LOVER

「どうしてそういう言い方するんですか!」
「てめえがしつこいからだろうが!」
「しつこくなんてないです!」
「いつもいつもうるせえんだよ」
「いつもって……!」
「別に構いやしねえだろ、これでてめえに迷惑かけたことあるかよ」
「でも、」
「大体子供がギャーギャー文句言ってるんじゃねえよ」
「…子供」
「おめえが特に何もしてねえならいいだろ、別に」
「……」
「なんだよ、何も言えねえならこれで…」
「ブラッドリーさんは……」
「あ?」
「ブラッドリーさんは結局、僕のことじゃなくネロさんのことが好きなんじゃないですか!」
「……は?」
「もういいです」
「ちょっと待て、てめえ」 「今まで子供に付き合ってもらってありがとうございました!」
 そう言って、食堂から振り返ることなく去っていくミチルに呆然としているブラッドリー。
「……」
 追いかけないのかと思ったがさすがのブラッドリーも別れ話をされたことで脳がショートしているようだった。
「ブラッドリー」 「……」
「ミチルと別れるんですか?」
 周囲がどうしたらいいのか困っている中、―――否、フィガロだけは嬉しそうに祝い酒を用意し始めたが――賢者はブラッドリーに静かにそう問いかけた。
「別れねえよ!!」
 賢者の言葉にやっと我に返ったブラッドリーが叫んだ。



「……ブラッドリーさんの馬鹿…」
 一人になると、我慢していた涙がぽろぽろと流れてあふれ出してくる。
「……僕の馬鹿…」
 言わなければよかったのに。我慢してたらよかったのに。そう思いながらもどうしても溢れ出てしまった。
 そもそも、自分たちは恋人なのかと聞かれたらそうじゃない気がする。
 ブラッドリーの言う通り子供な自分だけがのぼせ上っていて、相手はただ子供の相手をしてくれてただけかもしれない。
 そう考えるとなんだか腑に落ちた。後で会ったら意味の分からないことを言ってごめんなさいと謝ることにしようとミチルは決めた。
 だって、ブラッドリーの一番が自分じゃないことなんてずっと知ってる。二番目ですらきっとない、100年経過しても、1000年経過しても自分は彼のことを忘れないけど、彼はきっと自分の名前を忘れるだろう。
 そもそも名前自体知ってるのかわからない。
 長い人生でたまたま、少しだけ関わった子供が自分だったというだけなのだろうと思うとあまりにも合点がいく。そうミチルは自分に言い聞かせるが言い聞かせれば聞かせるほど自分がひどくみじめになっていくのが分かった。
  「ミチル」
「っ……」
 涙を流すミチルに声をかけてくれたのは―――ミスラだった。
「……ミスラさん…」
「何泣いてるんですか」
 ルチルがさがしてますよ、という言葉にどうしたものかと思った。
「……聞きました、ブラッドリーと別れたらしいですね」
 まぁどうでもいいことですけど、と言いながら隣に座ってくる。
「……」
「……」
「……あの?」
「良かったじゃないですか」
「……」
「もう、泣かなくてすみますよ」
 そう言われて何を意味してるのかと理解した。
「……ミスラさん」
「はい」
「慰めようとしてくれてます?」
「はぁ?慰めるって何ですか」
 ただ事実を言っただけですけど、と言われて少し優しいと思ったのに……と少しだけ残念な気持ちになる。
「チレッタも同じでした。恋だの愛だのよく解らないことばかり」
「……」
「貴方を見ていると更に解りませんよ、やたら泣くくせに、それなのにあの男がいいと言うんですから」
「……確かにそうかもしれませんけど……」
 出会ったばかりの頃なら「母様のことを悪く言った!」と言っていたことだろうが、少しだけ成長した今だと、彼なりに真剣に考えているのだろうなとミチルも解る。
「……なら、どうして恋なんてするんですか」
「……恋を、したくてするというよりは」
「はい」
「自分自身を見てくれるのが嬉しかったから、でしょうか」
「……貴方を?」
「……」
 お前は頑張ってるなって言われるのが嬉しかった。他の人に言われるのとは違う気がした。
 お前は努力してる、お前は間違ってないと背中を押されるのが嬉しかった。好きになってはいけないと理性がいっても、感情が求めた。盗賊に盗まれた。
「……俺も見てますけど」
「そうじゃなくて……」
「まぁ、面倒ですけど、夜寂しいのならベッドを温めてあげてもいいですけど」
「え……」
「別に貴方、別れたんでしょう?」
 ならいいじゃないですかと手を伸ばしてくるミスラにミチルは顔を顰めた。
「だって、ミスラさん」
「何ですか」
「……なんか、下手そうだし……」
「……」
「……」
「は?」
「だって、痛くしそうだし……」
「……」
「……」
 だからいいです、と言おうとすると、ずいっとミチルの顔にミスラの顔を近づけてきた。
「腹が立ちますね」
「ひゃっ!!?」
 まずいと思うと、気がつけばミチルは空を見つめていた。自分が地面に押し倒されたのだと理解した。
「こ、こういうのは」
「こういうのは」
「好きな人とする……もの…」
 そう言って、またミチルの大きな薄緑がぽとりと涙を流した。
「……」
「……あ、あれ?」
 ぽろぽろと涙を流すミチルにさすがに襲う気がなくなったのか「はぁ」とため息を吐いてミスラが体をどかした。そして、「ミチル」と名前を呼ばれた時に、「ミスラ、何してるの」と声が聞こえた。
「フィガロ」
 今度は自分の恩師がいた。
「フィガロ先生」
「ミチル」
 そう言って、ミチルに視線を合わせる。隣では「ミチル、この男は信頼しないほうがいいですよ」とミスラが口にした。
 頷きも返事も返さなかったが、ミチルは15年という人生でよくそのことを知っていたので心の中で「知ってます」と言った。
 予言のことを考えたら仕方ないとはいえ、北の魔法使いへの偏見や、南の魔法使いとしての生き方を植え付けられたミチルが自分の足で歩けるようになったからこそ、色々思う。
 もう信頼はしていないが、それでもミチルにとってフィガロは恩師だった。大切だし好きだと思う。
 最も、
「ブラッドリーとやっと別れたんだね」
「フィガロ先生……」
「ミチル、ミチルにはフィガロ先生がいるじゃない」
 だから元気を出してというフィガロに、「ミチル、この男は信頼できませんよ」とミスラがやはり言った。今度はミチルも頷いた。
「ミチル……まだ怒ってるの?」
「フィガロ先生の事は好きですけど……」
「ミチル…」
「でも、もう尊敬はできないですし…」
「酷い!」
「当たり前でしょう」
「ミスラは黙ってて」
「……先生」
「うん?」
 ミチルの手を握ったフィガロをミチルはじっと見つめた。
 もしも、南の国に居た頃、同じ言葉を貰っていたならきっとミチルはフィガロを選んでいたと思うし、フィガロを好きだと思っていたと思う。それくらいには好きだった。
 父親のように慕っていたし、大切に思っていた。でも、魔法舎に来て、ミチルは南の国では知らなかった事を知った。
「……遅いですよ」
「……」
「もしも、もっと早く言ってくれたら僕、フィガロ先生の事が好きでした」
 狭かった世界を知った。色んな考えを知った。魔法使いの在り方を知った。自分の運命を知って、傍に居た人達の本当の姿を知った。
 自分の考えが変わって、辛くて苦しくて、それでも生きていかなきゃいけなくて、その中で―――恋をした。
「ねぇ、ミチル」
「……」
「ミチルは、ブラッドリーのどこが好きなの?」
「……」
「北の魔法使いの中でもあの男は囚人だし、きっと牢獄を出た後も生き方を変えないよ」
「……」
 知ってる。
 ずっとずっと好きになってから何度も自分でも思っていた事。
 好きなのは自分ばかりで、一つも振り向いてくれなくて、そして、こうやって今だって自分を追いかけてくれなんてしない。
 それでも、好きになったのは―――
「僕は―――」
 ミチルが口をゆっくりと開こうとした。
「ミチル!」
 その瞬間、後ろから抱きしめられた。
「兄様?」
「もう、探したんだよ?」
 ぷんぷんと音が聞こえてきそうなほど頬を膨らませてルチルはミチルを見つめた。
「……ごめんなさい」
「ううん、いいの」
「……」
 立ち上がってキョロキョロと見回すけどやっぱり想った人はいなかった。
 その様子に少しだけミチルは寂しくなりながらも、不器用にも歪な笑顔を作った。



「あの野郎……」
 賢者の言葉に慌ててミチルを追おうとした瞬間、胡椒を投げつけられた。
 おかげで謎の森へと飛ばされることになった。
「あいつ、人がいない間に手出してるんじゃねえだろうな」
 最後ににこやかな笑顔でこちらを見てきたフィガロの顔を思い出しながらブラッドリーは舌打ちをした。
 ミチルの泣き顔が頭から離れない。
 一度だってミチルとネロを比べたことなんてない。
 ミチルはミチルだし、ネロはネロだ。
「ったく、どうしてこんな話になったんだ」
「……ブラッドリーが野菜を食べないからじゃないですかね」
 賢者の突っ込みにブラッドリーは口を閉ざした。
「ミチルが折角作ってくれたサラダを残しちゃうんだもんね!」
「あーんまでしてくれたのに『いらない』とかいうからだな!」
「まったく、情けない一口くらい食べればいいのに」
「……仕方ない、苦みが苦手なのは子供と一緒だから…」
「おい、賢者」
「はい」
「なんで、人の捜索にこいつらも一緒にいるんだ」
「スノウとホワイトが追うなら護衛が必要だって言ってくれたんです!」
 そう力んで言う賢者の近くにはなぜかクロエ、カイン、シノ、レノックスという謎のメンバーがいた。
「仕方ないだろ、ほかのヤツらはお前のことを放っておけっていうんだから」
「あと味方してくれるのなんてアーサー様とラスティカくらいだからな…」
「もう、早く帰って早く仲直りしようよ!」
「……ミチル…泣いてた」
「だぁああああ、うるせえ!」
 そう、もともとミチルに野菜を食べろと言われただけだった。それで口論になって最終的になぜかわけのわからないことになってしまった。
 こんなことなら一口だけでも食べておけばよかったとブラッドリーも後悔している。
「で、どうするんだ」
「あ?」
「今頃、口説かれてるかもしれないぞ」
「……問題ねえよ」
「え、ないの?」
「誰かに奪われたら、奪い返す」
「わぁ、格好良い!」
「クロエ……」
 ニコニコと笑うクロエとは反対にあきれるシノを見て賢者は微笑ましいとにこやかに笑う。
「でも、それなら土産でも贈ったらいいんじゃないか?」
「ああ」
「だって、ネロのカトラリーってあんたの贈り物なんだろ」
 そう言われて、ブラッドリーは足を止めた。
 贈り物というよりは盗品の山分けだ。それを言うといろいろ問題が起こるので言わないが、確かにそういわれてみればそうかもしれない。
 でもそれならばミチルにだって土産を渡している。呪われた人形を。
「……ミチルは、ブラッドリーから何かもらったらすごいうれしいと思いますよ」
「そうか?」
 人形だってリケが「いらない」というからミチルの部屋にあるだけではないだろうか。あれで礼儀正しいので捨てるのは忍びなくてとってあるだけなのでは、と。
 けれど賢者は知ってる。ミチルの部屋にある瓶詰めの銃弾。
 たぶん、ミチルは気づいてなかったかもしれないけど、ずっと―v――
。  そう思うと早く二人が仲直りできたらいいと思うのだ。
「ブラッドリー」
「あ?」
「あのね、その……ラスティカはいっぱい、俺にものをくれるんだ」
「ああ、あの西のでっかい兄ちゃんならな」
 ニコニコと笑って『クロエ』と優しく甘い声で目の前の少年を呼ぶ彼を思う。
「でも、それは欲しいものを渡されたからじゃなくって、ラスティカが悩んで、そして渡してくれたっていうだけで本当にうれしいんだ」
「……」
「きっと、ミチルだって一緒だよ!」
「……」
「ブラッドリー、クロエは仲直りのプロだぞ。オレとヒースが喧嘩するといつも取り持ってくれる」
「……お前らは喧嘩しすぎじゃねえのか」
「あはは、確かにな!でも、クロエの言うことは本当だと思う」
「そうか?」
「好きな人からもらったものってうれしいだろ?大事にしたいと思うだろ」
 そう笑うカインの声に、ブラッドリーは自分はどうだろうかと思う。
 そもそも自分だってミチルから何かをもらったことなんてない。大体ミチルが贈り物をするのは兄のルチルや友人のルチル相手だ。
 最もミチルからしてみるとブラッドリーが欲しがるものが高額すぎて渡せないというのもあるが。
「じゃあ、何を贈れっていうんだよ」
「……」
「別に、宝石を贈ったところでアイツは喜ばねえだろ」
「まぁ言いたいことはわかる」
「だろ?」
「ヒースも、花のお礼にって言って宝石を渡してきた事がある」
「…あの東の兄ちゃんが?」
「ああ、単なる小間使いに対してお前は何やってるんだ、と思ったので返したが」
「……ヒースが逆に可哀想になったよ…」
「あはは、シノらしいな」
「……でも、お前たちは恋人なんだろ」
「……」
「宝石でも、服でも着飾ればいいじゃないか。自分の恋人を飾り付けて自分のものはこれだけきれいなんだって見せつけたらいい」
 ふふんと満足気に言うシノに「確かにそうかも」とクロエも鈴の音を転がすように笑う。
「俺も、みんなにおしゃれしてもらうと楽しいんだ!でも、ラスティカが一番難しいんだ、でもその分格好良く出来たらうれしいって思うもん!」
 子供二人に言われてブラッドリーの心も少しだけ揺れた。
「…にしても」
「あ?」
「どこまで続くんでしょうか、この森」
 ブラッドリーが飛ばされたのは北の国にある森だった。
 攻撃魔法は使えるものの、箒で移動することや空間移動は不可能らしい。
 おかげで森に住まう獣から先ほどから襲われることとなっていた。
「ミチルは……」 「あ?」 「ミチルはきっと」  レノックスが口を開こうとしたとき、草むらからガサガサと音が聞こえ、そして、大きな獣がこちらに向かってきた。
「……っ」
 そして、全員、魔道具を手にした。


 ルチルに疲れたと言って、部屋に戻るふりをして抜け出した。
 今頃、大切な兄に心配をかけているかもしれないが、それでもミチルは会いに行く気にはならなかった。
 上を見上げれば≪大いなる厄災≫が全てを知っていると言いたげに輝いていた。
 恐ろしくて邪悪、だというのにミチルはその美しさがとても懐かしいものに感じてしまうのだ。
 そっと手を伸ばしかけると、
「……ミチル」
 屋上で月を見上げるミチルに声をかける声に振り返った。
「飯も食いに来なくて何してるんだ?」 「……食欲がなくて」
 そう言えば「そうか」と彼は微笑んだ。
「ネロさんは、どうしたんですか」
 そう言えば、ネロは困ったように笑った。
「ブラッドと別れたんだって?」
「……っ」
 その言葉に、ミチルは膝を抱えてる手に力がこもった。ズボンに皺が出来そうなくらいに。
「……はい」
 何を言おうかと思ったけど、でも何も言えなかった。
 だって、ミチルのところに彼は来ない。
 拗ねて、我が儘を言って、そうすれば追いかけて、好きなのは自分だけと囁いてくれる―――そんな恋愛小説のお決まりなんてあるはずが無い。
 あったのは、ミチルは子供で、彼は大人で、相手になんてされてなかったという事実だけ。
「そっか」
「……」
 ネロがそう言うと、コーンスープの入ったマグカップを手渡してくれた。
「はい」
「……ありがとうございます」
 口を開けば、この人に当たってしまいそうで、それで何も言えなくて、それでもネロは優しい。
 こんな風なら自分も思って貰えただろうか、と思うと泣きそうになって唇を噛みしめた。
「……じゃあさ」
「?」
 ミチルは温かなスープに口を付けた。体から染み渡るような温かさ。ネロの優しい声が耳に届いた。
「俺と付き合う?」
「……」
 ゴクリと飲み込み、何を言われたのか考える。
「……は?」
 端整な顔がミチルをじっと見つめていた。月明かりに照らされた美しい薄花色。細く長い指先がミチルの頬に触れて、そして、彼の唇がミチルの顔に近づいた。
 そして――――
「てめえ、何してやがる」
 ドタバタとした足音と共に会いたくなくて、でも誰よりも会いたかった人がやってきた。
「ブラッド、帰って来やがったのか」
「てめえ、解ってやってただろ」
「どうだかなぁ」
 くすくすと笑うネロに対して、ミチルはどういう顔したらいいのか解らず顔を背けようとした。
 しかし、彼の格好を見て、心底驚いた。
「ブラッドリーさん……って、どうしたんですか、その格好!」
「……お前を追いかけようとしたら、胡椒を投げつけられたんだよ」
「……胡椒」
 避けていたので会わなかっただけかと思ったが、どうやら違ったらしい。
 傷だらけになった彼の姿にミチルは慌てるものの、そうこうしているうちにブラッドリーに捕らわれた。
「ネロ、人のモノ盗るんじゃねえよ」
「ミチルはお前と別れたんだろ?」
「別れてねえ!」
 そう言って、抱きかかえられて、スタスタと歩きだす。
「ぶ、ブラッドリーさん、傷が……」
「……」
「フィガロ先生のところに……」
「あいつのとこなんざ行けるか、アイツが胡椒投げてきたんだぞ」
「……」
 その言葉にミチルも呆れた。
「すぐに帰ってこようとしたが、箒も空間移動魔法も使えねえ森で抜け出すのに苦労した」
「……」
 その言葉にミチルは拗ねている事も忘れてただ、心配した。
 そして、治療もせずに帰ってきた途端、ミチルを探してきたという事実に、怒りとそれ以上に嬉しさがこみ上げてきて自分の感情をどう表現したらいいのか解らなかった。
 抱きかかえられたまま、片手と足で部屋のドアが乱暴に開かれた。
 何度通っても、慣れないその部屋のソファにドアを開いた力の持ち主とは思えない程に優しくゆっくりと下ろされた。
 そして、次の瞬間には彼の胸に抱きしめられていた。
「……お前が」
「……」
「お前が、帰ってきた時に一番に出迎えてくれないと、調子狂うじゃねえか」
「……」
 目の前の人は、『好き』とか『愛してる』とか、そんな愛の言葉は一つもしてくれない。
 自分が何かを伝えても、届いてるのか解らない。
 けれど、ミチルにとってその言葉だけで十分だった。
「そもそも、ネロとお前は全然違うだろ……」
「……」
「てめえだって、オレと兄貴やあの南のちっちゃいのは別だろうが」
「……はい」
 ミチルがおずおずと背中に手を回すと驚いていたが、嬉しそうにブラッドリーは微笑んだ。


 出会った時から、この人はずっと厳しかった。  蜂蜜のように甘やかされて育てられたミチルに、自分の足で立てとずっと言い続けてた。自分の頭で考えろと。
 一歩踏み出せば、そこは優しくない世界だった。
 それでも、鳥籠に捕らわれたままよりもずっと良かった。
 運命なんて檻を壊して、自分の決められた悲しい運命から抜け出せと手を伸ばしてくれたのは目の前の人だった。
 それで十分だった。



「ブラッドリーさん」
「あぁ?」
「だいすき」
 そう言うと、彼が照れたのがわかった。
「――――――」
 小声で呪文を唱えると、ゆっくりと彼の傷口が塞がっていく。
 ミチルはゆっくりと腕の力を弱めて、ブラッドリーの顔を見つめた。何一つ優しくない手がミチルの頬を撫でた、そして、呼吸ごと奪われた。

 




 手を伸ばして、隣にいるはずのぬくもりがない事に気づく。
 パタパタと腕を動かすけれどもやはりいない。
「……う~……ん…」
 ミチルはゆっくりと重い瞼を開いて、体を起こす。
 毛布しかかけられていない上、何も身にまとってない体は少し肌寒い。
「……」
 ベッドに腰をかけて傷だらけの背中しか見えない相手が何をしているのだろうとミチルはもそもそとベッドを四つん這いになって移動する。
 見れば見た事ない銃を弄っていた。
 ミチルの好きな真剣な顔で、無骨な彼の手が器用に短銃を整備している。
「……あ?起きたのか」
「……ぶらっどりーさん……なにしてるんですか」
 口から出た声が少し枯れていた。
 まだ、寝てろと頭を撫でられる。
「……」
 だが、じっとミチルが手元を見てたのに気づいたのか、頭上で彼が笑う音がした。
「てめえにやるよ」
 目の前に差し出された白い短銃は綺麗なエメラルドがついていた。
 パーカッションロック式の短銃は重いが不思議とミチルの手に馴染む。
「……貰っていいんですか?」
「滅多に俺は使わねえし、てめえの方が多分似合うぜ」
「……」
 その言葉に前からブラッドリーが持つ銃に憧れていたミチルは嬉しそうに頬を緩めた。
「えへへ」
 銃を手にするミチルを見て、またブラッドリーは頭を撫でる。
 その気持ちよさにミチルは瞼が重くなるが、「ぶらっどりーさんもねましょうよ…」と言えば、また彼が笑う気配がした。
「ほら、そっちに体寄せろよ」
「はい……」
 のろのろとまた元の位置に戻れば抱きしめられて、ほしがっていた体温が与えられた事にミチルは微笑んだ。