書きかけ
 衣川季肋の人生はおそらく今がピークに違いない。
 小鳥の鳴き声も、
 差し込む太陽の日差しも、
 ウィンナーを炒めるフライパンの音も、
 何もかも、自分を祝福しているのだと思えた。

「……」
 
 あく太がカーテンを開ける音が聞こえる。
 好きな人の足音が聞こえ、寝ぼけた自分の耳に届く。
「季肋」
 自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
「…いそ、たけ……」
「きーろく、おっはよう!」
 朝、一番最初に好きな人の顔を見れるなんてなんて幸せだろう。
 恋って凄い。
 恋人って、凄い。

 衣川季肋は、今、人生最大のピークを迎えていた。

 
 あく太が季肋の手を握って洗面台に向かい、顔を洗う。
 同じ朝のルーティーンがあるってこんなに幸せなのだ、と季肋は幸せを噛みしめる。
 朝ご飯を食べて、歯を磨いて、また顔を洗って、制服に着替えて、靴を履き、鞄を持って学校までの道のりを歩く。
 昼班のみんなと一緒に通えるようになった時も嬉しかったが、今はそれ以上に嬉しい。
 前を歩く潮と七基が喧嘩し始めた頃、そっとあく太の右手の小指が季肋の左手の小指に絡む。

「……っ」

 突然の体温に驚いたものの、振り返ればはにかむように笑うあく太がいて、季肋はなんだか照れくさくて頬に熱が帯びるのを感じた。
 誰も見ていない、秘めやかな2人だけの秘密。
 誰にも告げていない恋人という関係。
 それは溶けるような甘く、罪深い味がした。
 悪い事は何もしていないというのに、2人だけしか知らないことというのはこんなにも甘美なのだと季肋は知ってしまった。
 

 恋人という座に収まったというのに、理性は壊れ、感情は「もっと、もっと」と欲してしまう。
 自分がこんなにも欲深い人間だなんてことを季肋は知らなかった