「ありゃ一種の洗脳だな」
ネロとリケが楽しそうにしているのを見ているとブラッドリーがぽつりと呟いた。
「ネロとリケですか?」
「ちげえよ、あの南のちっちゃいのの事だよ」
「ミチルですか?」
ブラッドリーがグラスを傾ける。俺はそれを見ながら可愛らしい少年のことを考えていた。
本人は認めないだろうがネロがリケに甘いように、ブラッドリーはミチルに甘いと思う。彼なりに可愛がっているのだろうというのが見てとれた。
「皆で仲良くなんざ出来るわけねえんだ」
「……」
「それが本人の考えた事なら別に文句は言わねえ、だが、賢者、てめえも聞いただろ、あいつの見解」
「……はい」
「アイツ自身の本音をフィガロや兄貴に押さえつけられちまってる、んなの続くわけじゃねえ」
「……」
まぁ、てめえも仲良くって言うんだろうなとぽつりと呟くブラッドリーに「いえ」と返した。
「人間は、勝手な生き物ですよね」
「……あ?」
「この世界に来て思ったんです。自分はなんどその時限りの約束をしたんだろう、その場限りの言葉や、相手を思わない態度で相手を傷つけただろうって」
「……」
「魔法使いは誠実です。なのに力があるから恐れられる。人間と話そうとしてもそれがわかって貰えず、どうしてもわかり合えないなら、ブラッドリーの言うとおり文句言う人間を蹴散らすしかないっていう意見もわかるんです」
「……てめえ、賢者なのにそういう事言っていいのかよ」
「俺の世界でも戦争はありましたから……国の利権のために戦って、酷い時には相手の国の人を奴隷にしたり、そうじゃなくても、違う人種での差別はありますし、テロや宗教戦争、殺人なんかはありました。
同じ国の人間同士のほうが酷い事件が多いのに違う人種がそういった事をすると『外国人だから』とか『肌の色が違うから』なんて少なからず言われます。
だから、ミチルの言うとおり皆仲良くできたらいいけど、でも魔法使いのほうから人間に歩み寄ってるのに、そうできないなら決裂しても仕方ないとは思うんです。
勿論、喧嘩したり、殺人したりするのがいいという意味じゃなくて」
「……」
「アーサーやシノが捨てられたり、クロエが家に閉じ込められたり、それでも人間の事を嫌いにならないで、人間を愛してる姿を見る度に人間にそこまでの価値があるのかって思っちゃうんですよね」
王弟にアーサーが文句言われたとき、ルチルが酷い事を言われたとき、どうしてあんな酷い事が平気で言えるのかと思った。魔法使いというだけで平気で全て言えるのならば、それは人間のほうが心がないのではないかと。
ミチルだってきっとそれはわかっているのだ。
でも、ルチルと違って、ミチルはそれを理解しながらも「人間と魔法使いは仲良く」と思っているわけじゃないのはなんとなく気づいていた。
ブラッドリーもきっとそれはわかっているのだろう。
レノックスもフィガロがわざとミチルに魔法を教えないと言っていた。
シャイロックもファウストもミチルのことを案じているように見えた。
それはフィガロを皆が信じていないからなのだろうか。
自分はどうだろう。フィガロの事を自分はよくわからない。良い人だとは思う、でも信頼出来る相手だろうかと言うと正直素直に信じるとは言えなかった。
強い魔法使いだけれども、オズやミスラの言葉のように嘘がない、誠実だとは思えない。
「……もしも、ミチルが危なくなったらブラッドリーは助けてあげてくれます?」
「はぁ?ごめんだ、そんなん」
「『約束』しなくていいです。気が向いたとき、手を伸ばしてあげてくれたら」
だから、ついすがってしまう。
ルチルでも、ミスラでもなく、この目の前のミチルをミチルだと思ってる青年に。
「……」
返事をしないブラッドリーに心の中で「でもきっとこの人はミチルのことを助けてくれるんだろうな」と思った。
だって、彼は何の得もないのにミチルの世話をやいて、魔法を教えてあげてるのだ。ミチルにすがられて、彼はルチルを助けようとしてくれた。
だから、大丈夫。
そう俺は笑った。
「――――っ」
『手を伸ばしてあげてくれたら』
賢者が言った言葉をブラッドリーは思い出していた。
ぽろぽろと泣くミチルを抱きしめた。柄でもないと思いながら。
「ぜんぶっ……ぜんぶ、うそだった……!!」
フィガロを信じすぎるなと言えなかった。言ったところで聞かない事は解っていた。でも、きっと皆知っていた。
ミチルの呪文が本来のモノではないことも、そしてそうだと知りながらも『本来の呪文じゃないのに魔法を使える』という事実にどれだけの魔力が少年に秘められているのかも。
「……ミチル」
「……っ」
「俺はてめえに嘘をつかねえ」
「うそ……っ」
父のように思ってる人から裏切られていた。生まれた時からずっと。
兄は優しかった、中立故にミチルの味方にはなってやらなかった。兄のように慕っていたレノックスも。
此処にリケがいたなら別だっただろう。賢者や、ミスラ、スノウやホワイト、あるいはシャイロックやファウスト――――頭の中で此処にいない人物を思ってはでも無駄な事だと理解する。
「味方になってやる」
「……っ」
「北の魔法使いは粗暴で嫌われ者?別に構わねえだろ、南の魔法使いは嘘つきの集まりだ」
それよりはずっと、と言えば目の前の少年の目が見開いた。
「でも……」
「裏切られててめえがあいつらと仲良くなんて出来るのか?」
「……っ」
賢者が言った事がそうじゃないことくらいわかってる。
だが、ネロが自分を助けなかった事と同じように何らかの事情があることもわかってる。それでも、裏切られた人間は頭の中でわかっていても、傷ついた心は癒えない。
自分だって何千年も経過したからこそ許せた、笑って逢えた。
15しか生きてない少年にそれをしろだなんてブラッドリーは言えなかった。
震える手がそっとブラッドリーの手を取った。
泣くその顔が綺麗だと思った。子供が大人になる瞬間をブラッドリーは見た。
偽善者面してる時よりも、こうやって人を射貫くような瞳をしているミチルのほうがずっと綺麗だと思えた、好きだと思えた。正直欲しいと思えた。
南の魔法使いなんてどうでも良い。
唯一、自分の中で好きだった南の国の人間は今死んだのだから。
北の国の魔王がこの日、生まれた。予言は果たされた。