「ミチル、やめておけって…」
「なんでですか!」
元不良校には派閥がある。一つは生徒会派――生徒会長ミスラを崇める不良たちのグループ。もう一つが目の前のブラッドリー率いる巨大ストリートチームである。
もちろん細々としたチームはあるものの、大体この二つに分類される。
「あ?」
「悪いことは悪いことです!そこの人!遅刻しないでください!」
ぴぴーっと風紀委員の証拠である笛を鳴らして素通りしようとする不良グループを呼び止めてミチルは注意をする。
ほかのメンバーからしてみると朝の立ち合い検査など面倒くさいうえ、教師ですらオズとフィガロを除けば面倒だからと不良のやることは目を瞑って、否、自分が被害を及ばないように見て見ぬふりをする中、ミチルは二大不良グループのボスの一人を注意した。
周囲は『あいつ、殺されるぞ…』『かわいそうに…』と思いつつも自分たちに被害を及ばないように、と目をそらす。
「あ?なんで、俺が校則なんざ守らなきゃいけねえんだ」
「みんなが暮らすために大事なことだからです!」
ああ、終わったな…と誰もが思った。
その後も二人の言い争いが続く。ミチルがいつ殴られるか、吹き飛ばされるか、自分のことじゃないのに、まるで自分が卑怯者になったような―――否、実際そうなのだ。
自分の保身のために教師も、生徒も、15歳の正しい少年を生贄にして助かろうとしている。
礼儀正しい生徒には校則を守れ、勉強が大事だ、と言いながら自分たちは暴力の前ではどうすることもできない。
だが、言い争いが続いた後、ブラッドリーの笑い声が聞こえた。
「……おい、進学校のちっこいの」
「ミチル・フローレスです!」
「てめえ、気に入ったぜ」
目をそらしていた全員が一気に二人を見た。
言われたミチルも首を傾げた。
「てめえに免じて今日はこれを預けてやるよ」
そう言って、ぽいとミチルにブラッドリーは自身の生徒手帳を投げつけた。
「わっ」
「教師もお前の先輩もみんな見て見ぬふりしてんのに、平気で喧嘩うってくるその馬鹿なところ、俺は好きだぜ」
それじゃあな、と手を振って校舎へと行く姿にミチルはなんだ、あの人は…と思いながら生徒手帳を教師に渡した。
最も、ブラッドリーは次の日からも遅刻は変わらなかった。
しかし、その日からミチルはブラッドリーの、というか不良校の係かのように没収した生徒の手帳を返しに行くように生徒から面倒ごとを押し付けられることとなった。
今日も今日とて、ミチルはブラッドリーに手帳を返しに行く。
屋上へ行くことを最初は戸惑っていたが、今ではすたすたと歩けるくらいだ。
ブラッドリーがいなければすぐに帰ろう。
そう思って、ミチルは屋上へと続く扉を開いた。
きょろきょろと周囲を見渡すと、屯している不良の生徒が見えた。ブラッドリーはいない。
「……」
ミチルは用事がないから帰ろう、とため息を吐いて戻ろうとした瞬間、手首がつかまれた。
「……え」
「てめえ、進学校のヤツじゃねえか」
「あぁ?わんわん吠える風紀委員のガキじゃねえか」
「……っ」
いかつい顔した男がミチルの手首を強く握る。その痛みに顔を顰めていると顎をつかまれた。
「っ…なんですか…」
「よく見るとかわいい顔してんじゃねえか」
「なんだよ、穴さえあればいいのかよ」
「いっ……!!」
別の男に髪の毛が掴まれて、そのまま壁に押し付けられた。思い切り背中を打ち付けられたせいで息が苦しい。息苦しさに舌が口の外へと出た。
ごほごほっとなんとか呼吸を取り込もうとしていると、耳にビリッと布が破ける音がした。
見ると男がミチルのシャツを破いたのが分かった。
「やめてください!」
「あ?自分の立場が分かってるのかよ」
「っ!」
なんて理不尽な…と他人事のように思っていると、ミチルのほほが思い切りたたかれた。その痛みで口から血が出る。
苦しい、というよりも悔しいという気持ちが溢れてくる。
自分がもっと強ければ、もっとしっかりしていれば、目の前の不良だなんてコテンパンにやっつけてやれるのに!そうミチルは思って相手を思い切りにらみつけた。
だが、それが気に入らなかったようで髪の毛を根元から思い切り掴まれる
。
「あ?なんだよその生意気な目」
「女じゃねえのに、我慢してやろうって言ってんのになんだよてめえ」
殺すまで犯すぞ、と言われても恐怖は不思議となかった。ただ、絶対に後で倍返しにしてやるという気持ちだけがあった。
だが、体は感情を裏切ってミチルが床にへたり込む。目の前の相手がジッパーを下す音が聞こえる。そして―――
人が吹き飛ぶ音がした。
「……」
ミチルが顔をあげると、そこには見知った顔がした。
「ブラッドリー……」
吹き飛ばされた男の仲間が男の名前を呼んだ。
ブラッドリーがミチルを見た。そして舌打ちをして、ミチルに自分の学ランのジャケットを被せた。
「着てろ」
「……え」
「それから目瞑って耳塞いでろよ」
そう口にしてブラッドリーがミチルから遠のく。その背中にミチルは見惚れる。
地下ファイトの王者なだけあって、ブラッドリーの一方的な喧嘩、どころかもはや私刑だった。
相手の悲鳴が喉が潰れているんじゃないかと思うくらい耳障りで、壊れたレコードのようになっていく。骨が折れる音が聞こえる。ミチルが本来聞くべきじゃない声。
血がまるで紅の花のように舞うようだった。
ミチルはそんなブラッドリーの姿が―――綺麗だと思った。
最後に屋上から二人の男が落ちていくのが見えた気がしたが、どうでも良いことだった。
ブラッドリーはやってきて、ミチルの殴られた頬に触れた。
「大丈夫か?」
「……ブラッドリーさんって」
「なんだよ」
「喧嘩強いんですね」
「……」
「正直、ちょっと格好良かったです」
そう言うとブラッドリーが怪訝な顔をした。
「僕、何か変なこと言いました?」
「……んな場合じゃねえだろうが」
「は?」
なんだろう、と思っていると、ミチルの体がふわりと宙に浮いた。慌てて自分の事態を確認するとミチルは自分がブラッドリーにいわゆるお姫様抱っこされていることに気づいた。
「え?……ええ!?」
「いいからつかまってろよ」
「え?ええ!?」
ミチルは知らない。
いつもなら自分に会いにくるミチルが来なくて、屋上に行ったのではないかと言われて慌てて向かえば男二人に犯されているミチルがいて相手を殺してやろうと思ったことなど。
そして、喧嘩した自分を見られて心底嫌われたかと焦ったら、まったく別のことを言い出すのでうれしいけどそういう場合じゃないだろうと思ったことなど。
「……あ、そういえば、僕、ブラッドリーさんに生徒手帳返しに来たんですよ!」
「あー」
「もう、聞いてるんですか!」
「聞いてる聞いてる」
「もう!……っ」
「…頬殴られたなら、口の中キレてんだろ、黙っておけ」
「……」
そう、なだめる声にこくりとうなづく。
そして、フィガロのいる保健室へとミチルは連れていかれた。
「あれ、ミチルどう……え、ええっ!!」
「あ、フィガロ先生」
「何して…ってブラッドリーまさか、君が…」
「ちげえよ」
さっさと治療しろと言って、ゆっくりとブラッドリーがミチルを優しくベッドへと下した。
ことの顛末を伝えるとフィガロは渋い顔をしてミチルを見つめた。
「ミチル、これでこりたでしょ?」
「え?」
「不良校の生徒は恐くてどうしようもないんだよ、だからこれからは―――」
「恐くなんてないですよ」
「……ミチル、あのね強がりは…」
保健室に運ばれてきたミチルを見た時、とうとうやられたか、と思った。
殴られた頬、ボタンの契れた無理矢理破られたであろうシャツ、背中には内出血もあった。
不良校相手だと大した事ではないとは言えるかもしれない、それでもフィガロはこの無謀なところがある生徒が心配だった。
見て見ぬふりが出来ないのだ。
理想を追い詰めすぎている。そう思って、強がりはやめてなさい、と言おうと思ったが、ミチルは頬を赤らめて、何かを思い出していた。
「……ブラッドリーさん、凄かったなぁ」
「……え」
「僕、喧嘩って初めて見たんですけど、あんなに見ててドキドキするものなんですね!」
「……ミチル?」
ミチルの様子が違う意味でおかしいと思った。
まるで初恋を体験した処女のような、あるいは初めての戦場を経験して血が高ぶっている少年兵のような、『優等生』のミチルではけして言わないようなこと。
「……喧嘩はよくないものだよ」
「!も、もちろん、喧嘩は最低ですよ!でも、今回は……」
「?」
「今回は、僕を助けようとしてくれたものだから……いつもの、喧嘩、じゃないです」
そう言うと、「そっか」と言った。
此処に慌ててブラッドリーが運んできたときも「ミチルの事怪我させたの?」と聞いてしまったがよくよく考えればミチルを彼が怪我させたなら放っておくだろう。
ミチルがすぐに「僕を助けてくれたんです!」と言って事情はわかった。
ブラッドリーはミチルの治療が終わるまで待って送っていくと言っていたが、ミチルにはルチルという兄がいるため、ブラッドリーよりもルチルに知らせるのが筋だろうと考えた。
「ほら、終わったよ」
「はい、それじゃあ―――」
「待って、ミチル」
「?」
「もうすぐ……」
ドタバタと廊下を走る音が聞こえる。
「ミチル!」
「あ、兄様!廊下は走らないでください!」
「ミチルってば、そういう場合じゃないでしょ!先生からミチルが怪我させられたって聞いて……ああ!!」
「兄様?」
「ミチルのほほ、傷ついてる……」
傷つけられた本人よりも痛そうな顔をするルチルにフィガロは苦笑した。
「……兄様、大丈夫ですよ」
「でも……」
「大丈夫です、本当に大丈夫……」
そう言ってもしもブラッドリーが来なかったら自分はどうなってただろうか、と思う。
ルチルをもっと泣かせていたかもしれない。そう考えて、ミチルは強くなろうと思った。ルチルを泣かせなくていいように。
そう思ってミチルは自分にかけられた、ブラッドリーの上着を握りしめた。
家に帰ると母も父もひどく心配して、母は誰かに電話をしていた。
ミチルは頭のどこかが冷めていて、兄が心配してくれるたびに申し訳なさだけが募った。
「……」
目を閉じても思い出すのはあの私刑のことだけで、本来ならばそう思うべきではないのにミチルはただただきれいだと思ってしまうのだった。
翌日、結局なかなか眠れなかったミチルはブラッドリーにお礼も兼ねて弁当を作った。
野菜が嫌いだ、とか前言っていたような気がするので肉を多めに作ったそれは非常に見栄えが悪いが、喜んでくれるなら、と思って心を躍らせた。
学校に行けば当たり前だがリケに心配された。
大丈夫かと兄と同じくらい心配するリケに「心配性だなぁ」と思いつつそれが少しだけうれしい。
「ミチル、心配なのでやはりミチルも一緒に行きましょう」
「大丈夫ですよ、リケ」
「でも……」
もうべったりくっついて、ミチルの世話を焼いていたリケだったが昼休みはどうしても生徒会の用事があり、そちらに行かなければならない。
ミチルを置いていきたくないと顔にしっかり描いているがミチルは「ほら」とリケの背中を押した。
「……うぅ、ミチル、ちゃんと無理しないでくださいね」
「はい、大丈夫ですよ、リケ!」
「……はい」
そう言って、生徒会室へと向かうリケを見送ってミチルは弁当箱を持って屋上へと歩きだす。
この行為自体が周囲から見ると止められるような行為なのだが、ミチルは気づかない。
屋上へと向かう階段の途中、知ってる声が聞こえてミチルの心臓が速くなる。
扉に手をかけた。
開いて彼の姿を見つけたと同時に、
「やっぱり、ネロの飯が一番美味ぇわ」
「おい、ブラッド!やめろって!」
その声が聞こえて扉を開く手を止めた。
嬉しそうに笑うブラッドリーの顔と、じゃれあう友人。
遠くからでも手の込んだ弁当だとわかるそれと、耳に聞こえるブラッドリーのうれしそうな声にミチルは扉を開いた。
なんだか、自分が持ってるお弁当がみじめに思えた。
ミチルは昨日殴られた時よりもなぜかずっとずっと胸が痛くて、自分でも気づかないうちにぽろぽろと涙が溢れてきた。
「……なんであなたがここにいるんですか」
「え?」
「懲りない人ですね、昨日、殴られたと聞きました」
誰だろうと思って顔をあげると、そういえば兄とよく話してる人だと思った。不良校の生徒会長だっただろうか、そんなに話したことがないので知らないけれど。
「えっと……」
「泣いて、なんですか?また誰かに殴られたんですか?」
「あ……」
その時に初めて自分が泣いてることにミチルは気づいた。
「いえ、これは……」
「はい?」
「お弁当、二つ間違えて作っちゃって」
「はぁ……」
「あげようと思ったんですけど、貰い手がなくなっちゃって…」
何をバカなこと言ってるんだろうと思った。
自分でも意味が分からないと思った。どうようもない強がりだと思った。
「だ、だから……す、捨てようと思って…」
ああ、情けない。
声が震えていた。
自分でなんとかしろ、なんとかもとに戻せと思うたびに声が震える。
涙が流れてることに今では自分でも気づく。ああ、なんてひどいんだろう。
「……なら、もらっていいですか?」
「え?」
「お腹がすいていたので丁度いいです」
「はぁ」
「なのでください」
ください、と言われる男に、ミチルは「まぁどうせ捨てるものだしいいか」と思った。
「いいで
「おい、それは俺のモンだ」
だが、その瞬間、後ろに思い切り寄せられた。
誰が?と思う瞬間、
「ブラッドリー」
目の前の不良校の生徒会長がその相手を呼んだ。
「ミスラ、てめえ、何こいつに手出してんだよ」
「別に何もしてないですよ、そもそもこの子に何かするとチレッタがうるさいので」
「……え」
その名前にミチルが「なんで母様の名前を?」と疑問に感じた。
しかし、ミチルが尋ねる前にブラッドリーが声を話す。
「そういう意味じゃねぇ、こいつは初めて見た時から俺のモンなんだよ」
「はぁ?誰のものでもないでしょう。そもそも弁当だってこの子がくれるって言ったんですよ」
「……ちっこいの」
「え」
「てめえ、ミスラのこと好きなのか?」
「へ?」
どうしてそういう話になるんだろうか、とミチルは疑問に思ったが「初めて会った人ですけど」と言えばブラッドリーがさらにムスっとした。
「なんで、その相手にてめえは料理なんて作ってやってんの」
「……えっと」
それはブラッドリーに渡そうと思ってやめたからなのだが、それを本人に言えばさらにややこしくなることだけはわかった。
「……捨てようと思って」
「思って?」
「そしたら、この人がもらってくれるっていうから」
「だから」
「……それだけですよ、はい」
「はい、それだけです」
「……どうせ捨てるならオレのとこに持ってくればいいだろうが」
「は?」
どうしてそうなるんだろうか。
大体、この人さっき食べてたじゃないか、この目で見たぞ、と思った。
一方のブラッドリーもネロのご飯をつつくだけでは高校二年の青年が足りるわけもなく、購買で何か買うか、とネロと一緒に屋上から降りてくれば思い人が自分と敵対してる男と一緒にいたのだ。
昨日のこともあるし、さらに言えば、それがなくても気が気じゃない。
もう、いっそ昼休みと放課後になったら連行したほうがいいのではとさえ思えてきた。
そんなお互いの気持ちを知らず、ミチルはさらなる行動をとる。
「い、いえ、ブラッドリーさんには渡せないです!」
「はぁ?」
「こ、これ、生徒会長にあげます」
「はぁ?」
「ああ、ありがとうございます」
「……」
そう言って渡すと、ミスラは満足して去ろうとした。
「ミスラ」
「なんですか、ブラッドリー」
けだるげにミスラはゆっくりとこちらを向いた。
だが、ブラッドリーの顔を見て「ああ」とすべてを理解したようだった。
ブラッドリーの来た方向から先ほどの友人が慌てて肩を握った。
「ブラッド!てめえ、止せって!」
「…止めても無駄みたいですよ、ネロ」
残念でしたね、とはぁとため息を吐きながらも不良校の生徒会長は上着を投げ捨てた。
ばさりと蝶が飛び立つように軽やかに床に落ちるそのしぐさにミチルは目を奪われた。
「……てめえは、見るんじゃねえ」
「え?」
喧嘩を見るなという事だろうかとミチルは考えた。
「ネロ」
「……あぁ、もう……」
「ちっこいの連れて、どっか行けよ」
「いや、お前……」
ネロ、と呼ばれた人物がミチルを優しく寄せてくれた。
見上げると優しそうなその顔は不良校にはひどく不釣り合いに見えた。
「いえ、ネロ。その子は知り合いの子なので連れて行かないでください」
「ミスラ……」
「そもそも、まだブラッドリーのものじゃないんでしょう?」
「てめえのもんでもねえだろうが」
「まぁ、そうですけど」
ネロがため息を吐いて、「ああ、どうしたら…」と口にする。
そこでミチルはやっと気づいた。
自分のどうでもいい弁当を奪いあって、今、不良校の2トップが喧嘩をしようとしているなんとも下らない事実に。
「あ、あの!」
「あ?」
「はい?」
「あの、僕、お弁当もう一つあるので、ブラッドリーさんにもあげます!」
くだらない自分の意地によって今、学校が崩壊しようとしていることだけはミチルにも理解できた。
「……」
トコトコと二人の間にやってくるミチルを見て、ブラッドリーは『そうじゃねえんだよな…』と思った。
どうにも、この一つ年下の少年には伝わらない。
ミスラもブラッドリーもはっきりいえば女には不自由しない。
どれもこれも頭も軽ければ、尻軽の、とにかくどうしようもない女だったがそれなりに勝手に寄ってくるのだ。
もちろん、喧嘩のほうが好きな二人としてはそのあたりはどうでも良かったのだが、ミスラは知らないが、ブラッドリーはミチルのことを初めて言い争った時から気に入ってるし、願わくば自分のものにしたいと思ってる。
そんな相手が自分以外の男―――しかも、自分のに、自分も食べたこともない弁当をあげてるとなればそれは嫉妬して仕方ないのだがどうにもミチルには伝わらない。
同性同士だからなのか、あるいはミチルがとんでもなく鈍いのか。
「……」
じっとミチルに見られて、ブラッドリーはやむを得ないと折れた。
『ブラッドリーのものじゃないんでしょう?』
ミスラに言われた言葉が頭でこだまする。
無理やり抱いて、自分のものにするのは簡単だ。
でも、ブラッドリーはこのミチルの何も恐れないで向かっていく無謀ともいえる強い瞳が好きなのだ。
この瞳が曇るのならば、それは手に入れたとしても意味がない。
それに出来るなら、自分に惚れさせたいという男としての矜持もある。
「なら、屋上で食べましょうか」
「は、はい!」
そう言って、ネロはミチルを挟んで歩いていく二人を見て、「あの一年……かわいそうに…」とミチルのことを同情した。
最も、後にネロがミチルからこうなった理由がネロのお弁当がおいしいかったからこうなったという事実を聞いて申し訳なさと、「ブラッドの自業自得じゃねえか…」と思い、人のお弁当奪わなければ割とこの時点でミチルを手に入れられてたんじゃないのか、とか、苦労することにならなかったんじゃねえのとか、思うことになるのはまた別の話。
そして、その様子を見ていたモブ生徒からまたもやうわさが流れ、
「風紀委員のミチルってブラッドリーとミスラに気に入られてるらしいよ」
「え、オレはブラッドリーの女だって聞いたけど」
「えぇ、私はミスラの恋人だって聞いたよ?なんでも、ミスラってミチルのお母さんにお世話になってて、そのお母さんに決められたんだって!」
本人たちの知らないところで勝手に尾ひれのついたとんでもない内容になっていくのだが、
「…ミチルってかわいい顔して怖いんだね…」
「風紀委員で真面目だと思ったのに…」
「オレ、逆らわないでおこう…」
まさか、裏番長的な扱いに勝手にされている事実にミチル本人も知らないのだった。