MIRROR DOLL

未来のホームに夢を見て 「そういえば、賢者様。『ぬい活』というのは他にどんな事があるんでしょう?」
 クロエから作って貰ったぬいぐるみを手にヒースクリフはシノが聞いたというぬい活について知りたいと賢者に尋ねた。
「ぬい活ですね」
 ヒースクリフは賢者が好きだ。
 前賢者とも仲が良かった筈なのに、ヒースクリフは彼の事を忘れてしまっている。
 どんな人だったか、何を話したのかもあまり覚えていない。
 今の賢者は前の賢者よりもずっと長いこと一緒に時間を重ねている。
 その分、好きになる。
 もっと知りたくなる。
 教えて欲しいと思う。
 だから辛い。


 いつか、賢者を忘れてしまう日を。
 一秒でも長く、覚えていられたらいいのに、と願う。


 だからどんな些細な事でも覚えておきたかった。
「ぬい活というのは……いのちを愛でる事です!」
「いのち!?」
 賢者が教えてくれる『ぬい活』、どんなに素敵なことなんだろう。
 そう思っていると、賢者は手を握り、拳を作り腹から声を出した。
 すでに知っていたらしいシノとクロエは微笑ましくシノとヒースクリフを見守っていた。
「ぬいぐるみは一つのいのちです」
「え……でも、これってぬいぐるみ、ですよね?」
「はい、ぬいちゃんです」
「賢者様、命、というのは……?」
 もしかして新たな呪具だったりするのだろうか?と思ったが違うらしい。
「はい、例えばヒースクリフが持っているヒースクリフぬいちゃんですが……推しです」
「推し」
「ヒースクリフを可愛がりたいけど、可愛がりたい!そんなファンの皆さんがいるとして……」
「ブランシェット領主の息子を可愛がりたいとか不敬すぎるだろ」
「確かに……そういう意味じゃアーサーとかラスティカも手の届かない立場だよね」
「そこです、クロエ!」
「え?」
 そう言うと賢者はぐっとクロエの手を握った。
「現実のラスティカのお世話はクロエしか出来ませんが、ラスティカ推しの人達はクロエと同じようにラスティカのお世話がしたいんです」
「な、なるほど……?」
「えぇ~それは、困っちゃうよ」
「だから、ラスティカ推しの人は、ぬいちゃんをラスティカに見立てて、お世話して気持ちを発散するんです」
「な、なるほど……?」
「ちなみにラスティカだけじゃなく、クロエのぬいちゃんも一緒に世話したい……これをコンビ推しと言います」
「コンビ推し?!」
「クロエのぬいちゃんのお世話もラスティカのぬいちゃんと一緒にしたい、そういう人達も多い。2人のお世話は自分が、ラスティカぬいのお世話がクロエぬいがする……そういう世界です」
「えっと……」
「え、ぬいぐるみなっても、ラスティカのお世話が出来るの?」
 嬉しいな!と笑うクロエには悪いがヒースクリフには解らない。
 隣にいるシノを振り返ると、『賢者の話が今回は難しい』と言った。
 どうやらクロエとシノが聞いた時はもう少し楽だったらしい。


「俺が聞いたのはもっと楽だった」
「え……どんなの?」
「まず、ぬいぐるみのヒースをヒースと同じくらい大切にして」
「うん…」
「服を着せたり、小物を作ったりすればいいと」
「なるほど……」
 その言葉にやっとヒースクリフは解った気がした。


 つまり、子供のぬいぐるみ遊びと同じ要領らしい。
 ただし違うのは実在の人物を使っていることだ。


 例えばファウストのぬいぐるみが遊びとはいえ、『マッツァー・スディーパス』など叫んだらそれはもうファウストではない。
 あくまでファンとして大事に、世界観を壊さずに愛でる。
 それが大事らしい。


「賢者様、本人に着せられないお洋服とか作って着せてあげてもいいのかな?」
「勿論です!」


 まぁ、服は違うようだが。


 とりあえずヒースクリフは納得し、ぬいぐるみを抱きかかえ直す。
 ぎゅっと抱きしめるとなんだか愛しさが増した気がした。
「やっぱりいいな、クロエ。俺にも一セット作ってくれ」
「え……じゃあ、これ返すよ!」
「でも」
 それは違うだろう、とヒースクリフが言うと断られる。
 また、ヒースクリフが持っているに相応しいとかそういうんだろうと思うと腹が立ってくる。
 しかし、
「ヒースのことだからぬいぐるみに小物を作ったりするだろう」
「え……」
「そうなると俺が俺のぬいぐるみの時に作って貰うのに時間がかかる」
「う……」
「そう考えたら先にヒースが持っていた方が良い」
「……」
 この言葉に、ヒースクリフは口を噤む。
 絶対に本心はヒースが持っていた方がいい。俺は従者だから主君より先に持ってるなんておかしい、だとは解ってる。
 でも今回の意見は実に理に適っている。
 誰が入れ千恵したのか解らないが、隙の無いこの意見にヒースクリフは断る術を持たなかった。


「……わかった……」  


 そう言うとシノは満足げに頷いた。  


「あと、本当はぬい活は可愛い時があったら写真に収めるんですけど……」
「写真?」
「えっと、ホワイトとスノウがお気に入りの景色を本にしているようなヤツです。可愛いぬいをお互い見せ合ったりするんですよ」
「そんなの見せ合いたくなるものなのか」
「はい!多分シノもやってるうちにわかりますよ!」
「ふーん……でも、その魔法はまだ習ってないから無理だな」
「あはは、そうですね」


 そんな事を言われながらもぬい活なんて本当に楽しめるんだろうか?
 そう考えながらとりあえず可愛いとしか思えないぬいぐるみをヒースは見る。
 小さい頃大事にしていたぬいぐるみと何か違うのだろうか。
 ヒースクリフは考えながらも、まだ知らない今後についてありえなさそうだな、と思っていた。この時は――――――。  
 

 しかし、凝り性のヒースクリフは東の魔法使い四人のぬいぐるみを見て足りないな、と思った。
 何が足りないか、勿論魔導具だ。
 普通ならせいぜい小さな箒を作るくらいだが、ヒースクリフの手先は器用で東のブランシェット家の長男である彼には素材を手にする力があった。  
 小さなガラスを取り寄せ、銀を均一に塗る。
 鏡が出来れば美しい装飾を真似てぬいぐるみサイズのファウストの魔道具ができあがった。  


「できた……」

 まずは一体目。
 ネロの魔道具は難しいが、次は自分かシノの魔道具を作ろう、と決めた。
 ファウストの横に魔道具を置けばとても似合っていて、心なしかファウストのぬいぐるみも『よくやった、ヒース』と言ってくれてる気がする。
「……」
 なるほど、賢者様。これが『いのち』なんですね、とヒースクリフは理解する。
 クロエが可愛い服を作って着せてるように、ミチルやリケがぬいぐるみに飲み物を用意しているようにヒースクリフもなんだか『自分のぬいぐるみを皆に見て欲しい』と思った。
 けれど控えめなヒースクリフはそんな事を大胆に出来ない。
 彼が唯一そんなこと出来るのは幼馴染みのシノくらいだ。
 そうだ、シノ。
 シノに見せよう。
 

 確か、賢者様が言っていた。思い立ったが吉日、とヒースクリフは賢者に教えて貰った言葉を胸に隣の部屋をノックする。
「シノ、俺だけどいる?」
「ヒースか?いいぞ、今手が離せないから入ってくれ」
「うん」
 そう言って、ヒースクリフはファウストぬいぐるみに鏡を持たせてシノの部屋へと入る。  


「見て、シノ。『サティルクナート・ムルクリード!』……なんちゃ……って…」


 そこまで言って、シノの部屋に入るとそこにいた人物を見てヒースクリフは顔を真っ赤にさせた。
「……あ……」
 右手には本、左手には何かの植物を手にしていたシノ。
 ――――――の隣にいるファウスト。
「……へぇ、ずっと作ってた小さな魔道具だな。ファウストの鏡によく似ている」
「え……あ……ふぁ、ふぁうすとせんせ……」
「本当だ、さすがヒースクリフ。よく出来ている。それに――――」
「あ……ああ……」
 まさか本人がいるとは思わなかったのかヒースクリフは顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせる。
 そんなヒースクリフにファウストは柔らかな笑みを浮かべた。


「僕の真似もすごく可愛かった」


 顎に指先を当てて心の底から言ってるだろう、悪意ひとつない顔。
 嬉しい筈なのに、ヒースクリフは幼い頃父親の真似をしてバレた時を思いだし、
「っ……う、~~~~~~~~~~っ!!」
「ヒース!?」
「ヒース!!」
 恥ずかしさの余りシノの部屋からどこかへと去って行ってしまった。  


「……」
「……」
「俺もカッコイイと思うぜ、『サティルクナート・ムルクリード』」
「それはどうも」


 一方、二人は何が恥ずかしかったのか解らないまま首を傾げる。
「ヒースを追いかけた方がいいか?」
「いや……きっとネロかカインが慰めてくれるから話はこれが終わってから聞く事にしよう」
「そうか」
 ヒースクリフのことは気になっていたが、ファウスト自身解らないのに追いかけて問いただすのはよくないし、シノも同様だ。
 それよりは第三者に聞いて貰った方がいいだろう、とファウストは考え、それをシノに伝える。
 東の旧ギルドでの人造魔法使いの一件以降、シノは座学も熱心に聞いてくれるようになった。
 ヒースクリフやネロも知らないがこうして解らない事だけじゃなく、授業で教えていない事も深掘りして尋ねるようになった。ファウストはそれが嬉しい。
「それより、薬草の件だったな」
「ああ、ミチルに聞いたんだけど解らないらしくて、魔法舎の森にあったんだけどこれの効果はどこの本にもない」
「確かに。これは今では……」
 きっとヒースクリフも聞きたがる内容だ。
 折角だから、ヒースクリフにも教えてやろう、と思った。  


「なるほど。わかった」
「それは良かった」
「ところでファウスト」
「うん?」
「ネロのやつ、明日までの宿題覚えてると思うか?」
「……」
 そう言われてファウストは最近真面目に取り組むようになったシノ、最初から真面目なヒースクリフは心配していないが、唯一未だに赤点の男を思い出した。
「……ヒースクリフの様子を見にがてら釘をさすことにしよう」
「ああ」
「あと、シノ」
「うん?」
「君がクロエに貰ったぬいぐるみも持って行くことにしよう。ああ、僕は置いていっていい」
「……やだ」
「……」
「こいつらは4人一緒じゃなきゃ嫌だ」
「ならいい。4人連れて行くことにしよう」
「ああ、それならいい」
 そう言って、シノは4体抱きかかえてファウストともに食堂を目指す。
 まだ彼は落ち込んでいるだろうか。
 もし落ち込んでいたらヒースクリフがしたことは大した事ではないと教えてあげよう。
 幸い、ファウストも妹のぬいぐるみ遊びに付き合った事があるから慣れている。
 大切な思い出を思い出しながら大切な子たちと過ごすのも悪くない。
 


「ヒース」
「……」
「『レプセヴァイヴルプ・スノス』」


 食堂でネロといるヒースクリフを見つけて、ファウストはシノからヒースクリフのぬいぐるみを借りる。
「……っ」
 まだヒースクリフは顔を赤くさせているが、そんな顔も可愛いと思えた。
「君が元気になる魔法だ」
「……っ」
 そして元気になったら、ネロに頼んでお茶菓子を出して貰おう。
 お茶は自分かシノが淹れよう。
 ミチルやリケがしているようにぬいぐるみにも用意してあげよう。  


 大丈夫、何も恥ずかしくない。
 ヒースクリフが自分を大切に想ってくれるようで嬉しかったよ、と伝えよう。  


 大丈夫、賢者に聞いている。
 これはいのちも愛でるもの、だから何も恥ずかしくない。
 ―――――――『ぬい活』も、悪くない。  


 

Mirror=鏡、Doll=ぬいぐるみ、でファウストの鏡と、ファウストのぬいがファウストの真似をする……というダブルネーミングでつけました。
ヒースクリフは絶対にぬい活好きだと思う