なぁ、央太」 「なぁに、かすみくん」
「沢山、動いただろ?お腹空いてないか?」
 弁当を作ってきたんだ、と言うかすみくんの言葉に「おべんとう!」と手を出そうとするが、そこで思い出す。
 いけない、これだとまた『央太は子供っぽいなぁ』だなんて思われてしまう。
 かといって、自分でもお腹がすいたら豹変することは解ってる。だから、こんなこともあろうかと用意しておいたのだ。
「ううん、自分でおにぎり作ってきたから大丈夫!」
「え……」
「ありがとう、かすみくん!!でも、オレ、自分のこと自分でできるよっ!」
 そう言うと、かすみくんは驚いたのかまじまじとオレの顔を見る。うーん、そんなに驚かれることかな?それだけ子供っぽいって思われてたのかも。オレ、頑張らなきゃ!
「へぇ、オータ、すげえじゃねえか」
「本当、自分で握ったわけ?」
「うん、この前ミーちゃんとこうじょうせんぱいにおいしい握り方教えて貰った!」
 だから、今度ミヤくんに握る時はもっとちゃんと出来るからね!とピースすると「そんなに大きいのもういらないし…でもありがと」と言って貰えた。
 みんなに褒めて貰えたのが嬉しくて、自分で作ったおにぎりだからかいつもかすみくんが握ってくれるのよりもあんまり美味しくないけど、でも作って良かったと思った。
「央太どの、本当に頑張ってるでござるな……かすみどの?」
「え?」
「どうかされたでござるか?」
「……いや……そう、だな…」
 よし、この調子で頑張らなきゃ!!
 ご飯は自分で用意できるようになったし、あとは―――えーっと、授業で寝ないようにすればいいのかな?
 まぁ、それも当たり前って言われたらそうかもしれないけどとにかく、かすみくんにもう『中学生みたい』だなんて言われないでちゃんと頼りになるんだってところ見せたいし!!
 そう思って、ミーちゃんに『寝そうになったら起こして』と言って、寝そうになったら自分の頬を叩いたりして。
 つい眠くなるけど、でも我慢。
 とにかく頑張らないと、と思った。
 靴下もオレ、自分で探せるし、ご飯だってお腹すいたら食べられるよう用意するし、物壊してもかすみくんを頼りにしないで自分で謝れるし!
 これで、きっとかすみくんも、もう中学生みたいだ、なんて言わないよね……?
 そう思ってたけど…… 「橘、美和、聞いたか?」 「え、なになに?」 「授業内容変更になって次の時間いきなり辞書が必要になったって」
「え、嘘!」
「え…」
 そう言って顔が青くなるまで行かないけど、なんだか血の気が引いた気がした。
 どうしよう、いや、大丈夫。
 ななおからんまに借りれば…と思ってたけど…



「申し訳ないですぞ!!昨日、ちょうど宿題の為に寮に持って帰っちゃったのですぞ~~~~~!!」
「悪い、オレも今日は持ってきてないわ」
「う…ううん、二人は悪くないよ、ね、央太くん!」
「う、うん、大丈夫!!」
「…でも…」
 三人ともどうしようかと顔を向けてくれる。
 ミーちゃんは多分さわせんぱいかてんじんせんぱいに借りるんだろうけど、オレは……。
 三人にははっきりと「かすみくんに子供扱いされたから大人になる!」って言って応援して貰ってる部分もある。
「ま、まぁさ、こういう場合はさすがにノーカンじゃないか?」
「も、もしよろしければ自分、ヒナさんか辺見先輩に頼みますぞ?」
「ううん、大丈夫!れんくんに頼ってみる!!」
「あ、あぁ、それなら大丈夫だね!」
「うん!」
 といいつつ、れんくんが持ってるかどうか解らないけど…でも…そう思いながら、祈るように「ミーちゃん、行こう!」と一緒に三階へと向かった。

 


「おーい、霞」
「……荒木先生、なんですか…」
「央太のやつなんだけど」
「!」
「最近、授業も寝ないし、真面目に勉強してるし、凄く……って何だよ、お前そんな顔して」
「え…?」
「具合でも悪いのか?」 「いや、えーっと、大丈夫です。はい」
 そう言えば「ならいいけど……まぁ、央太のやつも頑張ってるし、お前も頑張れよ」などとよくわからない激励を貰った。
「……」
 最近、央太の様子がおかしい。
 とにかく、俺のところに来なくなった。
 いつもなら授業が終わると一目散に俺のところにきて、「かすみくん、かすみくん」とまるで犬が尻尾を振るかのように言っていたのに。
 今では自分のことは自分でなんでもして、手を差し伸べようとすると透明な壁で拒まれたかのように振り払われる。
 あの眩しいばかりの笑顔を最近では見ていないくらいだ。
「……かすみどの、大丈夫でござるか?」
「……鈴」
「最近、顔色が悪いでござるが…」
「ああ、大丈夫大丈夫」
 そう言いながらも正直まったく大丈夫じゃない。
 大体、なんで自分はこんな調子が悪いんだ。
 央太の面倒から開放されて万々歳じゃないか。いきなり夜に部屋にやってこられて「かすみくん、一緒に寝よう」とか廊下でタックルくらって「かすみくん、靴下なーい」だなんて言われないぞ。
「……」
 いや、でもそうすると央太にとっての俺の意味はなくなるんじゃ…?
 そもそも、俺達は付き合ってるのか?単に俺が好きなだけで「かすみくんだいすき、いちばんだいすき」って言葉を勝手に解釈してそのまま抱いただけなんじゃ…?
 思えば俺は央太に好きとすら、言ってない…?!
 その事実に気づいて、体中から血の気が引いていく。
 やばい、やばいどうしよう。
「りんくーん」
 そう思ってると、思ってた相手が、
「央太どの?」
「あの、ごめんなさい!」
「ど、どうしたでござるか?」
「英語辞書、貸して下さい!!」
「……英語辞書、でござるか?」
「…うぅ~突然授業内容変更になったんだよ~~」
 そう言ってじたばたとする央太に笑って、「構わないでござるよ」と鈴は教室に戻っていく。
 その様子になんで俺がいるのに俺に頼らないんだ、とか、なんで鈴を呼ぶの、とかそんなの央太の勝手なのになんだかイライラしてくる。
「っ…央太どの、すまないでござる。某も忘れてたでござる…」
「え…そ、そっか、なら仕方ないよね、ミヤくん~~!!」
「言うと思ったけど、俺もないよ」
「そんな~」
 うぅ…とうなだれる。
 そんな様子の央太にいらいらしながらも、机に入れていた青い表紙の英語辞書を央太の頭に乗せた。
「……え」
「ほら、必要だったんだろ?」
「…うぅ~でも……」
 なんで、鈴やミヤには頼むのに俺には頼れないんだと思うと更にイライラが増す。
「それとも何?俺から借りるのは嫌?」
 それで肯定されたら自分が滅茶苦茶落ち込むのに意地悪く聞いてしまう。
 そうすれば央太が断れないと知ってるくせに。
「だって…」
「だって?」
「かすみくん、オレのこと、中学生っぽいって言った!!!」
「………………………………………………………………は?」
「かすみくん、だって、オレのこと子供っぽいって言うから…オレ、かすみくんにそう思われるの嫌で…だから……かすみくんのこと、なるべく、頼らないようにって…」
 そう言う央太に
「……………そんなことで?」
 ついそう言ってしまった。
「そんなことじゃないもん、かすみくんのばか!!」
 だから靴下だって自分で探すようにしたし、ご飯だって自分で用意するようになったんだよ!と言う央太の言葉に、全ては過去の自分のせいだったと知った。
 ……いや、別に寂しかったわけじゃないし!!
「…央太どの」
「りんくん?」
「霞どのは、央太どのから頼りにされないと嘆いてたでござるよ」
「え?」
「ちょ、ちょっと、鈴!?それ、誤解だから!!」
「本当本当。央太が休み時間に来なくなったからってそわそわするしさ~」
「ミヤ!」
「……ああ、それでカスミン、お弁当余ったって言って配ってたの?」
「道理で量が多いと思ったぜ」
「それで食べる時もしょぼんとしてたんだ…」
「志朗と愛澤に辺見まで!?」
「…かすみくん?」
「違うからな、央太!ただ、最近来ないからどうしたんだろうって思ってたくらいで…」
「霞、寂しかったんだよね?」
「そうそう、さびし…って蛍!?」
「もう、霞どのも素直に言えば良いのに」
「かすみくん、さびしかったの?」
「いや、えっと…」
 そう言われて、そんなことはないととっさに言おうと思ったが、じっと見つめられてここで答えが間違ったらもしかすると「じゃあ、恋人も辞めようね」だなんて言われたら立ち直れない。
 かといって、素直に「寂しかった」というのもなんだか癪で。
「まぁ、ちょっとは」
 とごまかすように言えば後ろから6つのブーイングのあるような鋭い目線が突き刺さる。
 本当、なんでこんな時ばっかりお前ら、団結するんだよ!?と思う。


「……っ…オレも、かすみくんとあんまりいられないの寂しかった」
「っ……」
「えへへ、かすみくん、だいすき」
「……はいはい」


 後ろで愛澤が『男らしくねーぞ、鳥羽』とか悪態ついてくるが、うるさい。
 そもそも寂しいからまた来て欲しいとか、頼ってくれだなんて言えるか!
「えへへ、辞書ありがとう!!後で返しに来るね!」
 そう言って、手を振って帰って行く様子になんだか安心する。
「…蛍…」
「霞、良かったね」
「……」
 なんだかやられたような気がして、釈然としない。
 大体、中学生っぽいとは確かに言ったけどそれが悪いだなんて別に言ってなかったし。
 それを変に解釈した央太が悪い!
 そう言い訳してしまう。
 央太の、そういう子供っぽいところも好きなんだ、だなんて恥ずかしくて言えるわけがないし、確かに靴下を一緒に探すのは甘やかしすぎかもしれない。
 でも、前ほどじゃなくてもまた来てもいいんだぞとか、弁当食べていいんだぞとだけは伝えておこう。
 だって、その笑顔が自分にだけ向けられてると思うと、ほんのちょっとだけ優越感に浸れるからだなんてとても他人には言えないけれど。