人影差す椅子

 <大いなる厄災>との戦いが終わって、賢者が帰って、それぞれの居場所に戻った。

   シノはシャーウッドの森に戻り、次期領主のヒースクリフを今まで通りに支えている。
 唯一違うのは、一週間に一度、食べにでかけることだ。
 ――――――好きな相手のところに。

   自覚したきっかけはよく覚えてない。
 ただ、――――――特別だ、と思った。
 一度だけ、「好きだ」と言った。
 言った時に相手は、驚いた顔をして、それから困ったように笑って「…ありがとうな」と言うだけだった。
 その言葉に、ああ、フラれたのか、と解った。
 本気だ、好きだ、と言うのは簡単だった。
 けれど、追い詰めたら逃げることくらい解ってる。
 ヒースクリフとは違う形であんたが一番だ、と言ってもきっと聞き入れて貰えない。
 だから、これで充分、と思う事にした。


 一週間に一度、仕事で疲れた夜にご褒美に相手の顔を見に行く。
 それで充分だった。

「椅子を買おうと思うんだ」
「……はぁ?椅子?」

 最後の客―――――といっても自分もいるのだが、扉を閉めて、皿を洗い終わった相手が酒を手に隣に座る。
 レモンパイを食べながらシノはその動作を見ていた。
「なんでまた、壊れでもしたのか」
 当たりを見渡すと、店の椅子でなくなっているものはない。  じゃあ、私物だろうか、と思うが、ネロは「んーーー」と考えるように笑った。
「……来客用?」
「なんで疑問形なんだ」
「いや、オレもわからねえけど」
「なんだそれは、はっきりしろ」
「いや、だからさ」


 そう言って、少しだけ照れたように、ネロが言う。


「おまえさん用の」


 照れたように笑って言われて、それからシノは言ってる意味がわからずに首を傾げる。
 椅子。
 おまえさん、それはつまり――――――

「……っ」

 そこまで言われて、持っていたフォークを驚いて落としてしまう。


「魔法舎に居た頃、椅子を買えって言ってただろ?」
「あ、あれは……」


 ヒースクリフに相応しい椅子があったらいいのに、と思っただけだった。
 シノは、自分用なら、床でも良い。特に気にしない。

「どうせ言ったら、自分は床でもいいとか言うだろ」
「うっ……」


 バレている。
 なんだか、居心地が悪くて目をそらすとまたネロが笑った。


「おまえ、毎週来るだろ?ならどうせならおまえ用の椅子があったらいいかな、って思ってさ」
「……なら、オレが金を出す」
「あー、いいっていいって、それくらい出させろよ」
「でも……」


 一方的に好きで来てるのにそれはなんだかおかしい気がする。

「ならさ、来週買いに行くから、買い出し付き合ってくれるか?」
「……当たり前だ」


 ああ、こういうところが好きだな、と思う。
 きっと、いつまでもは一緒にいられないのに、それでも手を振り払わずに傍においてくれる。
 ヒースクリフや、ファウストとは違う優しさ。


 魔法舎にいたとき、誰かが恋なんて病気と同じだ、と言った。
 あるいはそんなものは数年経過すれば忘れるともいった。
 時には、我慢が効かないのだからすぐに根をあげるとも言われた。
 でも、きっと1000年経っても、忘れられる気がしない。
 諦められる気がしない。
 1000年いれば、少しは好きになってくれると期待してしまう。


 31回死にかければ、一緒にいられないと気付くと言った。

 でも、違う。
 その前に、自分以外の誰かが死ぬのが恐いと知った。
 誰かにとって自分も同じだと知った。


 誰かの為に生きたいと思った。
 自分はヒースクリフのために死ぬ、それは決めている。
 でも、


 あんたの為に生きたいと思ったのも本当で。
 それを口にすることはきっとないけれど、それでも、枯れること無く、ずっとこの思いは続いていく。