肉欲と愛情

 同情だったのか、単なる好奇心だったのか忘れた。
 やる気があるのに、強い魔力があるのにまったく師匠からあべこべな事を教わる姿が哀れだと思った。
 結局、フィガロがいない時に教えてやることにして、徐々に認識が変わって、多分、本当に些細な気の迷いだった。
 土砂降りの雨で、早く乾かさないと風邪引くなとか、周囲に怒られるなとか思って、なんだか濡れた姿に引き込まれるように触れていた。
 目を見開いたけれど、拒否はしなくて、そのままベッドに引きずり込むようにかき抱いた。
 翌朝、やばい事をした、と思ったけれどもすやすやと横で眠るちっちゃいのは最初は顔を真っ赤にさせていたが特に気にしないようだった。
 それからこっちが誘えば当たり前のように最上階の部屋に来るようになって、そういう事をする時もあれば、自分の武勇伝を話したり、ただソファですやすやと眠る日もあった。



「ねぇ、ミチル」
「なんですか?フィガロ先生」
「最近、夜部屋にいないよね、どうかしたの?」
 その言葉に少しだけ肩を揺らした。
「ど、どうしてですか?」
「夜、時折ミチルの部屋に行ったらいないし、ルチルやリケや賢者様の部屋にもいないよね」
「そうだよミチル。食堂にもいないし何処に行ってるの?」
「べ、別に少し出かけてるだけですっ」
「出かける?夜に?」
 冷ややかに目が細められる。
 フィガロなりにミチルを大切にしているのだろう、とはわかる。けれどそのやり方が良いとは思わなかった。
「ミチル……一人だと危ない。もしも行くなら誰かに声をかけたらいい」
 レノックスに諭されるように言われた。
 でも、少しだけ考えて、「大丈夫です!」と口にする。
「え?」
「ブラッドリーさんに付き合って貰ってるんです!だから兄様とフィガロ先生が心配しなくても大丈夫ですよ!」
 ブラッドリーの部屋に行って、付き合ってるのは嘘じゃない。ちょっと皆に言うのは恥ずかしい事をしてるだけだ、と少しだけ頬を赤らめて告げる。
 だが、フィガロは更に目を細めた。
「ブラッドリーか」
「はい」
「なら、安心だ」
 だが、レノックスはミチルの味方になってくれたようだった。
「え、どうして?だって彼は北の魔法使いだよ?」
「ミチル。ミチルはブラッドリーさんと仲が良かったの?」
 ルチルもコレには少し驚いたようだった。いつのまにそんな、仲良くするのは良い事だとわかっていても弟の急な成長に驚愕したのだろう。
「……ブラッドリーは復興を手伝ってくれます」
「それは知ってるけどさ、それにしたってミチルと仲良くするきっかけなんてあった?」
「兄様だってミスラさんと仲良くしてるじゃないですか」
「それはそうだけど」
「それに、ホワイト様やスノウ様も優しいし、リケやアーサー様に接してるオズ様も親切だなって思うし、ミスラさんは兄様をとられちゃったみたいでちょっとアレですけど……でも護ってくれるのはわかるし、嫌いじゃないです」
「……そっか」
 その言葉でルチルは弟が魔法舎に来て成長したと思ったのだろう。でもフィガロの心は穏やかではなかった。
「うーん、でも夜寝顔を見に行ったらいなかったよね?」
「そ、それは、お部屋で遊ばせて貰ったら寝ちゃっただけです!」
「ブラッドリーの部屋で?」
「そ、そうです!」
 嘘じゃないのでそう言うが、フィガロはじっとミチルを見てた。
「ミチル」
「はい」
「彼は犯罪者だ」
「……はい」
「なのに信じるの?ミスラやオズと彼は違うよ?」  今までのように、まるで蝕むようにフィガロはミチルにそっと話しかける。今までだってそうだった。そうするのが正しい、フィガロを信じるのが正しい。そうミチルに教え込むように言う。
 だが、
「でも」
「……」
「でも、ブラッドリーさんの言葉には嘘がないです」
「っ」
 その言葉は意図していないのだろうが、フィガロは嘘をついてる、と言いたげだった。
 魔法舎に来て、ミチルが色んな人間に教わってるのは知っていた。
 だから、わかってしまうのだろう。フィガロは敢えて強い魔法を教えない事を。否、元からそのことをミチルは自分できづいてた。
 認めたくなかっただけだ。でも、色んな人と会って、ミチルは前へと進んだ。
「盗賊だって言ってたし、暴力的なところはあるけど、理由なく傷つけたりする人じゃないです」
「……ミチル」
「……」
「裏切られて傷つくのはミチルなんだよ?」
「……裏切ったりしないって、約束はしてないけど、言ってくれました」
「……」
「だから、ブラッドリーさんは悪い人じゃないです、いい人、でもないけど」
 逆らわれたのは初めてだった。
 否、色々言われる事はあった。でも、ミチルの為だといえば、フィガロの言う事をミチルは今まで信じていた。
 なのに、どうして。
 少しだけ仕草が大人びたミチルを見ながらフィガロは何を間違えたのか、どうしたらいいのか見つめていた。そして、ミチルの首筋には、大きな虫刺されの痕があることに気づいた。
 それが意味すること、そしてそんなこと、どうでもいいことだと自分でかつて言っていた筈なのに、頭から冷や水を被せられたような気がした。