秘密の中庭




 ルチルと違ってミチルとは彼が魔法舎に来るまで会った事すら無かった。
 言われて見ればチレッタと似ているルチルと違って、ミチルはチレッタの息子なんだなとは思うものの、それでも特に何かを感じる事はなかった。
 もっと静かな子だったら楽だったのにとか、せめて自分の身くらい守れるような強さがあれば良かったのにとか思うくらいだった。
 ルチルと違って北の魔法使いを嫌うミチルはミスラにまったく懐かない。
 別に気にする事は無いし、ミスラにとっては守るべき対象ではあるが、別にミチルに特に思う事はなかった。
 ただそこにいるだけ、ただいるだけの存在。
 チレッタが命がけで生むだけの価値があったのかと聞かれたらきっとミスラは「ない」と答える、そんな弱い魔法使いだった。
 


 それを見るまでは。
「……うるさい」
 寝たいのに寝れない。
 大いなる厄災の傷は、今日もミスラを蝕んでいく。
 眠れないくらいでは死なないが、睡眠不足であるということは魔法使いであっても脳に異常を発するようだった。
 賢者に手を繋いで貰えば寝れるとはいえ、毎夜行っているわけではない。
 賢者に許可を貰う必要はないので毎日勝手に手を繋いで寝てしまえばいいのだが、それでも心から賢者が思いを込めなければいけないというのは実に厄介だった。
 少しでも人の心が解る人間であれば誠意を込めて頼めばいいと言うのだろうが、人の心を理解できないミスラがそんな事ができるわけがなかった。
 結局、今日も眠れないミスラは何者かの寝息に腹立たしく感じて息の根を止めてやろうと音のする方向へと向かう。
 そこで見たのはベンチに座るミチルだった。
 ミチルならば、殺せないのでいらだちを更に増幅するミスラだったが探し人はミチルではないようだった。
 ミチルの膝に男が眠っていた。ルチルではなく、ましてやミチルと仲良いとは思えないような人物はミスラと同じ北の魔法使いだった。
 木漏れ日に照らされて、二人しか居ないような場所には遠くで聞こえる小鳥の声と風に揺らされた木々の音しかない。
 そんな中、ミスラが知る限り喚くか喧嘩を売るかのどちらかしか見た事ない。ミチルは黒白入り交じった髪の毛を撫でる。
 嬉しい、楽しい、そんな感情とは別の感情を乗せた瞳でミチルは男を見つめていた。
 細い脚では男の頭は重いだろうに何も不満などなさそうにずっと笑っている。
 それを見た瞬間、ミスラは心臓に空洞が空けられたような気持ち悪さを感じた。



「……っ」


   突然、男が起き上がり銃を手にした。
「ブラッドリーさん?」
「……」
 慌てて振り向いてミスラを淡赤色の瞳が捕らえた。
「ミスラ、何の用だ」
「……暢気に寝てるからオレへの嫌がらせかと思いました」
「てめえが勝手に来ただろうが」
 ミチルを見るとミスラのよく知る嫌悪感を持った顔でこちらを見ていた。それを見てミスラは先ほど感じた感覚が気のせいだったと解った。
「……その子」
「ちっこいのがどうかしたのか」
「死なれたら困るんですけど」
 そう言えば、ブラッドリーがミチルを手放すと思った。だが、ブラッドリーは眉をひそめて、「誰が殺すかよ」と言って、ミチルに声をかけてミスラから離れていく。
 ミチルはミスラを一瞥して、それからブラッドリーの背中を追いかけて、二人は並んで歩き出す。
 その様子にミスラは心臓が攻撃されたかのように痛み、更に何かが奪われたかのように空虚な感覚を感じる。
 初めての感覚では無い。チレッタと話しててたまに感じたもの。だから、自分は腹でも減っているのだろうかと納得する。


 何か食べものを探そうと、ドクロを出現させる。


 チレッタに与えられたものを見て、彼女に似ていないほうの息子の、先ほど見た表情を見て、ミスラは更に腹を空いた。
 その日は、食べても食べても、体の中身が埋まらず、結局寝る事も出来ずに終わった。