空色の染花 (前)

※注意 シノ・ヒースクリフ・アーサー・クロエ・ルチル・ミチル・オズが女体化してます。が、ぶっちゃけヒースとシノ以外あんまり関係ないです。
単なる趣味だと思っていただければ……



 空色のドレスに、琥珀色の髪飾り。
 いつもは何もしていない髪の毛を結い、ハーフアップにされて風に遊ばれていた。
 東の国らしくないスリットの入った妖艶なドレスは彼女の健康的な脚を美しく見せてた。
 それだけならば下品になってしまうところをフリルをふんだんに使いかわいらしさも見せているところが作り手であるクロエの力量だろう。
 対して自分はこれまたらしくなく、純白のタキシードに身を包んで本当にこれでいいのか?とネロは思いながら目の前の少女を見る。


「ネロ」
 名前を呼びながら彼女がそっとネロの腕に自分の腕を絡めた。
「シノ」
 名前を呼び返せば深紅の瞳が笑った。


   なんでこんなことになったのか思い返す。
 そう、すべての始まりは魔法舎に招待が来たことがきっかけだったのだ。


「大変です、賢者さま!」
「クックロビン、どうかしたんですか?」


 バタバタと走って魔法舎のリビングに入ってくるクックロビンに晶が尋ねた。
 焦げ茶色の髪の毛を揺らめかせて、穏やかに微笑む。
「え、えっと、賢者さまとヒースクリフさんにお客さんが来てまして……」
「私とヒースクリフにですか?」
 一体なんだろう、と思いながら晶はここにいないヒースクリフを探さなければと考える。
「カイン、ヒースクリフがどこにいるかわかりますか?」
 一緒に紅茶を飲んでいたカインに尋ねると彼は首を横に振って、「いいや、見てないな」と素直に答えた。
「そうですか、なら探しにーーー」
「待ってくれ、賢者様」
 ゆっくりと腰をあげようとする賢者を制しカインはニカッと笑った。
「ヒースのことなら俺に任せてくれ」
「カイン、いいんですか?」
「ああ、出かけてないはずだし、すぐに見つかるはずだ」
 だから賢者様はお客様の相手をしててくれという言葉に甘えて、晶は頷いた。
「…それじゃあクックロビン、申し訳ないのですが連れてきて頂いても良いでしょうか…?」
 おずおずと尋ねるとクックロビンは頷いて「こ、こちらになります!」と言う。
 一体何が起きたというのだろうと思いながら待っていると、


「失礼いたします」


 初老の男性がゆっくりと入ってきた。
 その男性に晶は見覚えがあった。
「あなたは……」
「改めまして賢者様。ブランシェット領で家令をさせて頂いているエリク・ウェイクというものです。」
 ゆっくりと頭を下げれ、晶も慌てて頭を下げた。
「えっと、ブランシェット城に行ったときに何度かお会いましたよね」
「ええ、ヒースクリスお嬢様のご友人として、心より歓迎させて頂きました」
 そう笑う彼の顔からはヒースクリフへの愛情が満ちていた。
「えっと、それでヒースクリフに会いに来たんですか?」
「いえ、実はーーー」
「エリク!」
 晶に事情を話そうとする前にヒースクリフがやってきた。
「ヒースクリフお嬢様」
「どうかしたの?お前がわざわざ来るなんて」
「私めは家令。旦那様の伝令とあらば馳せ参じるのが仕事でございます」
「伝令って……父上の?」
 その言葉にヒースクリフが目を丸くする。
「ブランシェットで何かあったの?」
「もしかして、厄災が?!」
 だとすれば、ヒースクリフだけではなく、東の魔法使いと場合によっては援護してくれる魔法使いを選別しなければならない。
 そう思い、ヒースクリフと顔を見合わすが、
「いいえ、いいえ、そんなことではありません」
「……?」
 エリクは首を振って否定する。
 ではなんだというのだろうか。わざわざ魔法舎に、それも家令というブランシェット家の事務をほとんど取り仕切ってる人物が来るだなんて。
「……いえ、ある意味厄災よりもやっかいなことかもしれません」
「え?」
 零れたように口にした言葉に晶とヒースクリフはエリクをじっと見た。
 エリクは唇をかみしめ、それから、血のにじんだ唇で言葉を発する。
「賢者様、実はご相談したいことは、シノのことなのです」
「シノ?!」
 突然、ここにはいないヒースクリフの幼馴染みであり従者であり、おそらくエリクと同じブランシェット領の使用人である少女の名を口にされた。
「エリク、どういうことなの?説明して」
 大事な親友のこととあってはヒースクリフも正常ではいられずいつもは穏やかな顔の彼女も目をつり上げ臣下に問いただす。  しかし、彼は首を横に振って、
「賢者様、お願いがあります」
「エリク!」
「シノと仲の良い魔法使いと共に、ブランシェット城へ来て頂けないでしょうか」
「……」
 ヒースクリフの言葉などはねのけ、彼は言葉を紡ぐ。
 それはおそらく、彼の父であり母であり、彼の本来の主人からの命令なのだろう。


「わかりました」
「賢者様!」
「……シノは私にとっても大事な友達です。その大事な友達のこととあっては放っておけません」
 その言葉にエリクはほっとした顔になり、「ありがとうございます」と頭を下げた。


「…あの、明日には一緒に行く魔法使いを決めるので、しばらく客間でお休み頂けないでしょうか…?」
 クックロビン、お願いできますか?と尋ねれば、彼は「勿論です!」を告げる。
 おそらく、ブランシェット領主の使用人ということでいつもより緊張しているのだろう。
 魔法舎はあくまですべての国平等に扱うことになっていて、政治的なことは関係ない、としているがそれは表向きだ。
 管理しているのは中央の国であるし、同じように西の国も狙っている。
 そしてこの間の時間で東の国も賢者の魔法使いに何かしらの不満があることがわかった。
 ヒースクリフの実家とはいえ失礼があれば国際問題になるのだろう。
 勿論、彼がそのようなことを訴える人とは思えないが。


「まったく、エリクってば……なんで私にも教えてくれないんだろう」
 子供のように、というよりまだ実際に子供であるヒースクリフはすねたように言う。
 その様子がかわいらしくて晶はくすりと笑った。


「でも、なんなんでしょうね、シノに関することって」
「……シャーウッドの森で何かあったんでしょうか?」
「それなら、まずヒースクリフだけじゃなくシノも呼びそうですけど…」
「ですよね」
 とりあえず、シノと仲の良い人間を連れてきてほしい、と指令があったのだ。
 となるとーーー


「ブランシェット城に?」
「シノに関することで?」
 まずは、ファウストとネロだろう。
 ネロを誘うために台所に行けばたまたま一緒にいたファウストに出会った。
「それはいいけど、シノに関することって?」
「それが教えてくれないんだ……、何があったのか言ってくれてもいいのに」
「まぁ、気軽に話さないという意味ではおそらく信頼できる臣下なのだろう」
「それはそうだろう」
「……で、後は誰を誘うつもりなんだ?」
 ネロに聞かれて、晶はシノと年の近いメンバーを口にする。
「シノと仲良いのはヒースクリフとファウスト、ネロを除けば、まずはアーサーですよね…」
「確かによく遊んでいるところを見かけるな」
「……」
 その様子を思い浮かべてヒースクリフはまたすねたような顔をする。
 親友を盗られたような気持ちになって悔しいのだろうか。
 アーサーとシノは同じ年齢であるということもあって気が合うようでよく一緒にいるところを見かける。
 お互い身分を気にせず遊んでいる姿はヒースクリフがなりたい親友の図でもあったのだから。
「次にレノックスやカインでしょうか」
「よく一緒に鍛錬してるもんな」
「ミチルとも仲良くないか?よく遊んでいるのを見かける」
「リケも含めて遊んでるよな、見てて癒やされる……」
 その光景を思い浮かべているのかネロは微笑みながら頷いていた。
「後はクロエにルチル……といったところでしょうか」
「まぁ、妥当じゃないか?ムルとも仲良いが、彼を連れて行くとやっかいなことにーーー」


「面白そうな話をしてるね」
「……」
 晶は肩に手を置かれてゆっくりと振り返る。
 そこには、
「フィガロ」
「やぁ、賢者様。ミチルやルチル、レノの名前が出たのに俺は連れて行ってくれないの?」
「……あんた、別にシノと仲良くはないだろう」
 にこにこと笑うフィガロにネロがはっきりと告げると、「ひどいな」と言う。
「これでも割と仲良いんだよ」
「え……」
「は?」
「いや……」
 シノはお前のことを警戒してるじゃないか!という気持ちは芽生えたものの、おそらく」こうなったフィガロは引かないだろう。
 面白そうだからついていきたい、と顔に書いてある。
「断る」
「ファウスト」
「あなたのことは頼りにしているが、シノは僕の生徒だ。僕が面倒を見る」
「あはは、嫌だな、ファウスト。ねぇ、賢者様」
「は、はい」
「何かあった時のために護衛は必要じゃない?」
「えっと……オズについていって貰おうかなって……」
「なら、尚更必要だよ。オズは夜に何かあったら頼りにならないんだから」
 ニコニコと笑うものの、そこには確かな圧があった。
 おそらく、面白そうだからついていきたい、という気持ちがあったとはいえ、それをだめだ、といえるほど晶は強くなかったーーー。


「わ、わかりました…」
「賢者さん……」
「でも、変なことしたらだめですからね…」
「はいはい、わかってるよ」


 そうニコニコと笑うフィガロに晶は肩を落としながらも、
 本人が知らないところで何が一体あったんだろう、と思った。  

v  その日のうちに予定をなんとか取り付けたアーサーにだけは理由を伝え、他の若い魔法使いには名目上はヒースクリフの家に遊びに行くという理由でブランシェット城に行くことになった。
 エリクにシノを連れていっていいのか尋ねると、「はい、かまいません」と言われたので安心した。


 翌日、朝の弱いラスティカもクロエがなんとか連れてきて、やや遅い時間に出発した。


「執事どのがわざわざ魔法舎に来るなんて珍しいな」
 シノはエリクがいることを不思議そうに思ったが、
「旦那様から中央の国へ伝令を頼まれたのだ」
「執事長殿直々に?」
「ああ」
「なるほど……旦那様のことだ、きっと深いお考えがあるのだろう」
「その通りだ」
 旦那様を心酔しているシノは特に考えずに素直にその言葉を受け取った。


 ブランシェット城に着くと、エリクはシノに「申し訳ないがシャーウッドの森を見てきてほしい。お前がいない間、荒らされて奥様も心配していた」と伝えるとシノは特に疑うことなく頷いた。
「えっと、シノも一緒にいかないんですか?」
 その様子に晶は慌てるが、
「いや、賢者、これが普通だ」
 とあっけらかんとシノは言う。
「ええ、シノも一緒に遊ぶんじゃないの?」
「そうだよ!」
 何もしらないクロエとルチルも言うものの、シノは首を振った。
「今日はヒースクリフお嬢様のご友人を迎えたいっていう奥様の気持ちなんだろう?オレは使用人だからな」
「シノ」
「……外の使用人は中には基本は入れない、賢者の魔法使いとしてならともかく今のオレは使用人だから入るわけにはいかない」
 そう言って去って行くシノの背中にヒースクリフは何も言えなかった。


「……」
 ヒースクリフはシノの背中を見つめて、それから視線を下に落とした。
 どうしようもない身分の差。
 それは二人をただの友達にはできない境界線だった。
「賢者さま、そしてお嬢様のご友人たち」
「は、はい」
「こちらです」
 奥様と旦那様がお待ちです、と言われて、ヒースクリフのことが心配だが晶は案内されるがままにエリクについていく。
「ヒース」
「ファウスト先生」
「行こう、シノのことで相談があるんだろう?」
「そう、そうですよね……」
 そうだ。
 元々シノのことで相談がある、といわれていたのだ。
 一体何があったというのだろう。


 賢者と、賢者の魔法使いたちはエリクの背中を追い、客間へと案内される。
「いらっしゃいませ、賢者様、賢者の魔法使いの皆様」
 扉を開くと、ヒースクリフそっくりの女性がそこにはいた。
「母上」
「ああ、ヒース。おかえりなさい」
 ヒースクリフを抱きしめる様子にヒースクリフは恥ずかしそうに「もう、やめてよ」と言うが、嫌がっている様子ではない。
 美しい女性二人の抱擁に周囲は微笑ましいと頬を緩める。


「皆様もわざわざいらっしゃってくださってありがとうございます」
「……いや、まぁ…」
「……シノのことで一大事があると聞いた。一体何があったんだ?」
 なんて言えばいいのか困っているネロに対してファウストはすぐにでも話が聞きたいと本題に切り出す。
「ちょっ、……先生」
 ファウストの様子に、クロエやミチル、ルチルが後ろで「え、シノの一大事?」「どういうこと?」などざわつくのがわかった。
 しかし、ヒースクリフの母親ーーーブランシェット領主の奥方は予想していた反応だったのだろう。
 全員に椅子に腰をかけるように薦めると同時に、使用人が人数分のティーカップを目の前に差し出す。
「それは私から話そう」
「父上」
 そして、中に男性が入ってくる。ヒースクリフの言葉で彼がブランシェット領主であることがわかる。
 賢者である晶やファウスト、ネロは何度かあったことのある人だ。
 以前来た時はヒースクリフの昔の肖像画や好きだったおもちゃを見せてくれた優しい父親だったが、今は厳格な当主としての顔を見せていた。


「それで、シノのことで相談したいことがあるってのは……」
「……実は」


 それでも言いづらそうに当主は言いよどむ。
 一体何があったのだろうか、と思っていると、
「……シノに縁談が来たのです」
 思っていたこととはまったく違う回答が帰ってきた。


「え?」
「は?」
「はぁ?」


「縁談?!」


 そこにいる人物がみんな思いがけずに声をあげる。


「え、縁談って……シノと誰が?」
「ちょ、そんなこと聞いてないよ!」
「……いや、ちょ、待って……」
 特に東の魔法使いは動揺がすごく頭を抱えたり、顔を引きつらせていた。


「いやいや、シノはまだこどもだろ…?」
 ネロの言葉に、ファウストも頷く。
 しかし、
「……シノは今まで年齢が解りませんでしたが、ファウストさんのお陰で正しい誕生日が解り、年齢も把握しています」
「……」
 シノと、ヒースクリフのために調べた誕生日が仇となったのだ。
「……ああ、僕たちと出会った時、シノは17歳……だった…が」
 そこまで言って、ハッと気付いた。
 それから時は流れて、4月14日は過ぎた。
 つまり、シノは――――――
「18歳。東の国では結婚が可能な年齢になっています。」
「……っ」
 その言葉に一気に血の気が引いた。
 つまり、シノが結婚を申し込まれるには充分な理由だった。
 しかし、シノは平民だ。それも孤児である。
 ならば、断るには充分な理由がある。
 ファウストは膝に置いている手を強く握りしめた。
 貴族は何よりも血を重んじる。ならば、最後には周囲から反対されるし、誰かが止めるだろう、と。
「……シノさん、結婚するんですか?」
「ミチル、落ち着いて。まだそうと決まったわけじゃないよ」
「そうですよ、シノの気持ちはまだわからないんですから」
「そ、そうですね、リケ……ボクってば早合点してしまって……」
「でも、そうだったら結婚式のドレスが必要だよね!そうだったら、是非作りたいなぁ、シノに似合うドレス考えてて……」
「素敵だねクロエ、きっとクロエの考えるドレスなら最高の結婚式になるに違いないね」
「本当?」
「うん」
「えへへ、ありがとう、ラスティカ。シノにもそう思ってもらえたらいいなぁ」
「……」
「となると、シノは結婚してしまうから魔法舎からいなくなるのか?」
「それはまずい!<大いなる厄災>に勝つためにせっかくみんなで共同生活をしているのに……」
「しかし、そうなると……どうなるんでしょうか、フィガロ先生」
「……ブランシェット領主殿」
「……」


 動揺する者、興奮する者を置いて、フィガロは穏やかに領主に声をかける。


「あなたの様子からその相手はどうにも断りにくい相手のようですね」
「……わかりますか」
「ええ」


 領主の言葉にまたもやヒースクリフが反応するが、それを気にせずに彼は話を続ける。


「実はそうなのです。いっそ、縁談が来たのが娘だったらどんなに楽なことか」
「え……そう、なのか?」


 それに対してファウストが反応する。
 ヒースクリフだったらいい、という意味がわからないのだろう。
 そんな彼の疑問にフィガロは「そうだろうね」と返答した。
「ヒースクリフは領主の娘だ。他に子供がいない以上、彼女が婿を貰って継ぐことになる。となると、それだけで縁談を断る理由にはなる」
「……なるほど」
「例え相手が国王陛下だって断るには十分な理由さ」
「……その通りです」
 フィガロの言葉に領主は頷く。百点満点の回答だった。
「ヒースクリフに来た縁談であれば、理由をつけて断ることはできます。けれど、シノ相手だとそうはいきません」
「……」
「……」


 その言葉にファウストとネロの顔がこわばったのがわかった。
 妹のように、あるいは娘のようにかわいがってる子のことだ。
 望まない結婚の駒にされるなんて耐えられないのだろう。
 そして、おそらくそれを阻止するために呼んだのだ、ということは晶にも理解できた。


「……シノに縁談を申し込んできたのは東の王弟陛下です」
「王弟陛下!?」


 そして、思った以上に高貴な相手で晶も目を丸くさせた。
 てっきり、ブランシェットと同じ貴族相手程度だと思っていたのだから。


「おいおい、それじゃあ……」
「それは……」
 相手を聞いてネロとファウストもことの重大さを実感してしまう。
 もしも、シノが単なる庶民だったならば簡単に断れる。
 しかし、シノはブランシェット領の使用人だった。


「どうにも、この前の『知の船』の潜水式でリーベンタール伯爵に出会ったと聞きましたが……」
「あ、ああ……あの時の……」
 あの時のことはアーサーやミチルはよく覚えてる。
 朧熱症候群や亡くなった彼の悲しい意思、家族のこと。
「あの後、謝罪したいと、ヒースクリフを連れて国王陛下主催のパーティーへ出席したんです」
 覚えているか?とヒースクリフは問われて「う、うん」と頷く。
 あまり良い記憶ではなかったのだろう、ヒースクリフの顔色が少しだけ悪い事にファウストは気づいた。
「あの時、ヒースクリフの従者としてシノも連れて行ったのです」
「そういえば、シノが言ってたな」
 王族主催のパーティーだからさぞかし豪華なものを食べたのだろうと思っていたら、帰ってくるなり人の部屋に入ってきて「ネロのご飯のほうがおいしい」と笑っていた事を思い出す。
 彼女らしくないドレスに身を包んだ姿は正直落ち着かなかったが、それでもかわいらしかった事は覚えてる。
「そのときに、その、見初めたようで……」
「勝手だな」
 ファウストは鼻を鳴らして、会ったこともない王弟陛下に対していらだちを隠せなかった。
  「」  
「……でも、それは問題だね」


 だがファウストはフィガロの言葉で更に腹立たしい事になる。
「何がだ?」
「シノだよ」
「フィガロ様、そうですよ、大問題です」
「いや、アーサー、そうだけどそうじゃない」
「そうじゃない、とは…?」
「どういうことでしょう、フィガロ様」
 アーサーとラスティカがニコニコと笑って、首を傾げる。
「単純な話さ」
 そして、わかっていないだろうーーーというより性根が優しいから気づかないのだろう。
 フィガロは指を折りながら告げた。。


「中央の国にはアーサー」
「?」
「東の国にはヒースクリフ」  名前を呼ばれてアーサーとヒースクリフがフィガロをじっと見る。
 なんだろうかと思っていると次にラスティカが呼ばれた。
「西の国はラスティカ。フェルチ家はもうラスティカしかいないとはいえ、貴族は貴族だ」
「ええ、……ああ、なるほど」
 そこまで言われてラスティカは気づいたように頷いた。
「そう、王族がいない南の国や、魔法使いが強い北の国はともかく、今はこうして『王族や貴族』のバランスは魔法舎が整っている」
「フィガロ様!魔法舎に政治的なことは関係ありませんよ」
「表向きはね、でも、アーサー以外の中央の国の人たちはきっとそうは思っていないよ」
「そんな……」
 そんなことはない、とアーサーは言いたかった。
 けれど、西の国に魔法舎が作られたように、実際に魔法舎を巡って利権の争いはある。
 そのせいで人が命をかけるほどに。
「もしも、シノが王族と結婚したらこれ幸いと彼らは口を挟んでくるだろうね」
「……っ」
 その言葉にファウストは今にも吹き出しそうなほど怒りをあらわにしていた。
 政治が嫌いだといっていたファウストにとって、シノが利用されることなどあってはならないことだ。
「……魔法嫌いの東の国とはいえ、最悪魔法舎の利権を奪いに来るかも」
「そ、そんなことになったら……」
 クロエの肩が震えた。
 クロエは知ってる。
 西の国も魔法舎を狙っていること。
 そして、その女王が、ラスティカを狙っていることも。
 ラスティカのーーー花嫁を殺した、殺させた張本人だということも。  



 中央の国と、今でも魔法舎の利権は争っている。
 そこに東の国が絡んでくるとなれば、どう考えたって魔法使いたちは傷つく。


「……な、なんとかならないんでしょうか」


 それでも、
 それでも、晶は賢者だ。
 賢者の魔法使いは自分の友達だ。
 友達が誰一人傷つくことは耐えられない。


 シノが政治の道具にされることも、傷つくことも、好きでもない人間と結婚することも。


「……っていうか、シノは別に相手が好きでもなんでもないんだろ?なら…」


 ネロも同じ事を思ったようだった。
 シノはいつだってヒースクリフが一番大事で好きだと、ブランシェットのために命を捧げると言っていた。
 そんな相手が、好きでもない相手と、そう思ったが、


「なら尚更関係ないよ」
「フィガロ様」
「ごめんごめん、でも考えてもみてよ?シノはブランシェット領のためにならなんでもできるって言う子だよ?そんな子が、自分の身ひとつでブランシェット領が助かるなら、好きでもない相手と結婚するくらいできると思わない?」
 その言葉にハッとした。
 そうだ。
 シノはブランシェット領のためなら、ヒースクリフのためならば、旦那様と奥方のためなら、言葉一つで頷くのだ。
 それは彼女が臣下だから。
 ブランシェットを、愛しているから。


「……」


 ヒースクリフの顔が青ざめた。
 シノを差し出せば、ブランシェット家は、領民は助かる。
 でも、シノを差し出さなければ、ブランシェット領は王族から目をつけられる。
 シノを差し出せば―――賢者の魔法使いたちが傷つく。


「その通りです」
「父上」
「だからこそ、賢者さま、そして賢者の魔法使いの皆様、お願いがあります。シノを、どうか、あの子をーーー望まない結婚をさせないように助けて貰えないでしょうか」


 そう深々とさげる領主の姿と、その隣で同じようにする奥方の姿に晶は胸が痛む。
 多分、ここにいる人間全員が同じ気持ちだ。


「わ、私からもお願いします、賢者様」


 そして、ヒースクリフも深々と下げた。
 どうにかしたい。
 ここにいない、何も知らないシノを傷つけたくない。


「あの」
「リケ?」
「以前、雨の街に行ったときに法典で決められてるからと、様々なルールがありましたよね」
「ああ、あのややこしい1000以上の……そうか!」
 リケのその言葉を聞いてファウストはリケの言いたいことを理解した。
「そうか、あのややこしい法典の中には結婚に関するものもあったな」
 雨の街で暮らしていたネロは覚えていないまでも、そんな項目があったことを思い出す。
 いつどんな時に、どう結婚式をあげるか、誰を呼ぶか、どんな服装で、といったものもあった。
 そんな法律を作る国だ。
 だとしたら、


「王族と結婚するための法律もあるかもしれない…?」


 その言葉にヒースクリフは笑顔で両親を見た。
 しかし、二人の顔はどこか浮かなくて、


「父上?母上…?」
「実はそれなんですが……」
「確かに一つだけ例外があるんです」
「っ、本当か!?」
「なら、それをーー」
 二人の言葉に身を乗り出すファウストとネロに晶も早く知りたいと鼓動が早くなる。
 しかし、思っていた言葉はーーー


「穢れを知らない処女でない限り、王族との婚礼は認めない、とされています」


 全員の予想外のものだった。


「…処女?オズ、処女とはなんですか??」
「フィガロ先生、なんですか?」


 ミチルとリケの素朴な疑問だけが、この部屋に無情に響いた。


 


 

2026.1.5執筆

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