朝起きると、食堂にシノがいなかった。
「あれ……?」
任務も何もない日だからなのか、シノに起こされずいつもより遅い朝を迎えたヒースクリフは幼馴染みいない事に少しだけ違和感を覚えた。
「よぉ、ヒース!」
「おはよう、カイン」
きょろきょろと当たりを見渡すがやはり幼馴染の姿はない。
カインの隣に座ろうかと思ったが、ヒースクリフは自分よりも早くに来ている事が少ないファウストを見て、彼のところに向かった。
「おはようございます、ファウスト先生」
「おはよう、ヒース。……珍しいな」
「えっと……寝坊してしまって……」
ヒースクリフが朝が弱いのは周知の事実だ。
しかし、ヒースクリフには朝も夜も元気な幼馴染がいる。
シノはヒースクリフを朝になったらたたき起こすし、ついでにファウストのこともカインと一緒に起こす。
ついでにネロも休めと手を引っ張って座らせる。
そうして、東の魔法使いでご飯を食べてシノは満足するのだ。
だというのに、今日はシノがいない。
「賢者様もいらっしゃいませんね」
「ああ」
気付くといつも笑顔でみんなに挨拶してくれる賢者がいない。
シノと賢者がいない、ということは――――――
「もしかして、俺たちの知らない間に任務が入ったのでしょうか?」
「……よほど急な任務ならともかく、基本的には僕のところに言ってくれるはずだが」
北の魔法使いのように単独で動く人間ならともかく、中央や東、南は規則正しいし、何より仲間を重んじる。
任務が入るようであれば、中央はカイン、東はファウスト、南はフィガロに賢者かクックロビンが知らせてくれる。
最も、朝急に入った任務ということも否定できないが、その場合は何らかの伝言があってもいいはずだが、とファウストが思っていると、
「シノなら賢者さんと出掛けたよ」
「ネロ」
「ネロ!……あ、おはよう」
「おはようさん、今日はヒースが一番最後だな」
「うっ……」
その言葉に自分が朝が弱い自覚があるのでヒースは恥ずかしくて顔を真っ赤にしてしまう。
そんなヒースの姿にネロは軽く笑って、
「なんでも、賢者さんと話しをしていたと思ったら『こうしちゃいられない!』と仕立て屋くんと羊飼いくんとリケとミチルと6人で出掛けていったよ」
「なんだそのメンバーは……」
「シノに聞いたら、『特別任務だ、ネロ、明日を楽しみにしておけよ』とか言って出掛けていったぞ」
「……え、結局任務なの?」
出掛ける時は必ずどこに行くのか伝えておけと言っているのに、無鉄砲な幼馴染は言うことを聞きやしない。
でも、リケとミチルとクロエを連れていくくらいなら危険な任務じゃないのかな、などとヒースクリフは考える。
「……その割にはなんだかなんだか機嫌が悪そうだな、ネロ」
そんな事を考えていると、ファウストはネロに突っ込みを入れる。
「……シノのやつ、何かやりたいみたいだから手伝ってやろうか?って聞いたら『これはレノックスにしか頼めない』って羊飼いくんの腕に抱き着いてたからな…」
「……レノックスに?」
「先生でも?って聞いたら『レノックスじゃなきゃダメだ』って頑なで……」
「まぁ、レノックス相手なら大丈夫だろうが……」
そう言いつつ、シノの事を可愛がってるファウストも少しだけもやもやしてしまう。
「解ってるんだけどさ……なんか、シノが珍しく頼ると思ったら先生やオレじゃねえの?ってなんかこう……」
「……」
そう言われるとヒースクリフも少しだけもやもやしてきた。
シノはレノックスを素直に慕っているように見える。
勿論、ファウストやネロの事も慕っているのだが、それとは違うベクトルでレノックスは気の良い兄のような存在なのかもしれない。
ついでに最近は何か違うことでも気が合うようで2人で仲良くしているのを見かけた。
「まぁ、賢者やレノックスがいるなら大丈夫だろう」
「あはは……」
そのはずだ、と思いながらも、特別任務って何だろう、という気持ちは晴れない。
「……」
「……ヒースクリフ」
「ファウスト先生?」
「君さえ良ければ一緒に散歩でもしようか」
「え!」
幼馴染のことで気落ちしているヒースクリフを心配してかファウストが申し出てくれる。
「勿論無理とは言わないが……」
「い、いえ!ぜひ!一緒に!」
普段なら余り外に出ようとしないファウストが自分と一緒に出掛けようとしてくれる。
それだけでヒースクリフの心は弾んだ。
「ネロもどうだ?」
「あー……」
そう言って、ネロはちらりとヒースクリフの方を一瞬見る。
「片付けがまだあるから」
「それなら、手伝うよ」
ヒースクリフもネロが一緒ならうれしいと思い素直に言うものの、ネロはバツ悪そうに頬をかく。
「いや、夕方の仕込みもしたいしさ……」
「そんなに大変なのか?」
ネロとしてはヒースクリフとファウストに気を遣ったつもりだったのだが、一緒にいたいと2人に全身で訴えられると逆に困ってしまう。
「……まぁ、後で弁当でも持って行くことにするよ」
「本当?」
「……楽しみにしてる」
「あはは……」
ネロはそんな2人を見て手を振りながら口にした。
ヒースクリフにとってファウストは恩人である。
彼自身は<大いなる厄災>で庇ったからそうなったと思っているようであるがそれ以前からずっと自分を気にかけて大切にしてくれた。
一番大好きな先生だと思ってる。
今もこうしてシノのことを心配してる自分を気にかけてくれる。
それだけじゃない。
ブランシェット領主の息子ではない自分を見てくれているような気がして、それが心穏やかな時間で幸せだった。
ベンチに腰を下ろし、何気ない話をする。
それだけで心が安らいだ。
―――――――その瞬間までは。
「っ!」
「え、なに!?」
森の方からとんでもない音が聞こえた。
大木が倒れたような音。
まさか敵襲か!?と2人は咄嗟に腰をあげ事態を確認するために音の方へと向かう。
森はシノが手入れをしている大事な場所だ。
もしもいない間に何かあればシノが悲しむだろう。そう思ってファウストは走るが、そこにいたのは―――
「ファウストさま」
「レノ…??」
大木を一人で持っているレノックスだった。
「あれ?ヒースクリフさんとファウストさんも来たんですか?」
「ミチル?」
「ふふ、2人も色塗りをしたいんですね、いいですよ、ボクが教えてあげます!」
「リケまで……って色塗り?」
「はい!みんなでおうちを作ってるんです!」
「は?」
一体どういうことだ。
特別任務に行ったのではなかったのか、と思っていると、レノックスが「あ……」と声をあげた。
「しまった、内緒だった」
「内緒?」
「あっ」
「そういえばそうでした」
レノックスの言葉にミチルとリケも当ててて口に手を当てた。
一体何をしてるんだ、とヒースクリフは幼馴染がやっているであろう事が検討もつかず、ましてや秘密にされている事に腹が立っていた。
「ミチル、リケ、レノックス」
「は、はい」
「ヒースクリフ?」
「シノ、いるよね?」
「……はぁ」
その勢いにミチルとリケはこくこくと頷き、ファウストはため息を吐いた。
レノックスは少し考えて、
「ヒースクリフ、多分考えているようなことではない……」
「ありがとう、レノックス。でも一言言ってやらないと気がすまないから」
「そうか」
シノのフォローをしたものの、若くて幼い主従関係を笑顔で見ていた。
「あっちに」
と指さされた方へとヒースクリフは向かい、ファウストもヒースクリフの隣に並んだ。
一体、何をしてるんだろう、と思いながら目的の人物が見えるとヒースクリフはつい叫んだ。
「シノ!」
「ん?ヒースにファウストか」
一方、シノは特に悪びれる様子もなく2人の名前を呼ぶ。
「お前、何やってるんだよ」
「何って……」
「ミチルとリケが家って言ってたけど……」
「なんだ、驚かせたかったのにそこまでバレてたのか」
「バレて…って……」
秘密基地でもまた作っていたのだろうか。
それとも、シャーウッドの森ではなくここの家を建てるのか?
そんな考えがぐるぐるめぐる。
ヒースクリフは次の言葉が出ないでいると、
「ふふん、ヒースもファウストもびっくりするぜ」
と得意げにいつものように胸を貼る。
「え?」
「こっちだ」
そう言って、シノはヒースクリフの手を取った。
「ちょ……」
そして、シノによってヒースクリフは短い距離を移動した。
そこには賢者とクロエもいた。
「あれ、ヒースだ」
にこにこと笑うクロエに、ヒースクリフも毒気が抜かれていく。
「あれ、シノ。ヒースには内緒って言ってたのにつれてきたんですか?」
「バレた」
「そうなの!?まぁ、仕方ないよね」
「さっきの、大きい音でしたから……」
賢者は特に気にすることなく、頷く。
「えっと、賢者様とクロエはここで何を……?」
「えっとね、シノと家を作ってるんだよ」
「……」
それは聞いた。
ヒースクリフの顔が曇るのを後ろから追ってきたファウストが気づく。
シノ、ちゃんと説明しなさい、そう言う前に
「ヒース、ファウスト見ろ!」
得意げな顔で、シノが2人に『家』を見せた。
「……これは……」
お疲れ様会でムルがプレゼントしたぬいぐるみと同じくらいの大きさのもの。
けれど、それ以上にかわいらしいと思えるぬいぐるみだった。
「フィガロに当たったファウストのぬいぐるみを見て、ヒースが欲しそうにしてただろ?」
「え……あ……」
気づいていたのか、と思うとヒースクリフはとたんに恥ずかしくて顔を真っ赤にさせた。
「それを見て思ったんだ。でも、オレにはマダムから貰えるような伝手も金もない」
「だろうな」
「だけど考えた。クロエならあんなぬいぐるみよりもずっといいものが作れるはずだって」
「あんなぬいぐるみ呼びするなよ……」
「えへへ、でもシノにそう言ってもらえてうれしいよ!」
「ファウストのぬいぐるみだけなのもいいが、どうせならオレはヒースのぬいぐるみも絶対欲しい。ネロのぬいぐるみも欲しい。オレのぬいぐるみも」
「……シノ、まさか……」
「だから、クロエにお願いした。東の魔法使いのぬいぐるみが欲しいって。そしたらクロエが賢者と賢者の魔法使い全員のぬいぐるみを作ってくれたんだ」
そう言って自慢げにシノは「家」から四体のぬいぐるみを抱き抱えた。
「クロエから今日の朝出来たって聞いた。それでヒースに自慢しようと思った、けど、賢者が……」
「シノに、元いた世界でぬいぐるみを愛でるのを『ぬい活』って言うことを教えたんです。どんなものか教えたらシノがぬいぐるみの家も作りたいって言って……」
「……」
「最初はブランシェット城を作ろうとしたんだが……難しそうだから、それで…」
シノの言葉にファウストとヒースクリフが覗き込む。
「これは僕の家だな」
「そうだ」
「……」
満足気に言うシノにヒースクリフは嬉しいのと同時に自分も作りたかったな、という気持ちになってしまう。
どうせなら小物を作って彩りたい、そう思うのはおかしなことだろうか。
「……<大いなる厄災>を倒すまで協力すればいい仲だと思ってた」
「……」
「でも、今は―――」
シノがうつむき、でもすぐに顔をあげた。
深紅の双眸が二人を捕らえる。
いつもそうだ。
この強い意志を持つ目は、後ろを振り向くことを許さない。
過去には自分の見たくないものだけがあるから。
一瞬でも戸惑えば死ぬことをわかってるから。
大切な人を―――喪うことを知っているから。
「<大いなる厄災>と勝った後も一緒にいたい」
「……」
「ヒースだけじゃない、ファウストにも、ネロにも死んでほしくない」
そんなの僕だって一緒だ、とファウストは口にできなかった。
かつて、同じように思ってた。
でも、その相手に、アレクに裏切られた。
自分も同じだ。
約束は出来ない。
死なないよ、一緒にいるよ、なんて言えない。
シノにも、ヒースクリフにも。
あの事件からシノはちゃんと座学にも取り組むようになった。
真面目に勉強して、それまでと同じように訓練をして、必死で生きている。
それでも、足りない。
ファウストだって、ヒースクリフだって同じだ。
どれだけ頑張っても、あの美しくも恐ろしい月に勝てるかなんて誰にも解らない。
「……言ってたんだ」
「クロエ」
「俺もラスティカも、シャイロックにも、ムルにも……勿論、他のみんなにも死んでほしくないねって」
「……」
「だから、シノとみんなで作ったんだ。戦いが終わってこうなったらいいね、って」
「……」
「俺のはねぇ、ベネットの酒場にしようかなって思ったけど、賢者様に言われて理想のお店にしてみたんだ!」
見てみて、とクロエが嬉しそうに『店』を見せてくれる。
笑う姿に心が温かくなると共に、思う。
前回は―――――勝てなかった。
でも、今回は、とヒースクリフも、ファウストも。
シノもクロエも、前回の戦いを知らない。
レノックスも、ミチルも、リケも。
ヒースクリフは知ってる。
死にかけたあの戦いを。
師匠が死んだあの日を。
ファウストに守られなければ死んでいたあの戦いを。
でも、それでも、自分も願う事が許されるならば、自分だって同じだ。
今度は足手まといになんてならない。
ファウストに守られるのではなく守る立場に。
ネロも、シノも、他のみんなも傷つけたりしない。
「あの忌々しい月を早くオレの靴底で踏みつけて、そしてファウストの家で今度こそお泊り会をしよう」
それを思ったのはファウストも同じだ。
この子の願いくらいは叶えてやりたいとファウストは思った。
この子たちの未来を、幸せくらい与えてやれなければ何のための400年なのか解りやしない。
「……ところでシノ」
「どうした」
「なんで君の作った家では僕とヒース、ネロと君で寝てるんだ」
「そうなったらいいなって」
「シノ!?」
「ふふん、出来上がったらネロにも見せてやろう」
「……待って、どうせなら俺も小物を作ってもっと完成度を上げようよ」
「それはいいが、クロエの家の次はミチルとリケの家も着手するんだぞ、間に合うのか?」
「……うっ」
ただ、400年経過しても、シノが自分の家の模型に勝手に作った家が何故かベッドが二つに分かれていて、謎の組み合わせで寝かされている事は解らなかったが。
お疲れ様会が滅茶苦茶ファウヒスだったので多分1000件くらい増えてるだろうな~って思ったんですが、まったく増えてなかったので、じゃあ自分で書くかと思いました。
ついでだからネロシノも入れたいな~と思った結果、出来たのがこれだよ!という話です。
賢者にぬい活を教えて貰ったシノとヒースクリフはこれからぬい活をすると思います