歯車を捜して



 新しく選ばれた賢者の魔法使い。
 勿論、興味なんてあるわけもなかった。
 魔法舎に用事があるのもたまたま、だから、そこで出会ったのは―――――賢者風に言うならば、  


「何をしている、ヒースクリフ、ちゃんと言う通りにしろ」
「……はい」


 『運命の出会い』だった。  


「きみ」
「っ……」
「なんの用だ」


 金色の長い髪の毛に、揺蕩う深い蒼。
 迷子の猫のように心配そうな顔は見ていて可哀相になったし、遠い昔、亡くなった妹を思い出させた。
   

「きみのほうが魔力が高いんだから、そんなヤツの言うことはない」
「え……」
「なんて失礼な……っ!」
「で、でも、俺……うまく魔法が使えなくて…」
「魔法が?」
「は、はい……」
 そう言って、少年は手を見せた。
『アシアシノール・イン・サエサエクーロ』
 そして、おそらく、シュガーを作ろうとして、けれど上手く作れずにサラサラと塊にならないものが掌にあるだけ。
「っ……ほれみろ、こいつはマトモにシュガー一つ作れない!」
「は?」
「……っ」
 自慢げに笑うクソみたいな男にファウストが心底嫌悪を浮かべた瞳で見た。
「……うっ」
 一方、少年は肩をふるわせて、視線を床に落としている。
 余りにも不憫に見えた。
 虚栄心の塊のような男はファウストの蔑視だけで怯んでいた。
「…」
「サティルクナート・ムルクリード」
「……あ」
 彼の手を取り、そしてシュガーを一つ作ってやった。
「……」
「魔法は心で使うものだ」
「……あ」
「そんな呪文では君は折角の魔力を使いこなせないだろう」
「……え、でも師匠は呪文で強さが決まるって……」
「っ…!」
 その言葉にますますクソ男だ、と思った。  この程度でよく弟子なんてとろうと思えるモノだ、と。  まぁ、自分には関係ないけれど。 「きみ、好きなものは?」 「え……」 「なんでもいい、あるだろう」 「えっと……」 「好きな時間や天気でもいい」  そう言えば、少年はおどおどとして、けれど少しだけ考えて恥ずかしそうに、
 
「夕暮れと……雨の音」
 そう言ってくれた。
「レプセヴァイヴルプ・スノス」
「え……」
「唱えてみて」
「……」
 そう言って、少年は少しだけ間を開けて、唱える。


  「レプセヴァイヴルプ・スノス」
 その瞬間、綺麗なシュガーが掌に現れた。  


「……っ」
「出来たじゃないか」

「……あ」
 背を向けて歩き出すと、少年が追ってくる。
「ま、待って下さい!」
「……」
 振りかえって少年を見る。
 改めて見ると、少年の顔が整っている事に気付いた。
 端整な顔立ちは作り物だと言われてもおかしくないほどの美貌で、見つめられると自分でも、ああ綺麗だなと思えた。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「な、名前を……」
「言う必要はない」
「……あ、すいません。まずは自分が名乗るべきですよね。俺はヒースクリフ・ブランシェットと申します」
「だから―――」
 そう言いながらも縋り付くようなその目に、仕方ない、と折れた。
「ファウスト」
「……」
「ファウスト・ラウィーニアだ」
「……素敵な名前ですね」
「大した名前じゃない」
「……」
 名前を教えてやれば、やっと少年――――――ヒースクリフが笑った。
 その表情に、さっきまでの顔より余程良いな、と素直に思った。
 
 
 そんな事があったからか、ヒースクリフは自分を魔法舎で見かけると近づいて声をかけてくるようになった。
 
 
「ファウスト先生」
 聞かれたら、仕方ないと教えてやるうちにそう呼ばれるようになった。
「僕はそんな風に言われる柄じゃない」
「でも、先生は……先生です」
 意外にもヒースクリフは頑固だった。
 こうと決めたら動かないところがあった。
 別に聞いていないのに、色々ヒースクリフは教えてくれた。
 同じ魔法使いの幼馴染がいて、その子に同じように呪文のことを教えてあげたら喜んでいたこと。
 その子が自分にお礼を言っていたこと。
 幼馴染もあのクソ男の事を嫌っていたという話を聞くとファウストは『だろうな』と思った。
 東の魔法使いは馴れ合わない。
 もう一人の東の魔女は勿論、親しく接してくる中央の国のカインや姉妹の魔女たちもファウストは関わりを持とうとは思わなかった。
 たまに賢者と話すことはあったが、気質は合わなかった。
 

 だが、ヒースクリフは、
 彼だけは何かあったら守ろうと思っていた。
 こんな若い魔法使いが、生きて間もない赤ん坊のような子に何かあったら、と考えたらぞっとした。
 ファウストには何もない。
 死んで悲しむような人間も、仲間も、友人も、何もかも400年前に置いてきた。
 そしてその400年はただ生きながらえているだけだった。
 あの時、死ぬべきだったとは思わないが、死ぬべき場所を、時間を喪っているとは思っている。
 どうしたらいいのか、と思っていた。  
 
 
 そして、あの日。
 <大いなる厄災>の敗戦で、ファウストは死にかけた。
 南の魔法使いたちも、東の魔女も、あのクソ男も、西の魔法使い2人も、中央の魔女姉妹も、半数が亡くなった。  

 「ファウスト先生!!」

 この子も連れて行かれてもいけないと思った。
 そんなことになれば、ファウストはこれから何の為に生きたら良いのか解らない。
 それくらいの気持ちだった。
 ヒースクリフを守って死ねるのなら、この400年にも意味があると思えた。
 きっと交わした言葉は少ないけれど、それでも、ヒースクリフは、ファウストにとって――――――400年ぶりに会った、作ってしまった『大事な人』だったのだ。  
 
「ファウストに魔法を習ったらどうですか?」
 そう言われて、驚いた。
「ファウストさんに?」
 シャイロックはにこやかに言う。
「は?嫌だけど」
「……」
「……」
「……」
「君だって嫌だろう、こんな陰気な呪い屋なんて」
「そ、そんなことないです……っ」
 何故そんな風に彼が言うのか解らないけれど、ヒースクリフはファウストのことを初めから嫌な人ではないと、優しい人だと解っていた。
「でも、君は東の大貴族の一人息子だ」
「か、関係ないです……」
「……」
「お、俺は、ファウスト先生に教わりたいですっ!」
 そこまで言って、しまった、と思った。
 シノくらいにしかこんな風に強く出ることなんてなかったのに。なんて馬鹿なことを。とヒースクリフは後悔した。
 けれど、  

「……まぁ、気が向いたら」

 と優しく言ってくれた。
「……っ」
 その言葉が嬉しかった。  
 
 
 後でシノに言ったら
「バカか、ヒース。それは――――――」
 意地悪な笑顔で、  


「一目惚れだろ」


 だなんて言われた出会いだった。


2026.1.12執筆/1.30加筆



 

ネロシノ連作と同軸です。
私はパレーハ、燭光大好きBBAです。パレーハが2部とネロシノの原点なら、1部と燭光はファウヒスの原点ですからね。
以前書いた別作品の手直し+αです。書きたいところがあったのに書けなかった…!
全然関係ないけど、ファウヒス連作のネロは、シノが自分のこと好きなんだよなぁ…って知ってるとネロシノ好きな人にも面白いかな…と思います。
シノちゃんはファウヒス推しなので、この連作はファウヒスの推し活シノちゃんです。シノちゃん、賢者と一緒に推し活しような!(?)