「オーエンさん、これお礼です!」
「なにこれ」
フィガロが迷子であることを教えてくれたオーエンにお礼がしたいと思った。
かといってミチルはオーエンと仲が良いわけではないし、彼が何を好きなのかすら知らない。
本人に聞くのは難しいし、と思っていたら以前リケから聞いた話で彼が甘い物が好きだという話を聞いた事を思い出した。
ミチルは料理が得意だ。
ネロほどではないが、南の国にいた時には料理はルチルが遅い時にミチルが作っていた。
一方、オーエンからしてみればミチルから懐かれる理由がわからなかった。
フィガロのいらだつ顔が見たい、澄ました顔をしていかにもこの子を守ってますみたいな顔してるくせに本当は自分の心が傷つきたくないだけのイカれた頭をしたあの男に爪痕をたててやりたかった。
だから、ミチルからお礼を言われる通りは一つも無いし、むしろ忌々しいとさえ思えた。
けれど、ミチルの手の中にある皿にはオーエンの好きなトレスレチェケーキがあった。
「賢者様から教わったんです、お口に合えばいいんですが…」
目の前の子はきっととても凄く大切に育てられたんだろう。
弱々しくて誰の保護もなければ死んでしまうほど弱い魔法使い。手を伸ばして首を締め上げればきっと死ぬ。
そうすれば、フィガロは勿論、何故かこの子を守ろうとしているミスラの鼻も明かせるかもしれない。どうせこんな脆弱な存在、≪大いなる厄災≫の役にも立たないのだ。
そっと手を―――
「……何してんだ、オーエン」
「ブラッドリー」
伸ばそうとして手を止めた。
後ろから声をかけられてオーエンはそっと手を下ろした。
「別に」
「……」
「ミチルから、これを貰ってただけ」
「……」
そう言えばミチルは嬉しそうな顔をした。
ブラッドリーは訝しげにしていたが、それでもオーエンがフォークを食べ始めると納得したようだった。
「ねぇ、ブラッドリー」
「あ?」
「君も―――」
その後の言葉はブラッドリーには聞こえなかった。
脆弱で、はっきり言って目障りだ。でも、同時にオーエンにとってミチルは新しい玩具とはちょっと違う。
突けば泣きそうなのに涙を堪えて、唇を噛みしめてこちらをにらみつけるその姿は蛮勇どころか、単なる弱者でしかない。
それでも、
「…ミチル」
「はい」
「次はもっと甘くして。ぐちゃぐちゃで吐き気がするくらいに」
「え、これ以上ですか?」
「そう」
そしたらまた食べてもいいよ、といってオーエンは去って行く。
その背中を見て、ブラッドリーは安心したようにため息を吐いた。
「お前、殺されてえのか」
「え?」
「あいつ、」
お前の首元に手伸ばしてたぞ、と言おうと思ってブラッドリーは辞めた。
わざわざ過ぎた事を怖がらせる必要もないし、それ以上に、オーエンが途中で手を止めたのが解ったからだ。
ミチルを殺そうとしたけれど、ブラッドリーが声を掛ける数秒前にオーエンは殺意を失くした。
その理由はブラッドリーにはわからないが、明確な何かがミチルを見てあったのだろう。
「……でも、オーエンさん、僕と仲良くなりたいって言ってくれたんです」
にこりと笑うミチルにブラッドリーは口では色々言うものの、ミチルが徐々に北の魔法使いへの嫌悪感を失っていることが解る。
「……そうか」
「はい!」
実際、こうしてブラッドリーが頭を撫でても嫌がらないくらいには。ミスラと喧嘩したり、ルチルと三人で出かけるくらいに。リケを挟んでとはいえ、オズと時折話す姿も見る。
ミチルは変わっている。
だから、周囲も変わっていく。たった一人を残して。
きっとオーエンもそれに気づいている。その事への憐れみか、あるいは単純にミチルを気に入ったのかは解らないが、それでもミチルに言った事は全てが嘘ではないのだろう。
少なくともミチルがそう思ってるのなら良い。
次、危なくなった時に注意してやればいいかと思った。
「そうだ、ブラッドリーさんにお土産があるんです!」
「お、貢ぎ物か」
この未来に挑むような瞳が好きだ。曇ることなく前を向いて行けたらいい。
弱くてもそれでも必死に踏ん張るその姿が挫折してしまう事が無いことをブラッドリーは信じるしかない。
それがオーエンが好きなトレスレチェケーキよりもきっと甘い事だと知りながら。