黄金の篝火

 『父親』というものを知らなかった。
 シャーウッドの森の小屋で『母さん』と一緒に住んでいて、自分達は『魔法使い』なのだということだけは知っていた。
 母さんは、ブランシェット家の小間使いで、シャーウッドの森番。
 夜のような漆黒の髪に深紅の瞳。
 自分の空色の髪の毛とは似ても似つかなくて、もしかして捨て子じゃないかと思った事もあるくらいだった。
 でも、そのことを伝えると「馬鹿なことを言うな」と言われて終わり。
「オレがお前を生んだ事はファウストが証人だ。お前を取り上げたのもファウストだからな」
 そう言われてはもう何も言えなかった。


 本当か確かめるべく、嵐の谷に行けばいつものように『先生』はお茶を出して出迎えてくれた。


「もしかして、先生って俺の父さんだったりする…?」
 そんな先生になんとなく疑問と、希望を抱いて聞いて見る。
「どうしてそう思うんだ」
「……だって、母さんが俺を取り上げたのは先生だって言うし」
「……確かにヒースと喧嘩していた頃の君の母親が此処にやってきて君を産んだのは事実だけれど」
「……」
「でも、僕は君の父親じゃない」
「……」
 その答えにそうか、と思うと同時に残念に思えた。
 だって、『先生』が父さんだったらいいな、って思ったからさ。
 母さんに魔法を教えたのは『先生』で、簡単な魔法を教えてくれたのは母さんだったけれど、先生にも教わる事は多かった。
 母さんと喧嘩して、先生のところに来ると『仕方ないな』といつも匿ってくれた。
 この人が本当に父さんだったらいいのに、といつも思っていた。


「気になるなら、君の母親に聞けばいいだろう」
「……」  
 ダメか、と内心つく。
「聞こうと思ったけど」
「……」
「なんか、聞きにくくて」
「……そうか」
 それでも聞きなさい、と言われるかと思ったが、意外にも呆気なくて驚いた。
「っていうか、先生だったらいいのになーって思って」
「……残念だが、きみと僕は一切、血のつながりはないよ」
「一滴も?」
「ああ」
「……」
 本当に残念だ。
 先生と母さんが結婚してくれたら、と残念でならない。
「そもそも、なんでそんなことを気にしたんだ?」
 理由を言え、と先生は言う。
「……森で仕事をしたらさ、」

 そう、初めは単に、森番の仕事をしていただけだった。
 母さんが罠作りを教えてくれたから、同じようにしようと思って入ってもいいと許可された場所で作っていたら、ブランシェット城の同じくらいの年齢の子がやってきた。
「やい、お前!」
「……」
「聞いてるのかよ!」
「え……俺?」
「そうだよ、おまえだよ!」
「え~~……なんのよう?」
 どうして大した事無い用事なんだろうと思って、ブランシェット城の使用人の子供だろう相手に返事をする。
「お前、旦那様の子供って本当か?」
「……はぁ???」
「みんな言ってるぞ!ヒースクリフ様はおさななじみにごしゅうしんだから、おくさまをとらないんだって!」
「みぶんちがい?でかくしてるけど、本当はきんだんの子、なんだろ!」
「……」
 そんなの知らない。
 母さんから聞いた事もない。
 でも、確かに旦那様が母親にやたら会いに来るのは知っていた。
 ただの使用人にそこまでするのか?と思っていたが、おさななじみだから、と言われて終わっていた。
 それでも、自分も旦那様が母親への態度や、自分への視線は少しだけおかしい気はしていた。
 それが、本当は恋人で―――――自分が子供だったら?
「……っ」
 そんなわけがない。
 だって、俺は、
「……違う」
「嘘つけよ!」
「みんな言ってるぞ!」
 空色の髪の毛に、左目は琥珀の瞳、右目だけが、母親譲りの深紅の瞳。
 旦那様と似てるところなんてひとつもありやしねえ。
 それなのに、なんでそんなこと言われなきゃいけないんだ。
 そう自分に言い聞かせる。そう、そんなわけがない。
「おい」
「……っ」
「げ」
「なにを、旦那様の悪口を言ってるんだ」
「し、シノ……」
「っ……」
 そう思ってると、母さんの足音と声が聞こえた。
「……次同じ事を言ったら、狼の餌にしてやる」
「……っ!!」
 その言葉に子供が逃げていくのが見えた。
「……」
 母さんが近づく。
 そして、俺の前で屈んだ。
「……あんな妄言は気にするな」
「…………うん」
 そう言って、母さんがそっと俺の手を握った。
「……」
 優しく握られた手は、無愛想だけれどそれでも母さんの愛を感じた。
 だからこそ思えてならない。

 俺の父親ってどんなヤツだったの?
 なんで、俺には父親がいないんだ?そんな馬鹿げた考えばかりがぐるぐる回る。
 今のままで幸せじゃないのか。
 片親どころか、両親がいない人間だって多い。
 なのに、俺はいつも父親がどうしていないのかを考えている。


「ファウスト」
「…………迎えがきた」
「…………」


 慌てて来たのだろう。
 無表情だけれど、扉を開けた母さんの顔には汗がにじんでいた。
「捜した」
「……悪い」
「…………」


 そう言うと、母さんは優しく抱きしめてくれた。
「……いつも世話になる、悪かった」
「別にいいよ、…………きみ『たち』の先生だからな」
「…………わるいな」
「?」


 その言葉に母さんの目が少しだけ揺れた気がした。


「…………きみにも招待があったと思うが」
「ああ」
「今年の参加はどうする?行くのか?彼に会うかもしれないが」
「…………」


 彼、って誰だ?
 と先生の言葉に首を傾げる。
 意味がわからなくて母さんの顔を見た。


「……行く」
「え、行くの」
「いけないのか」
「だって……」


 先生が何故かじっと俺を見た。
 なんだろう、と思っていると、


「丁度良い、こいつもオレとファウスト以外の魔法使いに会った方が良いだろ」
「まぁ、確かに……?」


 そう言いながらも先生はどこか納得のいかない様子だった。
 なんだろう、と思っていると、母さんが髪の毛をくしゃりと撫でた。
「……」
 その顔は笑っているのに、どこか寂しそうな顔でなんでそんな顔を俺は母さんがするのか解らなかった。


「母さん」
「どうした」
 シャーウッドの森に戻って、小屋の中の二つ並んだベッドに2人で横になる。
 眠れなくて母さんに声をかけた。
「……先生が言ってたのって何?」
「…………ああ」
 その事に言い忘れてた、と言うようにくるりと振り向いてこちらを見た。
「……元賢者の魔法使いたちが集まるんだ」
「……」
 その言葉に、そういえば昔そんなものがあった、と母さんが言っていたことを思い出す。
 『月』と戦っていた魔法使いたち。
 その東の魔法使いの1人が母さんで、旦那様で、先生だったと。
「そ、そんなのあるのか?」
「一年に一度。自由参加だからな」
「へぇ……」
 そんなの知らなかった。
「旦那様は行くの?」
「ヒース?…………さぁ」
「え」
 そこは知ってるところじゃないのかよ、と思ったが母さんは興味がなさそうに言う。
「去年までは出席しなかったが、今年は行こうと思う」
「…………」
「……お前連れて行く」
「……っ」
 そう言って母さんが俺に手を伸ばしてそっと髪を撫でた。
 



 母さんが行く、と言った日。
 母さんは俺にいつもよりも少しだけいい服を着せて、箒の後ろに乗せてくれた。
「どこに行くんだ?」
 その問いに短く、
「中央の国」
 と母さんが言う。
 シャーウッドの森以外に行く場所なんて、先生のいる嵐の谷か、ブランシェット城以外なかったからいきなり中央の国に行くということに驚いてしまう。
 しかし、母さんは気にする事無く箒の速度をあげて――――――そして、目的地へと向かった。
 王都の、少しだけ外れた場所。
 ひっそりと立てられている建物へと母さんが降りた。
「こっちだ」
 俺を降ろすと、母さんが手を握って建物の中へと入る。
 人の気配がする。
 人間とは違う、どこか先生や旦那様と似た気配。
 なんだろう。
 ゆっくりと母さんが何処へ向かう。


「もう、ルチルってば」
「あはは、ごめんなさい。久しぶりだから、つい――――」
 誰かの明るい声が聞こえる。
 俺は知らない声に緊張しながらも、母さんに連れられて開けた扉の中へと入った。


「……シノ?」


 誰かが、嬉しそうに母さんの名前を呼んだ。
「……っ、あの日以来じゃないか!」
 銀色に青い目の青年が母さんに近づく。
「アーサー」
「元気にしていたか?ずっと会いたかった」
「ああ、オレもだ」
 そう言って、お互いに抱きつき合う。
 もしかして、俺の父親?――――――ってんなわけないか、と思っていると他の人も母さんに近づく。
 赤い髪の毛や、金髪の人。
 でも、そこに空色の髪の毛、なんてのはない。
 もしかして、先生が言ってた人物が俺の父親かな、なんて思ってたけどどうやらそんなことなかったらしい。
 よく見ると旦那様がいるのが見えた。
 俺を見て、顔が引きつっているのが解った。


「みんなに紹介したいやつがいる」
「うん?」


 煉瓦色の髪の毛を束ねた格好良い男の人が声を出した。
「なんだなんだ」と嬉しそうにする声を前に、母さんが俺の名を呼んだ。

「紹介する」


 母さんの手が俺の肩におかれて、母さんの陰に隠れていた俺を前に出した。
 そこにいた人全員の目が丸くなった。


「え…………」


 困惑の声だった。
 そんな声をされたことは一度もなかった。
 なんでだろう、と思いながらも、俺は一人一人の顔を見る。



「ネロ」


 そう呟いた人が誰なのか解らない。
 呟かれた知らない誰かの名前も。


 ただ、母さんの、
「オレの息子だ」
 そう言った声だけが真実だった。













 オレじゃあいつの生きる理由になれなかった。
 月との戦いで、生存して、
 そして、何人かの魔法使いが亡くなった。
 悲しむ魔法使いの中、ネロの様子がおかしかったことが解ってしまった。
 だって、しょうがないじゃないか。
 好きだったんだ。
 つい目で追ってしまうくらいには。


「おい」
「あ?どうした、シノ」
「…………」
「なんだよ、腹が減ったのか?」
 賢者が元の世界に戻って、魔法舎から一人、また一人いなくなった。
 一足先にヒースは帰ったが、オレは残っていた。
 理由は簡単だ。
「……ネロ」
「うん?」
「……死ぬ、つもりなのか」
「……」
 直接尋ねると、彼の顔が強張った。
 ああ、そうなんだ、と解ってしまった。
「……嘘がへたくそになったな」
「ならどうする?」
 まるで試すように彼は言う。
 きっと、ミチルなら、リケなら、アーサーなら、クロエなら、ルチルなら、カインなら、ヒースクリフなら、生きろ、と言うのかもしれない。
 もしくはオズやシャイロック、ムル、ミスラやオーエンなら放っておけ、というのだろう。
 でも、オレはどちらも選ばなかった。
「――――一度だけでいい」
「うん?」
「抱いて欲しい」
 その言葉にネロの持っていたマグカップが床に落ちた。
「……は?」
「オレは、」
 こみ上げてくる涙をなんとか取り繕った。
「あんたの生きる理由にはなれない」
「……シノ」
「無理矢理あんたを生かせば、あんたじゃなくなっちまう」
「……」
 かつてヒースクリフを自分が思い描いたような主君になってほしいと思っていた。
 でも、今は違う。
 ヒースクリフはヒースクリフのままで良かった。
 ファウストも、聖ファウストと言われて歪められた姿よりも――――――ずっと自分達の「ファウスト先生」のほうがいいと言える。
 だから、解ってしまう。
 無理矢理ネロを生かしてしまえば、きっとネロを歪めてしまう。
 自分の好きなネロじゃなくなってしまう。
 ネロの矜持を壊してしまうと。
 どんなに生きて欲しいと、傍にいてほしいと、好きだといっても彼には届かない。
 ならば証が欲しかった。
「……でも、」
 彼と生きた証が。
 こんなのは賭けでしかない。
「あんたのことが好きなんだ」
「シノ……」
「オレはあんたの生きる理由にも、死ぬ理由にもなれない、なら、」
 ずるいと解っている。
 こういえば、断れないことも。
 それでも、縋りたかった。
 あんたの残したものがあるんだと、そう信じたかった。
「―――最後に…っ」


 一度だけ良かった。
 ネロに愛された自分が欲しかった。


「っ…最後に、……思い出くらい、―――くれても、いいだろっ!!!」  


 すべて口に出した時には、きっと涙で、ぐちゃぐちゃな顔になっていた。  


 


「……」


 少しだけ考えて考えぬいて、そして、大好きな顔で「仕方ねえな」と彼は言った。
 でも、今日からはきっと嫌いな顔になる。
 最後に嘘でもいいから、お前のために生きるよと言ってほしかったのだ、言わない誠実さとずるさが、好きだった。


 本当は魔女化したほうが成功率は高いのはわかっていたが、西の魔法使いに男でも妊娠できる魔法を教えてもらった。
 成功率は著しく低いものの、その賭けに勝った。




「……なんでネロが」
「……」
 ネロが、ブラッドリーに石にされた、と聞いたのはそれからしばらく経過してからだった。
「……仲間だったのに…っ」
「仕方ないだろう、北の魔法使いだ」

 そう言うと、ヒースはこちらをにらんだ。
「……シノはなんでそんな冷静でいられるんだよ!」
「……」
「ネロが、ネロが殺されたのに……っ」
「……」
 泣きわめくヒースに仕方ないと言うしかなかった。
 それがオレたちの溝を深めた。
 ヒースは優しい。
 優しいからわからないのだ。
 あの夜、自分ではなくヒースだったらなんとか生かそうとしたに違いない。
 でも、それじゃあ、ネロがネロじゃなくなってしまう。


 どこか、死に場所を求めていたような男だった。
 適当に生きてるようで、でも誰かとの縁が勝手にできるような優しい男。
 好きだった。
 愛している、今でも。
 だから、あいつがあいつでなくなるくらいなら、しょうがないと諦めた。
 それをきっとヒースにいったところで解らないだろう。
 だって、自分だってネロに言われたからってヒースクリフのために生きることはやめられない。


 ネロは、石の一欠片も、魔道具すら、オレたちには残してくれなかった。


 それから、オレとヒースはまったく会うことはなくなった。
 それは逆にオレに好都合だった。


 一時的にできた子宮は日に日にでかくなる。
 一人で産むつもりだったが、だんだん不安になった。


 お産で死ぬ人間も多いという。
 実際、ミチルの母親も大魔女だったが、ミチルを産んで死んだと聞いた。
 自分はいい。
 でも、この子は?
 ネロの子は、もし自分に何かあったら?
 そう思ったらいてもたってもいられなくて、唯一頼れる人物に会いに行った。


「シノ?」
 突然の訪問と、オレの腹にファウストは驚いた。
「ファウスト」
「どうかしたんだ、一体」
「……っ」


 この時だけだった。
 最初で最後、ネロの死を泣いた。
 そして、秘密を打ち明けた。


「ネロの子を孕んでる」


 ファウストの顔が驚いた。
「ヒースにも、誰にも言ってない、でも、どうしても産みたい」
「シノ」
「たすけてくれ、ファウスト」
 そう言うと、ファウストは助けてくれた。  


 生まれてきた子は、ネロに似た琥珀色の目と、オレの瞳をした深紅色を持っていた。


   

ブラッドリー自身は石にするつもり一つもないのに、話を聞かずに石になる約束するネロに、「なんでよりにもよってシノとの会話の後なの???」と泣きそうになりました。
色々考えて、ヒースなら「生きて」って言うんだろうけど、シノは矜持を棄てたネロはネロじゃないって受け止めて、しょうがないって諦めて一人で静かに泣くんだろうな、と思いました。
以下、子供の設定。
オムニス・シャーウッド


名前出してないけど、子供の名前にするならこれしかないと思った
ちょっとマザコンな5~7歳くらい。
でも箒乗ってるから10歳くらいかもしれない
魔法使い


定期的に自分は母親と旦那様(ヒースクリフ)の隠し子なんじゃないか、と悩むが
髪の毛や目の色が違うことから違う、と自分に言い聞かせている。
シノに父親の事は聞けないでいる。
だが、喋り方はシノよりも亡き父親にどちらかというと似ている。


ヒースとシノはすれ違いが続き、ある程度子供が育ったころにヒースは彼に出会い、すべてを悟ってしまう。
(このころには旦那様が当主なので、旦那様と奥様はシノの子供の事は知っていた)

ファウストになついている。
ほぼ父親代わり。ヒースは残念がっている。


この後、クロエとは定期的にあって子供用の服を作って貰ったり、ルチルに絵本をもらったり、カインやアーサーやリケに可愛がってもらっているかもしれない。


ブラミチが前提ですので、ミチルはブラッドリーと一緒に旅してます。